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第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』
32.破天荒おじさん-1
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「こんにちは」
食器を下げ、ラザラスは自然な動作で振り返り、破天荒おじさんを見上げる。
ラザラスはかなりの長身なのだが、破天荒おじさんは彼よりも長身の上、撮影用衣装のブーツでさらに背が底上げされていた。
「うん、こんにちは。いやー、スタイル良いね~」
「そうですか? ありがとうございます」
ロゼッタは彼が誰なのか知らないのだが、恐らく“大御所”と呼ばれる存在である。
破天荒おじさんは気さくな感じの話し方をするが、纏う雰囲気は非常に上品な男だ。
ラザラスが“王子様”なら、破天荒おじさんは“王様”と表現するのが適切な気がする。
種族はヒト族で、この国の人間に多い褐色肌だ。
その時点で、恐らく彼は、グランディディエ人だ。
足はスラリと長く、サングラスの下で輝くのは、切れ長の夕焼けを彷彿とされる瞳。
そして癖のある艶やかな黒髪が美しい、理想的な年の取り方をした男性だ。
きっと破天荒おじさんの職業はモデルか俳優だろうとロゼッタは冷静に考える。
「落ち着いてるね、慣れてるのかな」
「そうですね。あなたに……オスカーさんにお会いして、動じない自分自身にとても驚いています」
「あっ、そっち? カメラじゃなくて? ふうん、カメラは平気なんだ。見ない顔だから、芸能人じゃないんだとばかり」
破天荒おじさん——オスカーが言うように、ラザラスは彼が連れてきたカメラの画面にモロに映ってしまっている。だが、彼は特に動じていないようだ。
それは元俳優志望だからこその特性なのだが、そんなことを破天荒おじさんが知っているはずがない。
「ああ、じゃあさっきのは偶然じゃないね」
それでもオスカーは、ラザラスが“一般人”ではないという結論を導き出した。
「……?」
「君が立ち上がったタイミングさ。カメラワークをよく理解した動きだよ。君は、俺が一番綺麗に映るタイミングで動いてたし、何なら角度も考えたでしょ? これがドラマの撮影なら拍手喝采物だね。
いや、バラエティ受けも良いね。若い子って自分が目立とうとして、主役を立てるとか考えずに前へ前へ行っちゃう子が多いんだよ」
「え?」
「……ってことは、君、俳優さんでしょ? その辺きっちり考えてる辺り、売り出し中の子かな? どこの事務所の子?」
(おおおお……っ! すごいぞ、この破天荒おじさん!)
そういえばラザラスはコンコンと机を叩き、オスカーの様子を伺っていた。
あれは、自分が出るタイミングを秒単位で考えていたのだろう。
しれっと意味の分からないことをしていたラザラスもすごいのだが、それに気づいてしまう破天荒おじさんもすごい。
「あー、これ、失礼だったわ。同業者なのに知らなくてごめんね」
破天荒おじさんは肩を竦めてオーバーなリアクションをする。
同業者、ということは、オスカーは俳優らしい。納得だ。
ぶっ飛んだ言動が目立つ男だが「例え若手だろうと俳優仲間は大切にしたい」という隠れた思いが感じ取れる。
楽しげなオスカーを前に、ラザラスは困ったように笑ってみせた。
「……違いますよ。俳優なら、顔面事故らせませんって」
(うわ……)
色々と知っているロゼッタからすれば、もはや“闇”しか感じない発言である。
だが、彼が言っていること自体は間違っていない……悲しい、ほどに。
「俳優は顔が命ですから、こうなってしまうと仕事になりませんよ」
「えっ、顔面事故気にしてる? ごめんごめん。ていうかそれ、どうしたの」
「階段から転げ落ちまして」
「……病院行った?」
「まだです」
「行けよ!!」
(それには同意します!! せめてエスラさんに診せにいって!!)
このやり取りの直後、少し間が空いた。
会話終了かと思いきや、オスカーはじっとラザラスを見つめている。何とか彼の正体を思い出そうとしているのだろう。
そして、彼はパチンと指を鳴らした。
「あっ、分かった。君さ、ALIAのLIANくんでしょ?」
「!?」
(やっばい! このおじさん本当にすごい!!)
驚くことに、破天荒おじさんはラザラスの芸名をピンポイントで当ててきた。
しかしALIAは容姿非公開のタレントである。ここで肯定するわけにはいかない。
どうにか切り返して誤魔化そうとラザラスは頭を働かせ始めたが、大御所のマシンガントークは止まらない!
「いやー、懐かしかったよ。君のキャラ、まんま『信託の姫君』のテオバルドだよね?
何故かパーソナリティしながら俺の役を完コピしてくるから、面白くっていつも聞いてたの。しかも“にーちゃん”の事務所の子だし。
ふうん、こんな綺麗な感じの子だったんだねぇ。顔見えないけど、俺の勘が君は美形だと告げている……だから、俺が女なら口説いてたかも。なんちって?」
「えっ、あ、えぇ……?」
合ってます。その人、とんでもない美形です。
ロゼッタは影の中でうんうんと頷いた。そして、破天荒おじさんは本当に止まらない!
「1回映画見てるくらいじゃ、あの精度では再現できないよねぇ。てかアレ、結構昔の作品なのにね。もう20年前の映画だよ? 君、生まれてた?
ん? ということは過去作片っ端から見てるくらいには俺のファンだったりする? ていうか、絶対そうだよね~!?」
「あっ、えっと、その……!」
ラザラスの肩に腕を回し、オスカーはケラケラと笑っている。
王子様のような男と、王様のような男。ラザラスの顔面が事故っていなければ、とてつもなく絵になったことだろう。
しかし残念ながら、現状は『王様がミイラ男に絡んでいる謎めいた絵面』にしかなっていない。
……それはさておき、オスカーが連れてきた裏方の皆様が大変慌ただしくオロオロしている。
「えっ、まっ、やば……これ、ガチの放送事故……!」
「だ、誰か! 事務所に連絡入れろ!」
「リアンさんの所属事務所ってNovalis Studioで合ってますっけ!?」
「さっきオスカーさんが『にーちゃんの事務所』って言ってたから確定だ! 急げ!!」
1人の男がスマートフォンを取り出して走り出した辺りで、オスカーはようやく自分のミスに気がついたようだ。
「んー? あっ、そっかそっか、はっはっは。ごめんね、みんな~」
あまり悪びれていない様子で、彼は笑う。
「ALIAは顔出しNGだったね。君も君で逃げないし、明らか肯定としか取れない反応してるからモロバレだね。ごめんけど、これ、生放送なんだわー」
「ははは……その、私も誤魔化すつもりでいたのですが、そのー……」
「奴隷騎士テオバルドの演技しながらパーソナリティしてるって、言い当てちゃったもんねぇ……ねえねえ、俺のファン?」
再び飛んできたこの質問。
ラザラスは恥ずかしそうに口元を手で覆い隠し、声を震わせた。包帯やら湿布やらのせいで分からないが、間違いなく顔を赤く染めているに違いない。
「その……はい、大好き、じゃなかった、えっと、大ファンです……わ、私はALIAのおふたりのように、声を変えたまま素のテンションで話すということができなくて……身バレ防止のために、どうにかしようと足掻いた結果、なんですけど……」
「やっだ~、告白されちゃったわ~、嬉しいねぇ嬉しいねぇ!!」
(破天荒おじさんずるい!! わたしも『大好き』って言われたい!!)
ラザラスは完全に破天荒おじさんことオスカーのペースに飲まれてしまっている。芸歴3年目が大御所に勝てるはずがない
——というより、オスカーを上手く扱える芸能人は多分存在しない。
ゆえに彼は“破天荒おじさん”なのだ。
「ああ、それで奴隷騎士になっちゃったのか。でもやめといた方が良い気がするなぁ」
「え?」
「君、話してみた感じ良いキャラしてんのに、ALIAの番組だと中身が見えなさ過ぎて胡散臭い間男みたいになってるもん。
少なくとも奴隷騎士はやめとこうよ、素の俺っぽい感じで行ってみる? あー、ダメか。なおさら間男になるわな、はははははっ」
「あはは……」
「ま、ALIAのトーク番組は仮面歌手ふたりの素の姿が見れるのを売りにしてたわけだし、演技じみた子が入っちゃうとやっぱ浮いちゃうよね~」
「うぐ……っ」
「あー、なるほど! 君、今は目が見えないから今日の放送黙ってたんだね! いやー、ALIAのトーク担当は完全にALICEくんの方だったからねぇ。
JULIAさんはあまりトーク得意じゃないし、お互いが無言貫いて事故らないかヒヤヒヤしたんだよねぇ、あははははっ」
「うう……」
オスカーの毒舌がぐっさぐっさとラザラスに突き刺さっていく。
ロゼッタは「何だこのおっさん埋めるぞ」と飛び出したい気分になっていたが、それこそ放送事故不可避なので大人しく黙って破天荒おじさんを眺めていた。
食器を下げ、ラザラスは自然な動作で振り返り、破天荒おじさんを見上げる。
ラザラスはかなりの長身なのだが、破天荒おじさんは彼よりも長身の上、撮影用衣装のブーツでさらに背が底上げされていた。
「うん、こんにちは。いやー、スタイル良いね~」
「そうですか? ありがとうございます」
ロゼッタは彼が誰なのか知らないのだが、恐らく“大御所”と呼ばれる存在である。
破天荒おじさんは気さくな感じの話し方をするが、纏う雰囲気は非常に上品な男だ。
ラザラスが“王子様”なら、破天荒おじさんは“王様”と表現するのが適切な気がする。
種族はヒト族で、この国の人間に多い褐色肌だ。
その時点で、恐らく彼は、グランディディエ人だ。
足はスラリと長く、サングラスの下で輝くのは、切れ長の夕焼けを彷彿とされる瞳。
そして癖のある艶やかな黒髪が美しい、理想的な年の取り方をした男性だ。
きっと破天荒おじさんの職業はモデルか俳優だろうとロゼッタは冷静に考える。
「落ち着いてるね、慣れてるのかな」
「そうですね。あなたに……オスカーさんにお会いして、動じない自分自身にとても驚いています」
「あっ、そっち? カメラじゃなくて? ふうん、カメラは平気なんだ。見ない顔だから、芸能人じゃないんだとばかり」
破天荒おじさん——オスカーが言うように、ラザラスは彼が連れてきたカメラの画面にモロに映ってしまっている。だが、彼は特に動じていないようだ。
それは元俳優志望だからこその特性なのだが、そんなことを破天荒おじさんが知っているはずがない。
「ああ、じゃあさっきのは偶然じゃないね」
それでもオスカーは、ラザラスが“一般人”ではないという結論を導き出した。
「……?」
「君が立ち上がったタイミングさ。カメラワークをよく理解した動きだよ。君は、俺が一番綺麗に映るタイミングで動いてたし、何なら角度も考えたでしょ? これがドラマの撮影なら拍手喝采物だね。
いや、バラエティ受けも良いね。若い子って自分が目立とうとして、主役を立てるとか考えずに前へ前へ行っちゃう子が多いんだよ」
「え?」
「……ってことは、君、俳優さんでしょ? その辺きっちり考えてる辺り、売り出し中の子かな? どこの事務所の子?」
(おおおお……っ! すごいぞ、この破天荒おじさん!)
そういえばラザラスはコンコンと机を叩き、オスカーの様子を伺っていた。
あれは、自分が出るタイミングを秒単位で考えていたのだろう。
しれっと意味の分からないことをしていたラザラスもすごいのだが、それに気づいてしまう破天荒おじさんもすごい。
「あー、これ、失礼だったわ。同業者なのに知らなくてごめんね」
破天荒おじさんは肩を竦めてオーバーなリアクションをする。
同業者、ということは、オスカーは俳優らしい。納得だ。
ぶっ飛んだ言動が目立つ男だが「例え若手だろうと俳優仲間は大切にしたい」という隠れた思いが感じ取れる。
楽しげなオスカーを前に、ラザラスは困ったように笑ってみせた。
「……違いますよ。俳優なら、顔面事故らせませんって」
(うわ……)
色々と知っているロゼッタからすれば、もはや“闇”しか感じない発言である。
だが、彼が言っていること自体は間違っていない……悲しい、ほどに。
「俳優は顔が命ですから、こうなってしまうと仕事になりませんよ」
「えっ、顔面事故気にしてる? ごめんごめん。ていうかそれ、どうしたの」
「階段から転げ落ちまして」
「……病院行った?」
「まだです」
「行けよ!!」
(それには同意します!! せめてエスラさんに診せにいって!!)
このやり取りの直後、少し間が空いた。
会話終了かと思いきや、オスカーはじっとラザラスを見つめている。何とか彼の正体を思い出そうとしているのだろう。
そして、彼はパチンと指を鳴らした。
「あっ、分かった。君さ、ALIAのLIANくんでしょ?」
「!?」
(やっばい! このおじさん本当にすごい!!)
驚くことに、破天荒おじさんはラザラスの芸名をピンポイントで当ててきた。
しかしALIAは容姿非公開のタレントである。ここで肯定するわけにはいかない。
どうにか切り返して誤魔化そうとラザラスは頭を働かせ始めたが、大御所のマシンガントークは止まらない!
「いやー、懐かしかったよ。君のキャラ、まんま『信託の姫君』のテオバルドだよね?
何故かパーソナリティしながら俺の役を完コピしてくるから、面白くっていつも聞いてたの。しかも“にーちゃん”の事務所の子だし。
ふうん、こんな綺麗な感じの子だったんだねぇ。顔見えないけど、俺の勘が君は美形だと告げている……だから、俺が女なら口説いてたかも。なんちって?」
「えっ、あ、えぇ……?」
合ってます。その人、とんでもない美形です。
ロゼッタは影の中でうんうんと頷いた。そして、破天荒おじさんは本当に止まらない!
「1回映画見てるくらいじゃ、あの精度では再現できないよねぇ。てかアレ、結構昔の作品なのにね。もう20年前の映画だよ? 君、生まれてた?
ん? ということは過去作片っ端から見てるくらいには俺のファンだったりする? ていうか、絶対そうだよね~!?」
「あっ、えっと、その……!」
ラザラスの肩に腕を回し、オスカーはケラケラと笑っている。
王子様のような男と、王様のような男。ラザラスの顔面が事故っていなければ、とてつもなく絵になったことだろう。
しかし残念ながら、現状は『王様がミイラ男に絡んでいる謎めいた絵面』にしかなっていない。
……それはさておき、オスカーが連れてきた裏方の皆様が大変慌ただしくオロオロしている。
「えっ、まっ、やば……これ、ガチの放送事故……!」
「だ、誰か! 事務所に連絡入れろ!」
「リアンさんの所属事務所ってNovalis Studioで合ってますっけ!?」
「さっきオスカーさんが『にーちゃんの事務所』って言ってたから確定だ! 急げ!!」
1人の男がスマートフォンを取り出して走り出した辺りで、オスカーはようやく自分のミスに気がついたようだ。
「んー? あっ、そっかそっか、はっはっは。ごめんね、みんな~」
あまり悪びれていない様子で、彼は笑う。
「ALIAは顔出しNGだったね。君も君で逃げないし、明らか肯定としか取れない反応してるからモロバレだね。ごめんけど、これ、生放送なんだわー」
「ははは……その、私も誤魔化すつもりでいたのですが、そのー……」
「奴隷騎士テオバルドの演技しながらパーソナリティしてるって、言い当てちゃったもんねぇ……ねえねえ、俺のファン?」
再び飛んできたこの質問。
ラザラスは恥ずかしそうに口元を手で覆い隠し、声を震わせた。包帯やら湿布やらのせいで分からないが、間違いなく顔を赤く染めているに違いない。
「その……はい、大好き、じゃなかった、えっと、大ファンです……わ、私はALIAのおふたりのように、声を変えたまま素のテンションで話すということができなくて……身バレ防止のために、どうにかしようと足掻いた結果、なんですけど……」
「やっだ~、告白されちゃったわ~、嬉しいねぇ嬉しいねぇ!!」
(破天荒おじさんずるい!! わたしも『大好き』って言われたい!!)
ラザラスは完全に破天荒おじさんことオスカーのペースに飲まれてしまっている。芸歴3年目が大御所に勝てるはずがない
——というより、オスカーを上手く扱える芸能人は多分存在しない。
ゆえに彼は“破天荒おじさん”なのだ。
「ああ、それで奴隷騎士になっちゃったのか。でもやめといた方が良い気がするなぁ」
「え?」
「君、話してみた感じ良いキャラしてんのに、ALIAの番組だと中身が見えなさ過ぎて胡散臭い間男みたいになってるもん。
少なくとも奴隷騎士はやめとこうよ、素の俺っぽい感じで行ってみる? あー、ダメか。なおさら間男になるわな、はははははっ」
「あはは……」
「ま、ALIAのトーク番組は仮面歌手ふたりの素の姿が見れるのを売りにしてたわけだし、演技じみた子が入っちゃうとやっぱ浮いちゃうよね~」
「うぐ……っ」
「あー、なるほど! 君、今は目が見えないから今日の放送黙ってたんだね! いやー、ALIAのトーク担当は完全にALICEくんの方だったからねぇ。
JULIAさんはあまりトーク得意じゃないし、お互いが無言貫いて事故らないかヒヤヒヤしたんだよねぇ、あははははっ」
「うう……」
オスカーの毒舌がぐっさぐっさとラザラスに突き刺さっていく。
ロゼッタは「何だこのおっさん埋めるぞ」と飛び出したい気分になっていたが、それこそ放送事故不可避なので大人しく黙って破天荒おじさんを眺めていた。
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