ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 ―今、あなたの後ろにいるの―

逢月 悠希

文字の大きさ
64 / 83
第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』

31.ALIAの幻影-1

しおりを挟む
『はー……良かった。無事に終わったわね……』

 社員食堂にて、アンジェリアは紅茶を飲んでほっと一息つく。
 7年のキャリアで何とか乗り切ったものの、今日の収録は色々と危うかった。
……目の前でカフェオレの入ったカップを握りしめて落ち込み倒している男、ラザラスのせいで。

「ごめん……」
『仕方ないわよ。でも……やっぱり、コメントが見えないのは辛いわね。
 えーと……ロゼッタ、何とかできない……?』

 アンジェリアに話しかけられ、ロゼッタは影の中でゆるゆると首を横に振るう。

『無理なんです、わたしが音読できれば良かったんですけど、わたし、そもそも文字が読めなくて……。
 だから『識読ルーンリード』使わないと、何も分からないんです。魔術使ってからの音読じゃ、どうしても間に合わなくて……ごめんなさい……』
『……今のは、私が悪かったわ。謝らないで。私こそ、ごめんなさい』

 今日の放送もリアルタイムで視聴者コメントが流れるタイプのものだった。
 しかし現状、ラザラス自身が画面上の文字を追うことは不可能で——結果、彼は失言を恐れてしまい、今日はほとんど言葉を発することができなかったのだ。

 そして彼がろくに喋らなかったため、アンジェリアはひとりで色々と語り続ける羽目になってしまった。
 だが彼女、本来は喋ることをあまり得意としていない。

 今日は乗り切れても、これが続けばどこかでボロが出てしまう。この場にいる全員が、そう判断していた。

『……すみません』

 アンジェリアには謝らないでと言われたが、ロゼッタとしては力になれなかった、何もできなかったという申し訳なさが、あまりにも強かった。

(わたしが、文字を読めれば……)

 ロゼッタが落ち込んでいることに、気づいたのだろう。
 ラザラスは軽く微笑んでから、口を開く。

「そういやロゼッタは文字が読めないんだっけ……それならいつか、俺が教えるよ。君が良ければね」
『ラズさん……』

 ラザラスが、文字を教えてくれる。
 この場を誤魔化すための嘘かもしれないが、その言葉だけで本当に嬉しかった。

 ロゼッタが内心喜んでいると、ラザラスは「そもそもさ」と苦笑しながら話を続けた。

「俺がボコ……じゃなくて、雑巾掛け中に床転げ回ったのが全ての原因だし、君は気にしないで欲しいかな」
『ラズさん!?!?』

 また“怪我をした理由の設定”が違う!! 
 しかも今回は理由があまりにも酷すぎる!!

(ど、どうしよう、この人……)

 衝撃のあまり、嬉しさが全部跳ね飛んでしまった。
 そして案の定、アンジェリアは呆れ返ってしまっている。彼女も設定がおかしいことに気づいたのだ。

 彼女はラザラスとロゼッタ、2人を対象に『精神感応テレパシー』を飛ばしてきた。

『アンタ、2週間前には『自転車で壁にぶち当たった』って言ってたわよ。
 せめてもうちょっと上手に嘘吐いて。設定はちゃんと考えてきて』
「うぅ……」

 真聴サイコフォニア暴走問題がある以上、ラザラスが怪我をした本当の原因を彼女は知っているに違いない。しかし、彼女はわざと、そこに触れないでいる——諸々の真相を知っているのに、一切触れない。強い人だな、とロゼッタは思った。

 とりあえず彼女の胃を溶かさないためにも、これ以上謎のシリーズが増える前に、設定をちゃんと固めてしまうべきだろう。

『そうですね……ラズさんの怪我設定シリーズだと『階段から落ちた』が一番妥当かなって思いますよ。
 社長さんに対しては、そう説明してましたし。別のところで別の理由も出てはいましたけど』
『なんでシリーズ化してんのよ……でも、そうね。少なくとも雑巾掛け顔ダイブよりはそっちね』
「うぐ……っ」

 いくらなんでも、雑巾掛け顔ダイブは酷すぎる。
 それを実質2人がかりで指摘され、ラザラスはガックリと肩を落とす。

『なんか聞かれたら、もうそれで通すのよ。設定変えないで』
「頑張る……はぁ、とりあえず、直近は明日の放送か……それまでに回復……は、しないだろな。いくらなんでも近すぎる……」

 もう一度、番組調整とやらが入ってはくれないだろうか。
 そう願うほどに、収録が連続している。
 ラザラスは逡巡し、口を開いた。

「いっそ……階段から落ちて目が見えてないって、言ってしまおうか? それなら視聴者コメントからズレた話してても、納得してもらえるんじゃないかな」
『それ、放送直後にパパラッチ襲撃からのアンタの身バレが避けられない気がするんだけど。身バレしたら困るでしょ?』
「身バレに関しては最初から覚悟決めてるよ。そんなことより、よりによって俺が足引っ張る方が嫌なんだよ。
 身バレしたとしても、俺はジュリー帰ってきたら引退するつもりだし……何なら君らに迷惑掛ける前に、国外逃亡でもなんでもするさ」
『アンタねぇ……』
「……時間稼ぎの手段に俺が使えるなら、それで十分だ」

 ラザラスの価値観は、あくまでもALIAアリアを守ることに偏っている。
 自分自身はどうでも良いと言わんばかりの振る舞いに、アンジェリアは深く息を吐いた。ロゼッタは、思わず目を細める。

(正直、『痛々しい』のレベルなんだよね、本当に……)

 地雷原でしかない放送局に出入りし、その裏では屍の山を生み出している。
 彼の気が休まるような時間は、一切、存在していない気がする。

 だからこそ、ロゼッタの中では次第に「この人を放っておけない」という気持ちが膨れ上がっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」  男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。  ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。  それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。  クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。  そんなルドに振り回されるクリス。  こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。 ※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます ※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません ※一部変更&数話追加してます(11/24現在) ※※小説家になろうで完結まで掲載 改稿して投稿していきます

一匹狼と、たったひとりのラナ

揺木しっぽ
恋愛
絶滅危惧種となった「人間」のラナ。 その希少さゆえに、あらゆる種族から欲望の対象として狙われる日々に、彼女は心を擦り減らしていた。 そんな彼女を救ったのは、一人の狼男・リゲル。 他の男たちとは違う、彼の大きくて温かな手に、ラナは初めて希望を抱くが――。 獣の本能と、孤独な少女。 密やかに育まれる、甘く濃密な執着の物語。 ※本作には一部、経血に関する執着描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。 毎日21時頃、全12話完結まで更新いたします。

俺様上司と複雑な関係〜初恋相手で憧れの先輩〜

せいとも
恋愛
高校時代バスケ部のキャプテンとして活躍する蒼空先輩は、マネージャーだった凛花の初恋相手。 当時の蒼空先輩はモテモテにもかかわらず、クールで女子を寄せ付けないオーラを出していた。 凛花は、先輩に一番近い女子だったが恋に発展することなく先輩は卒業してしまう。 IT企業に就職して恋とは縁がないが充実した毎日を送る凛花の元に、なんと蒼空先輩がヘッドハンティングされて上司としてやってきた。 高校の先輩で、上司で、後から入社の後輩⁇ 複雑な関係だが、蒼空は凛花に『はじめまして』と挨拶してきた。 知り合いだと知られたくない? 凛花は傷ついたが割り切って上司として蒼空と接する。 蒼空が凛花と同じ会社で働きだして2年経ったある日、突然ふたりの関係が動き出したのだ。 初恋相手の先輩で上司の複雑な関係のふたりはどうなる? 表紙はイラストAC様よりお借りしております。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

処理中です...