ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 ―今、あなたの後ろにいるの―

逢月 悠希

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第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』

31.ALIAの幻影-2

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(ところで、またジュリーさんの名前が出たな……)

——ジュリー。
 気を抜くと出てくるし、気を抜かなくても出てくる名前。

 これはもう、2人の会話の内容からして消えた片割れ、ALICEアリスの正体がジュリーで間違いないだろう。

(でも、2人揃って病んでない限りはジュリーさん生存確定だね。良かった良かった……って、良くない! 
 “元”カノじゃなくて“現”カノの可能性出てきた!!)

 影の中でロゼッタは首を横に振るう。
 あまりにも不謹慎だが、それは嫌だと思ってしまった。

「あれ? なんで、嫌なんだろ……って!?」

 困惑がうっかり、口に出てしまった。
 ポルターガイストだと騒がれても困るため、ロゼッタは慌てて口を塞ぐ。

 ラザラスは気づいていないが、アンジェリアが気づいてしまった。

『あの……ロゼッタ? ちょっと、良い?』

 そもそも、本音がダダ漏れだったのだろうか。
 困惑した様子でアンジェリアがロゼッタのみに狙いを定め、思念を飛ばしてきた。

『き、気にしないでください……』
『いや、あの、流石に気になりすぎちゃって。盛大な勘違いしてそうだなって』
『勘違い?』

 少し間が空いてから、アンジェリアの思念が飛んできた。

『もしかしなくても、ラズの現カノがジュリーだと思ってる?』

 もはやとんでもない勢いで、万物が漏れていた。
 流石に恥ずかしくなりながら、ロゼッタは観念して口を開く。

『お、思って、ます……ボーイッシュな感じで、すごく可愛い竜人さんですよね。
 ラズさんの部屋に写真がありました。それにはアンジェさんも写ってましたけど……』
「……ッ!!!」
「どうした!? どうした、アンジェ!!」
『そうよね、ジュリーってかなりの童顔だもの……! 
 しかも“ジュリー”しか呼び名知らないんじゃ、誤解しちゃうのも無理はないわね……っ』

 アンジェリアが、急に声もなく笑い始めた。
 ラザラス視点だと非常に怖いことになっているのだが、ロゼッタは理解している。
 周囲の目を気にする彼女を派手に笑わせてしまうレベルで、自分は“何か”を間違えたらしい、と。

(わ、わたし……! そんな変なこと言った!?)

 とりあえず、理由を問うことにする。

『なんですか!? なんでそんなに笑うんですか!?』
『そうね……もしかしなくても、ロゼッタは私たち、ALIAアリアのことはあまり知らないのよね?』
『そうですね。申し訳ないのですが……ただ、流石にあなたの歌声と、アリスさんって言う男性の相方がいるってことくらいは……って、あぁっ!?』
『あっ、気づいた? やっと気づいたの?』

 くすくすと笑い、アンジェリアは紅茶を飲み干した。
 情報はたくさん出ていた。なのに、どうして気づかなかったのだろう。もはや“ボーイッシュ”とか、そういう問題ではない!

 アンジェリアは笑いながら、2人に思念を飛ばす。

『ねえ、ラズ。ロゼッタなんだけどね。あなたがジュリージュリー言うから、無駄に嫉妬してたわよ。ジュリーの見た目が悪いような気もするけれど』
「えっ、いや、俺、彼女も彼氏もいないって言ったのに……あとそれジュリー泣くぞ」
『あなたの外見でそれはなかなか信じられないものよ。それと、本人いないから言ってるのよ。見た目が幼いの、それなりに気にしてるみたいだし。
 しかも成人してもあまり変わらなかったから、成長期が遅いってわけじゃ無かったみたいだし……ふふっ』

 流石に恥ずかしいからやめて欲しい!! 

 そんなことを考えていると、アンジェリアは空になったカップを起き、スマートフォンを取り出した。

『ロゼッタ、『感覚共有アストラム』は使える?』
『視界とか聴覚とかリンクさせる奴ですよね? 使えます……あ、そうだ。
 次の放送の時、アンジェさんの視界をラズさんにリンクさせれば……!』
『な、なるほど、その手が……じゃなくて。私の視界、繋いでみて』

 そう言われ、遠慮なく感覚共有を使ってみる。彼女が持つスマートフォンの待受画面に設定されていたのは、とにかく幸せそうな、微笑ましくなるようなツーショット写真だった。

 アンジェリアの髪の長さからして、撮影日は今から3年くらい前だろうか。
 そんな彼女の隣にいたのは、ラザラスの部屋にあった写真と同じ人物だ。

(この人……)

 アンジェリアは、再びロゼッタにだけ照準を絞り、思念を送ってきた。

『ジュリーの本名は『ジュリアス・グレイ』。ジュリアスって言えば分かると思うけど、男の子よ。あと……ラズにジュリーを譲る気はないから』

 それは、ふたりが「勇気を出して撮って貰いました」感が満載の写真だった。
 女の子2人に見えなくもないのだが、手の骨格等をよく見ればジュリアスは男性だと分かる……よく見なければ分からないのが、若干問題なのだが。

(えー……可愛い……)

 微妙に抱き寄せられているアンジェリアも若干照れているのだが、抱き寄せている側、ジュリアスが非常に恥ずかしそうにしている。
 客観的に見ても、彼はアンジェリアを意識しまくっている。可愛い。

 ロゼッタは思わず、アンジェリアに問いかけた。

『か、カップルさん、ですか?』
『私視点だと、両片想いって奴』
『なるほど、ジュリーさんの思念がダダ漏れなんだ……』
『そうね。たまーに物凄く気まずいことになったわね。この写真撮ってもらった時も凄かったわ……懐かしいな……』

 楽しそうに思い出語りをしてくれるアンジェリアだが、何だか寂しそうである。
 それも無理はない。

 今、ここにジュリアスはいない。

 それには深刻な事情が絡むことを、既にあらゆる情報を入手しているロゼッタが、理解できないはずが無かった。

(生きてはいるけど……って感じ、だね。間違いなく)

 ジュリアスは、とんでもなく珍しい種族だ。
 ゆえに、ドラグゼンに狙われたのだろう。彼は毒を投与され、何らかの事情で芸能活動を続けることができなくなってしまった。

 恐らく、事が起こったのは3年前。
 ラザラスはアリスが不在となったALIAを、アンジェリアを守るために芸能界に、そしてジュリアスの仇討ちを願い、裏社会に飛び込んだのだ。
 後者についてアンジェリアが何も言わないのは、彼がその道を選んだ理由が痛いほどに分かっているからだろう。

 彼女自身に、戦う力があれば。
 アンジェリアもまた、道を踏み外していたのかもしれない。

(会って、話してみたかったんだけど、な)

 ジュリアスは、自分と同じ宝竜祖カーバンクルの青年は、生きている。
 しかし、その状況はあまりも絶望的だった。

(こんなに……愛されてる人だったのに)

 同じ種族で、同じ毒を投与されたというのに。
 ロゼッタとジュリアスのその後は大きく異なっていた。
 ステフィリオンに助けてもらったことは、それ自体は、心の底から感謝している。
 けれど、ジュリアスが深く愛されていることをこれでもかと思い知らされただけに……無性に、申し訳なく思えてしまった。

(わたしとジュリーさん。立場が逆だったら……良かったのに。その方が、きっと……)

 気分が、沈む。
 だが、これは考えてもどうにもならないことだ。
 頭を振るい、ロゼッタは顔を上げる。

(ん……?)

 ロゼッタの視界に、椅子に腰掛けたまま、アンジェリアが握りしめていた空のカップを取り上げるラザラスの姿が映った。
 驚き、アンジェリアは「えっ」と声を漏らす。ラザラスは窓の方に視線を向け、口を開く。

「アンジェ、逃げろ。カップは俺が片づけとくから、このまま撤収しろ」
「えっ? え……?」
「その、“破天荒おじさん”がこっちに来てる。あの動きは確実に俺狙いだ……悪い、俺が目立つ容姿になってたばっかりに……!」

(……は?)

 当たり前のように、謎の単語が出てきた。
 破天荒おじさんって、なんだ——?

(ん? ええ? ラズさん、幻聴聞いてないよね……?)

 それはそれとして、ロゼッタには何も聞こえない。
 ラザラスが幻聴を聞いているのかもしれない。

 慌てて、ロゼッタは自身に『聴力強化アウリス』を掛けた。

(あ……確かに、なんか聞こえる……)

 幻聴では、ない。
 離れた場所で、確かに誰かがラザラスのことと思しき話をしている。ラザラスは乾いた笑い声を上げた。

「あれ、生放送だとしたら話題に出した人間に逃げられるなんて事故は避けたいだろうし、俺はこのままここにいようと思う。でも、君がテレビに映るのは、まずい……!」
『で、でも、たぶんアレ、恒例の突撃取材よね? あの人のあの番組って、全国区じゃ……』
「もう仕方ないよ。運良く生放送じゃなかったら没にするよう後で働きかけてみるけどさ。
 とにかく俺は、あの人に迷惑を掛けるのは……それだけは。絶対に、嫌だ」

 事情を理解したアンジェリアはラザラスを心配しつつも、すぐにこの場から離れた。
 それを見届けた後、ラザラスは座ったまま、誰にも気づかれないくらいの弱さで、一定のリズムを保ちながら指でテーブルを叩いている。かなり独特な、仕草だった。

「気が変わってくれないかな……んー、こっち来てるな。無理か」

 彼はしばらく破天荒おじさん御一行の様子を伺ってから立ち上がり、アンジェリアと自分が使っていたカップを、下膳口に持っていく。

 その姿を、癖のある黒髪と少し色のついたサングラスが特徴的な熟年の美丈夫が眺めていた。

「うーん、やっぱり良いねぇ、今日は君に決めたよ!」

 マイクを手にした美丈夫は優雅に笑みを浮かべ、ラザラスに声を掛ける。

「ねえ、そこの顔面事故ってる子~! 俺とお話しようよ!」
(うわああああぁ!!)

 彼が“破天荒おじさん”と呼ばれている理由が、一瞬で理解できてしまった。
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