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第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』
37.ど正論おじさん
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「お、お説教……?」
「うん、お説教。放置しといたら勝手に野垂れ死ぬ未来しか見えないし。
特にねぇ? 責任者とか言って飛び出してきた君は、もうね……全体的に、酷い。あまりにも、酷すぎる」
オスカーはニコニコ笑っている。
しかし、目が全く笑っていない。
その異様な表情に先ほどまでの恐怖は感じないが、分かる……彼は、怒っている!
「この場面。責任者が末端切り捨てて逃げないのは常識的に考えたら論外だけど、俺が気になってるのはそこじゃない。むしろ、だからこそ切り捨てて逃げたらどうしてやろうかと思ったわけだけど。
いやー、途中までグダグダなのに最後だけきっちり決める……そういう感じの、最低最悪の馬鹿じゃなくて良かったよ、ホントにね」
「あっ、えっと……」
「というわけで、そこ以外。たぶん冷静に考えたらまだあるけど、冷静に考えなくても出るやつ全部、この場で言う。……全部終わるまで逃がさないから、覚悟しな」
彼は何故か、本当に何故か、割と本気で怒っている!
それをあまり匂わせないようにはしているが、相当に怒っている!
「はい、ひとつめ」
オスカーはやれやれと肩をすくめ、ルーシオを真っ直ぐに見つめてくる。
「君ら、なんで2人で来たわけ? なんで他の人連れてこなかったのさ。俺が貴族って情報は流石に抜いてたみたいだけど、だったらヤバいのが裏から出てくる可能性考えなかったの?
この場面はハッタリでも何でも良いから、圧かける要員を並べとくべきじゃない? 俺を軍人でも何でもない民間人だと仮定するなら、ヤバいのに囲まれたらそれだけでビビるって思わなかったわけ?」
「え? その……」
いきなり、耳に痛い言葉が飛んできた。
彼の金色の瞳がギラリと輝く。思わず、背筋が伸びてしまった。
「いくらなんでもさぁ、おじさまのこと舐めすぎじゃなーい? この状況さ、もう普通に詰んでたよね? 君ら、今頃盛大に終わってるはずだよね?」
「そう、ですね……そう、思います……」
「ていうかさぁ、確かに隠しちゃいたけども。おじさまが実は魔術師って情報抜くの、そんな難しかったの?
最低でも、俺に挑んでくる前にこの情報は抜かなきゃダメだよねぇ? その時点でアウトじゃない?」
「はい……」
「その様子だとさぁ、他にも抜けない情報いっぱいあったんじゃない? たぶん、俺が意図的に抜けないようにしてた情報は全滅だったんじゃないかなぁ?
どうして“その段階”で、もっと警戒しようって思わないかなぁ?」
「ですね……」
「そもそもねぇ、ノコノコこの場所に誘き寄せられてる時点で、間抜けが過ぎると思わない? ここ、廃墟予備軍しかないんだよ?
俺が通るルートの下調べとか一切してなかったでしょ? 途中でおかしいって気づける場面、何回かあったはずだよ?」
「すみません……」
——口をついて出たのは、ストレートな謝罪の言葉だった。
思わず、ルーシオは自身の口を押える。
(な、なんで謝ってんだ……?)
困惑しかない。困惑しかない、が、残念ながらオスカーの言葉は正論でしかない。
彼は何も、間違ったことは言っていない。
縮こまるルーシオをじっと見つめながら、オスカーはまた喋り始める。
「はい、次。君らさぁ、なんで『恐種』の対策してないのさ。特に君、もろに入ってたでしょ? 敵の前で「ぴえーん怖ーい」じゃダメでしょうが」
「あっ、あっ、そうか、恐種……!」
「何を考えてんの? この子の足、引っ張りたいの? 特に非魔術師なら、この術の対策は基本だよ、きーほーんー!」
「すみません……」
「この子は相当レベルの高い魔術師っぽいけど、残念ながら俺の方が微妙に上だったねぇ。そのせいで恐種もある程度入ったわけだ。入った、わけなんだけど。
……正直ねぇ、「もうやめようか?」って何度か思っちゃったレベルで、この子は痛々しかったです。君に関してはもう知りません。トラウマにでもなんでもなりなさい」
「はい……」
「ていうか、普通は魔道具とかその辺でどうにかするんだよ。なんで2人して何も持ってないの? お馬鹿さんなの?」
「ごめんなさい……」
もう止まらなかった。謝ることしかできなかった。
そして、先程まで感じていた、絶望的なまでの恐怖心の正体が分かった——あれは闇属性上級魔術の『恐種』だ。
クロウも使える術だというのに、そもそも今日も使うことを視野に入れていた術なのに、完全に頭から抜けていた。
もう、自分があまりにも間抜けすぎて、ぐうの音もでない。情けない。
「はいはーい、落ち込んでる場合じゃないよー」
「うぅ……」
そして“破天荒おじさん”改め“ど正論おじさん”はまだ止まらない!
「そもそも論! 君ら、おじさまのこと観測するの遅くなーい? あまりにも気づいてくんないから、もう俺の方からあからさまな動きするしかなかったよねぇ。で、やっと動いたかーって、やっときたかーって。今、そんな気持ち」
「えっ、そ、そうだったのか……」
「そうだよ。なのに、やーっときたのに、このザマだからさぁ? 正直、反応に困ってんだよねぇ」
「本当に、申し訳、ありません……」
追跡班が掴んできた情報は、ある意味では“ダミー”だったらしい。
まさか見つけられることを前提に動いていたとは、思わなかった。
彼がドラグゼンと関わっている可能性にショックを受けている場合ではなかったようだ。
本格的に、そういう問題ではなかったようだ。
「はぁ……」
もはや条件反射で謝り始めたルーシオを見て、オスカーは盛大にため息を吐き出し、口を開く。
「で、最後」
「はい……」
縮こまりながら返事をすると、オスカーはルーシオから顔を背け、その場にしゃがみ込む。
オスカーが手を伸ばす。その指の上を、白い髪が流れた。
「なんでさぁ、君はこんな状態の子を連れてきたの? この子、最初から怪我してたでしょ? 流石に殺しちゃうかと思ったじゃん」
「それは……」
彼しか、いなかった。彼以外に適性が無かった。
だが、それは単なる言い訳だ。言い訳に、過ぎない。
「本気で来る人間を殺さないようにするの、結構難しいんだよ? お説教込みで使う術選んだんだけど、全然倒れてくれないから間違えたなーって思ったもん。
この子には蝕毒と痛禍じゃなくて、拘束と沈静が正解だったなって思ったよ」
「拘束と、沈静……そう、だな。あんたなら……クロウに入れれた、だろうな……」
「恐種が入った時点で上が取れるの確定してたからねぇ。あ、沈静はさっき使わせてもらったよ。
どうにかこうにか起きてようとするから、自傷される前に強制的に寝てもらうことにした」
地属性の中級魔術『拘束』に加えて、水属性の上級魔術『沈静』。
魔力量で上を取られていた時点でどちらにせよクロウは制圧されていたが、強いて言えば、後者の戦法を取ってもらえた方が不必要に苦しまずに済んでいただろうか……そして間違いなく、オスカーも同じことを考えている。
「色んな意味でめちゃくちゃ苦しかっただろうに、それでもこの子は君を守ろうとして、もはや相打ち覚悟でくるしさぁ……もうね、正当防衛って言い張りたいけど、どう考えても過剰防衛だよ」
無防備な状態で頭を撫でられているクロウの腹からは、遠くから見ても分かるほどに血が流れていた。腹部の布地は真っ赤に濡れ、鉄の匂いが漂っている。
「最後の最後で正体に気づいたから、そのまま君への脅しに使わせてもらったけど……それにしたってさ」
「……っ」
「ほんと……めちゃくちゃ可哀想なこと、しちゃったじゃんか」
クロウの頭を撫でながら、オスカーはポツリと呟く。
その言葉が、心から出ていることは明らかだった。彼にも、クロウにも。あまりにも、申し訳なかった。
「さて、一応確認しとこうか。間違いないと思うけど」
オスカーはそのまま指を滑らせて、クロウの左側の首を露出させる。そして、ルーシオへと視線を移した。
「君はこの子と同じ“獅子の子”だろうと思ってるんだけさ。合ってるなら、その証拠を見せてよ」
獅子の子は、ステフィリオンの別名だ。
そしてクロウの首の左側には、ステフィリオンの構成員であることを示すタトゥーが入っている。それを見て、彼は自分たちの正体に気づいたのだろう。
「わ、分かった……」
オスカーに言われるがまま、ルーシオは自身の腹部を露出させ、右脇腹のタトゥーを晒す。
目の前の男は、あからさまに変な顔をしていた。
「ねぇ、もうちょっといい場所無かったの? なんでそんなきわどい場所に入れたのさ」
「えーっと……」
「街中で若い子のお腹露出させるとか……おじさま、変態みたいじゃん」
(そんなこと言われても……っ!)
言い返したかったが、言われてみるとクロウと比べればかなりきわどい場所かもしれない。いや、かなりきわどい。確かに他に選択肢はあったかもしれない。
ちょっと恥ずかしくなりながら、ルーシオはそそくさと腹を隠した。
「……」
そして再び前を見ると……オスカーがまたしても変な顔をしている。
彼は、しれっとクロウを抱きかかえていた。心底、呆れ返った顔で。
「あのさぁ……だから、さぁ……」
今度は一体、何をやらかしたのか。目の前の光景が、全てを物語っている。
「これは俺も抱っこしてから気づいたんだけどさ。よくよく考えたら、この状況自体が普通に“お説教案件”だよね? 明らかにダメだよねぇ?」
「す、すみません……」
ルーシオは条件反射で謝罪した。プライドなんてものは存在しなかった。
もはや存在させては、いけなかった。
「怪しい人間にあっさりこの状況作らせて、どうすんの? ほんとに君は一体何考えてんの? 素直にお説教聞いてくれたのは良いけどさ。
何なら俺もやってる最中は考えてなかったけど……冷静に考えたら、それが論外だよね?
おじさまの正体判明してないのに、なんで油断してんの? よく生きてたね?」
「返す言葉も、ありません……」
「ほら、捕まえた捕まえた。この子が俺にどうされるか、もう分かったもんじゃありませーん。知りませーん」
「うぐぅ……」
流れるように、クロウを人質にされてしまった——。
確かにクロウはオスカーの近くにいたが、それでも会話しながら近づいて奇襲するなり、恐種が切れた瞬間に拳銃を取り直してオスカーを撃つなり、何かしらはできただろうに。
謝り倒している場合ではなかった。
大人しく話を聞いている場合ではなかった……本来は。
「……全くもう」
オスカーは「どうしたもんか」とでも言いたげな様子だ。
彼の服は徐々にクロウが流す血を吸い込み、色を変えていく。
色んな意味で早くクロウを取り返さなければと考えていると……彼は、星空を見上げてため息を吐いた。
「はーあぁ、今から君のお仲間さんに会いに行こうかぁ。ハッキリ言って、お仲間さんも大なり小なり同罪だよ」
「えっ?」
「君らの拠点。連れてってくれるよねぇ?」
クロウが彼の腕の中にいる時点で、もはや“拒否権”なんてものは存在しなかった。
ルーシオはこくりと力なく頷くしかない。オスカーはニコニコ笑っていた。
——オスカー・ローランド・ドレイク。
俳優であり、貴族の長男でもある彼は、どうやら“黒”とか“グレー”とか、そういう分類に当てはまるタイプの人間ではなかったらしい。自分達は、分類不明のバケモノに喧嘩を売ってしまったようだ。
ただ、最初こそ警戒されたが、どうやら彼に敵意は無いらしい。本当に“そこ”だけは救いだった。
(とんでもねぇの、捕まえちまったよ……いや、捕まったようなもんだな、これは……)
とにかく、今回ばかりは彼を拠点に連れて帰るしかない。従う以外の選択肢がない。
エスメライたちに盛大に怒られる覚悟をしながら、ルーシオは項垂れたまま歩き始めた。
「うん、お説教。放置しといたら勝手に野垂れ死ぬ未来しか見えないし。
特にねぇ? 責任者とか言って飛び出してきた君は、もうね……全体的に、酷い。あまりにも、酷すぎる」
オスカーはニコニコ笑っている。
しかし、目が全く笑っていない。
その異様な表情に先ほどまでの恐怖は感じないが、分かる……彼は、怒っている!
「この場面。責任者が末端切り捨てて逃げないのは常識的に考えたら論外だけど、俺が気になってるのはそこじゃない。むしろ、だからこそ切り捨てて逃げたらどうしてやろうかと思ったわけだけど。
いやー、途中までグダグダなのに最後だけきっちり決める……そういう感じの、最低最悪の馬鹿じゃなくて良かったよ、ホントにね」
「あっ、えっと……」
「というわけで、そこ以外。たぶん冷静に考えたらまだあるけど、冷静に考えなくても出るやつ全部、この場で言う。……全部終わるまで逃がさないから、覚悟しな」
彼は何故か、本当に何故か、割と本気で怒っている!
それをあまり匂わせないようにはしているが、相当に怒っている!
「はい、ひとつめ」
オスカーはやれやれと肩をすくめ、ルーシオを真っ直ぐに見つめてくる。
「君ら、なんで2人で来たわけ? なんで他の人連れてこなかったのさ。俺が貴族って情報は流石に抜いてたみたいだけど、だったらヤバいのが裏から出てくる可能性考えなかったの?
この場面はハッタリでも何でも良いから、圧かける要員を並べとくべきじゃない? 俺を軍人でも何でもない民間人だと仮定するなら、ヤバいのに囲まれたらそれだけでビビるって思わなかったわけ?」
「え? その……」
いきなり、耳に痛い言葉が飛んできた。
彼の金色の瞳がギラリと輝く。思わず、背筋が伸びてしまった。
「いくらなんでもさぁ、おじさまのこと舐めすぎじゃなーい? この状況さ、もう普通に詰んでたよね? 君ら、今頃盛大に終わってるはずだよね?」
「そう、ですね……そう、思います……」
「ていうかさぁ、確かに隠しちゃいたけども。おじさまが実は魔術師って情報抜くの、そんな難しかったの?
最低でも、俺に挑んでくる前にこの情報は抜かなきゃダメだよねぇ? その時点でアウトじゃない?」
「はい……」
「その様子だとさぁ、他にも抜けない情報いっぱいあったんじゃない? たぶん、俺が意図的に抜けないようにしてた情報は全滅だったんじゃないかなぁ?
どうして“その段階”で、もっと警戒しようって思わないかなぁ?」
「ですね……」
「そもそもねぇ、ノコノコこの場所に誘き寄せられてる時点で、間抜けが過ぎると思わない? ここ、廃墟予備軍しかないんだよ?
俺が通るルートの下調べとか一切してなかったでしょ? 途中でおかしいって気づける場面、何回かあったはずだよ?」
「すみません……」
——口をついて出たのは、ストレートな謝罪の言葉だった。
思わず、ルーシオは自身の口を押える。
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困惑しかない。困惑しかない、が、残念ながらオスカーの言葉は正論でしかない。
彼は何も、間違ったことは言っていない。
縮こまるルーシオをじっと見つめながら、オスカーはまた喋り始める。
「はい、次。君らさぁ、なんで『恐種』の対策してないのさ。特に君、もろに入ってたでしょ? 敵の前で「ぴえーん怖ーい」じゃダメでしょうが」
「あっ、あっ、そうか、恐種……!」
「何を考えてんの? この子の足、引っ張りたいの? 特に非魔術師なら、この術の対策は基本だよ、きーほーんー!」
「すみません……」
「この子は相当レベルの高い魔術師っぽいけど、残念ながら俺の方が微妙に上だったねぇ。そのせいで恐種もある程度入ったわけだ。入った、わけなんだけど。
……正直ねぇ、「もうやめようか?」って何度か思っちゃったレベルで、この子は痛々しかったです。君に関してはもう知りません。トラウマにでもなんでもなりなさい」
「はい……」
「ていうか、普通は魔道具とかその辺でどうにかするんだよ。なんで2人して何も持ってないの? お馬鹿さんなの?」
「ごめんなさい……」
もう止まらなかった。謝ることしかできなかった。
そして、先程まで感じていた、絶望的なまでの恐怖心の正体が分かった——あれは闇属性上級魔術の『恐種』だ。
クロウも使える術だというのに、そもそも今日も使うことを視野に入れていた術なのに、完全に頭から抜けていた。
もう、自分があまりにも間抜けすぎて、ぐうの音もでない。情けない。
「はいはーい、落ち込んでる場合じゃないよー」
「うぅ……」
そして“破天荒おじさん”改め“ど正論おじさん”はまだ止まらない!
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「えっ、そ、そうだったのか……」
「そうだよ。なのに、やーっときたのに、このザマだからさぁ? 正直、反応に困ってんだよねぇ」
「本当に、申し訳、ありません……」
追跡班が掴んできた情報は、ある意味では“ダミー”だったらしい。
まさか見つけられることを前提に動いていたとは、思わなかった。
彼がドラグゼンと関わっている可能性にショックを受けている場合ではなかったようだ。
本格的に、そういう問題ではなかったようだ。
「はぁ……」
もはや条件反射で謝り始めたルーシオを見て、オスカーは盛大にため息を吐き出し、口を開く。
「で、最後」
「はい……」
縮こまりながら返事をすると、オスカーはルーシオから顔を背け、その場にしゃがみ込む。
オスカーが手を伸ばす。その指の上を、白い髪が流れた。
「なんでさぁ、君はこんな状態の子を連れてきたの? この子、最初から怪我してたでしょ? 流石に殺しちゃうかと思ったじゃん」
「それは……」
彼しか、いなかった。彼以外に適性が無かった。
だが、それは単なる言い訳だ。言い訳に、過ぎない。
「本気で来る人間を殺さないようにするの、結構難しいんだよ? お説教込みで使う術選んだんだけど、全然倒れてくれないから間違えたなーって思ったもん。
この子には蝕毒と痛禍じゃなくて、拘束と沈静が正解だったなって思ったよ」
「拘束と、沈静……そう、だな。あんたなら……クロウに入れれた、だろうな……」
「恐種が入った時点で上が取れるの確定してたからねぇ。あ、沈静はさっき使わせてもらったよ。
どうにかこうにか起きてようとするから、自傷される前に強制的に寝てもらうことにした」
地属性の中級魔術『拘束』に加えて、水属性の上級魔術『沈静』。
魔力量で上を取られていた時点でどちらにせよクロウは制圧されていたが、強いて言えば、後者の戦法を取ってもらえた方が不必要に苦しまずに済んでいただろうか……そして間違いなく、オスカーも同じことを考えている。
「色んな意味でめちゃくちゃ苦しかっただろうに、それでもこの子は君を守ろうとして、もはや相打ち覚悟でくるしさぁ……もうね、正当防衛って言い張りたいけど、どう考えても過剰防衛だよ」
無防備な状態で頭を撫でられているクロウの腹からは、遠くから見ても分かるほどに血が流れていた。腹部の布地は真っ赤に濡れ、鉄の匂いが漂っている。
「最後の最後で正体に気づいたから、そのまま君への脅しに使わせてもらったけど……それにしたってさ」
「……っ」
「ほんと……めちゃくちゃ可哀想なこと、しちゃったじゃんか」
クロウの頭を撫でながら、オスカーはポツリと呟く。
その言葉が、心から出ていることは明らかだった。彼にも、クロウにも。あまりにも、申し訳なかった。
「さて、一応確認しとこうか。間違いないと思うけど」
オスカーはそのまま指を滑らせて、クロウの左側の首を露出させる。そして、ルーシオへと視線を移した。
「君はこの子と同じ“獅子の子”だろうと思ってるんだけさ。合ってるなら、その証拠を見せてよ」
獅子の子は、ステフィリオンの別名だ。
そしてクロウの首の左側には、ステフィリオンの構成員であることを示すタトゥーが入っている。それを見て、彼は自分たちの正体に気づいたのだろう。
「わ、分かった……」
オスカーに言われるがまま、ルーシオは自身の腹部を露出させ、右脇腹のタトゥーを晒す。
目の前の男は、あからさまに変な顔をしていた。
「ねぇ、もうちょっといい場所無かったの? なんでそんなきわどい場所に入れたのさ」
「えーっと……」
「街中で若い子のお腹露出させるとか……おじさま、変態みたいじゃん」
(そんなこと言われても……っ!)
言い返したかったが、言われてみるとクロウと比べればかなりきわどい場所かもしれない。いや、かなりきわどい。確かに他に選択肢はあったかもしれない。
ちょっと恥ずかしくなりながら、ルーシオはそそくさと腹を隠した。
「……」
そして再び前を見ると……オスカーがまたしても変な顔をしている。
彼は、しれっとクロウを抱きかかえていた。心底、呆れ返った顔で。
「あのさぁ……だから、さぁ……」
今度は一体、何をやらかしたのか。目の前の光景が、全てを物語っている。
「これは俺も抱っこしてから気づいたんだけどさ。よくよく考えたら、この状況自体が普通に“お説教案件”だよね? 明らかにダメだよねぇ?」
「す、すみません……」
ルーシオは条件反射で謝罪した。プライドなんてものは存在しなかった。
もはや存在させては、いけなかった。
「怪しい人間にあっさりこの状況作らせて、どうすんの? ほんとに君は一体何考えてんの? 素直にお説教聞いてくれたのは良いけどさ。
何なら俺もやってる最中は考えてなかったけど……冷静に考えたら、それが論外だよね?
おじさまの正体判明してないのに、なんで油断してんの? よく生きてたね?」
「返す言葉も、ありません……」
「ほら、捕まえた捕まえた。この子が俺にどうされるか、もう分かったもんじゃありませーん。知りませーん」
「うぐぅ……」
流れるように、クロウを人質にされてしまった——。
確かにクロウはオスカーの近くにいたが、それでも会話しながら近づいて奇襲するなり、恐種が切れた瞬間に拳銃を取り直してオスカーを撃つなり、何かしらはできただろうに。
謝り倒している場合ではなかった。
大人しく話を聞いている場合ではなかった……本来は。
「……全くもう」
オスカーは「どうしたもんか」とでも言いたげな様子だ。
彼の服は徐々にクロウが流す血を吸い込み、色を変えていく。
色んな意味で早くクロウを取り返さなければと考えていると……彼は、星空を見上げてため息を吐いた。
「はーあぁ、今から君のお仲間さんに会いに行こうかぁ。ハッキリ言って、お仲間さんも大なり小なり同罪だよ」
「えっ?」
「君らの拠点。連れてってくれるよねぇ?」
クロウが彼の腕の中にいる時点で、もはや“拒否権”なんてものは存在しなかった。
ルーシオはこくりと力なく頷くしかない。オスカーはニコニコ笑っていた。
——オスカー・ローランド・ドレイク。
俳優であり、貴族の長男でもある彼は、どうやら“黒”とか“グレー”とか、そういう分類に当てはまるタイプの人間ではなかったらしい。自分達は、分類不明のバケモノに喧嘩を売ってしまったようだ。
ただ、最初こそ警戒されたが、どうやら彼に敵意は無いらしい。本当に“そこ”だけは救いだった。
(とんでもねぇの、捕まえちまったよ……いや、捕まったようなもんだな、これは……)
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