ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 ―今、あなたの後ろにいるの―

逢月 悠希

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第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』

41.悪夢と王子様

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 放送局でラザラスとオスカーとの対話があってから、3日ほど経過した。
 今日は、久々にラザラスが何もしなくても良い日だ。だからこそアラームを掛けず、起きるまで寝倒すという話を聞いていた。

 たまには、そういうのも良いだろう……そう、思っていた。

「う……う、ぅ……」

「ラズさん……?」

 早朝。
 酷く苦しげなラザラスの声を聞き、ロゼッタはベッド下からするりと姿を現した。
 朝日が窓から射し込んでくる明るい時間で、周囲の闇に身を隠すことはできない。

 ゆえに姿を出してしまえば、昨日ようやく左目が開くようになった彼に見つかってしまうだろう——だが、背に腹は代えられなかった。

(魘されてる、なぁ……)

 ラザラスは、眠っている。だが、明らかに悪夢を見ている様子だった。
 いっそ飛び起きてくれれば良いのだが、彼が目覚める気配は無い。

「ごめ……ごめん……っ、ジュリー……ッ、ぅ、う……許、して、くれ……」

(ジュリーさん……)

 ジュリアスがラザラスの元カノでも現カノでもないどころか女ですら無かった、さらには『どう頑張っても恋愛には発展しなさそう』なことも既に判明しているのだが、これはこれで気になって仕方がない。

 2人が友人関係なのは分かっているし、3年前にジュリアスが悲惨な事件に巻き込まれ、意識不明の重体に陥ったことも、もう分かっている。

——だが、一体、何がどうなったらここまで苦しむのだろう。

 彼自身に、重い罪があるようには思えない……そう思い悩むロゼッタの耳に、新たな名前が届く。

「……ロ、ジャー……俺、は……」

(あの、ロジャーって誰ですかね……)

 ジュリーはともかくロジャーは名前からであることが推測できるため、ロゼッタの心は安らかだった。

「……あ」

 しかし、よくよく考えてみると“あまり好ましくはない存在”だとロゼッタは気づいてしまった。

「消去法で行くと……どう考えてもラズさん傷つけて自殺した人、だよね」

 3日前のラザラスとオスカーとの会話内容からして、ロジャーは間違いなくラザラスのメンタルがポンコツになった原因の人物である。むしろと言っても良いかもしれない。

 困ったことに元々、ラザラスとロジャーは親しかったのだろう。
 それこそ、ラザラスがロジャーの死に罪悪感を覚えて、悔やみ続けてしまう程度には。

……かといってこれでは、犯罪者と並べられるジュリアスがあまりにも不憫に思えた。

(な、なんとか……そうだ、横から話しかけたら行けるかな……)

 そこでロゼッタはどうにかこうにかラザラスの夢に干渉すべく、彼の耳元でボソボソと囁くことにした。

「ロジャーって人のことはとりあえず忘れましょう。忘れて下さい。えっと……と、とにかく忘れましょう?
 ていうか、恨みましょう? よくよく考えたらラズさん、なんで恨まないんですか? なんで恨んでないんですか? 恨むのが正解ですよ、間違いなく。
 ほら、天国から地獄に引きずり落とすレベルで恨みましょうよ。そこを申し訳なく思う必要はありません。そう、悪です。悪ですから……! じ、地獄に堕ちちゃえ……!」

——場慣れしていなさすぎるロゼッタは、どうしようもなく混乱していた。

 その結果、ラザラスの夢が悪化しそうな内容になってしまっている。しかし残念ながらそれを指摘してくれる人間はこの場にはいない!

(だ、ダメだ……やっぱり魘され続けちゃってる……)

 連日続いた収録の疲れゆえだろうか。かなり酷い現象が真横で発生していたというのに、ラザラスが起きることは無かった。
 悪夢も継続しているようで、彼は身体を小刻みに震わせて泣き続けている。

「許し、て……許して、くれ……ッ、……うぅ……ッ」

 まだ治りきっていない顔の傷も合わせて、現在のラザラスはあまりにも痛々しい姿を晒していた。
 ロジャーの件を考えれば、傷が治らないからこそ酷く魘されている可能性がある。

(疲れてるだろうから、寝といて欲しかったんだけど……)

 耐えきれなくったロゼッタは床に膝をついてラザラスの身体に手を伸ばし、強めに揺さぶり始めた。

「ラズさん、ラズさん」
「……ッ」

 ラザラスの涙に濡れた青い左目が、ゆっくりと開かれた。
 よかった、すぐに起きてくれたとロゼッタは安堵する。

「大丈夫、ですか? お水、持ってきますね」

 夢から覚めたばかりでラザラスはまだぼんやりとしているようだが、とりあえず悪夢から開放することには成功したようだ。
 冷蔵庫に水が入ったペットボトルが入っていることを知っていたロゼッタは立ち上がり、水を取りに行こうとする……が、

「きゃあっ!?」

 そんなロゼッタの身体が、大きく前に引っ張られた。世界が回り、思わず悲鳴が出る。

 顔から前に転んでしまったようなものなのだが、痛くはない。顔は枕に沈んでいる。
 痛みが無かったこともあり、「わたし、こんな可愛らしい声出るんだなぁ」とぼんやり考える。

(……ん?)

 しかし“現在の状況”を理解した瞬間、顔がぼっと燃え上がるかのような感覚を覚えた。慌てて顔を上げ、何とかこの状態を脱そうともがく。

「ちょ……っ!? ら、ラズさん……!?」

 何故、こんな体勢になっているのか。
 その理由は、ロゼッタの背に回るラザラスの腕が教えてくれた。

「あっ、あのっ! 離して……っ!!」

 要は、抱きしめられているのだ……が、普通に抱きしめられるだけならまだ良かった。

 現状はではなかった。

(ていうか胸! 胸に当たってるの、ラズさんの顔だよね!?
 待って待って流石にそれは無理! 恥ずかしい無理!!)

 ラザラスは体術を使う。
 力勝負になれば勝てないことは重々承知の上だが、それでもロゼッタはもがいた。

「ら、ラズさん! ラズさーん!」

 いくらストーカーといえども、ある程度の“恥じらい”はある。少なくともこれは、17歳の少女にはあまりにも刺激が強すぎる!

 しかし、ラザラスは叫ぼうがもがこうが離してくれない! ダメだ、勝てない!

「うう……っ、すみません、小さくて……」

 そしてロゼッタは抵抗することを諦め、決して大きいとはいえない自身の胸のサイズを唐突に悔やんだ。

(いっそ大きければ、気づく気づかない以前に、もっと包容力的な何かが出たかもしれないのに……)

 もはや得体の知れない方向に思考回路が飛んでしまった。
 もう悲しいくらいにロゼッタはパニック状態に陥ってしまっていた……それでも。

(今、しんどいのは……ラズさん、だもんね)

 こうすれば、落ち着いてくれるかもしれない。
 ロゼッタはそっと、ラザラスの頭に触れた。撫でるたびに、滑らかな金色が指の間を流れる。

 ラザラスの荒れかけていた呼吸が、ほんの少しだけ整った。
 その一瞬、視界に映る風景が変わる。

 ロゼッタは、彼の胸元へと抱き寄せられた。「いくらなんでも胸に顔押しつけるのはやめてくれないかな」というロゼッタの祈り(?)が届いたのだろうか。

「わ、わわ……」

 これはこれで、何だか恥ずかしい。
 恐怖心の類は不思議と無いが、純粋に恥ずかしい。

 そんな姿勢のまま、今度はロゼッタの赤い髪の間にラザラスの指が入り込んだ。

 彼はそのまま、うわ言のように弱々しく、言葉を紡ぐ。

「——ゼ、お願いだ。行かないで、くれ……」

 誰かを、求めている。

(……誰と、間違えてるんだろ?)

 体勢は変わったが、ラザラスの腕から力が抜けることはない。その時点で、起きてはいる。

 だが、とんでもなく寝ぼけているのか、酷い悪夢を見ていたせいなのか、理性が飛んでしまっている。

(ていうか、若干わたしが上になってるけど、この姿勢って、トラウマ的な意味でラズさんは大丈夫かな……)

 流石にこの状況で王子様にときめく余裕は全く無く、ロゼッタは現実逃避と紙一重な心配をし始めた。

……すると、ラザラスがぽつりと言葉をこぼした。

「いや、だ……」

(えっ、やっぱり嫌!? 今すぐ離れま……離れられません! ラズさん離して!!)

 何かしら嫌がっているようだ。
 やはり姿勢が駄目なのではないかと判断したロゼッタが抜け出そうとしても、ラザラスの腕が離れない。

「ひとりは、嫌だ……、置いていかないでくれ……」

 ぐすぐすと鼻を啜る音がする。
 ひっくひっくと嗚咽が漏れている。
 まだ、ラザラスが泣いている。

 そっと手を伸ばしてラザラスの頭を撫でれば、さらに腕の力がこもった。
 ここまでくると痛いのだが、ロゼッタはそのままラザラスに身を委ねていた。

(……。置いていったりしませんよ。ずっとここにいます)

 いっそ「大量殺戮現場だろうが奴隷が集められた倉庫だろうが、問答無用で着いていくようなストーカーを舐めるな」とでも言ってやりたかったが、下手なことを言って彼の“夢”を覚ましたくはなかった。

 今は、“自分の声”を……聞かせたく、なかった。

(あなたをひとりになんて、しません)

 誰かの代わりでも、良い。
 もう、それでも構わないから。

 過去に囚われたまま苦しみ続ける、ひとりの青年を助けたい。

「……」

 胸の奥がチクリと痛むのを感じたが、今のロゼッタにとって、そんなことは些細なことだ。

「っ、……ッ、うぅ……」

 自身の背に回っている腕が震えていることに、ロゼッタは気がついた。
 孤独への恐怖に怯え、泣き続けるラザラスの頭を撫でる。

 寂しくない、傍にいるからと口にしないのは、彼の夢を守るためだ。

 声を発して、現実に引き戻したくはなかった——それなのに。

「ロゼ……」

「……えっ?」

「行くな……行かないでくれ、ロゼ……」

 名を、呼ばれた。
 誰かの夢を見ているはずのラザラスに、名を呼ばれた。

(ラズさん、わたしだって、分かってるの……?)

 歓喜のあまり、震えそうになった。
……だが、

(そんなわけ、ない)

 もしかすると、ラザラスには過去に、“ロゼ”という名前の彼女がいたのかもしれない。
 その存在を、引きずっているのかもしれない。

「……」

 いつになくネガティブになったロゼッタの眼前の風景が、また変わる。
 ロゼッタを抱き寄せたまま、ラザラスがぴくりと、身体を揺らした。

「あ、あの……」

 ここにきて、ようやくラザラスの腕がロゼッタから離れた。

 少しだけラザラスから距離を取り、ロゼッタは彼とベッドの上で向かい合うような姿勢になる。

 恥ずかしいから俯いていたいという自身の心を叱咤し顔を上げれば、片手で口元を覆い隠して目を逸らし、プルプルと震えているラザラスの姿が目の前にあった。

「……ラズさん?」

「ご、ご、ご、ごめ……っ、ロゼ、その……っ、ごめん……!!」

 ラザラスの顔はまだガーゼや湿布で覆われている部分が多いのだが、それでも真っ赤になっていることは分かった。

 どうやら、正気に戻ったらしい。
 良かった、とロゼッタは安堵する。

 だがラザラスの方は何も良くなかった。
 彼は正気に戻ったことにより、自分が何をしていたか気づいたようだ。

「……ッ」

 ロゼッタが声を掛けるよりも先に、彼は脱兎のごとくベッドから抜け出し、椅子を転がして勉強机の下に潜り込んでしまった。

「えっ!? ラズさん!?」

「流石にこれは……っ、これは、ないだろ……!!」

「ラズさん……?」

「今はほっといてくれ! 今はちょっと無理だ!!」

 ロゼッタに背を向けるように体育座りをしたラザラスは、先程までとは震え続けている。

 後ろ向きな思考に支配されていたにも関わらず、これには自身の口角が少し上がるのを感じた。
 自分よりも背が高く、体格の良い彼が小動物のように思えてしまう。

(ちょ、ちょっと……可愛いな……)

……つい、机の下から引っ張り出して抱きしめたいと考えてしまった。

 だが、流石に「それをするのは惨い」と判断する理性は生きていた。

 とりあえず、他のことを考えることにしよう。

(何だっけ? こういう、急に正気になっちゃうの、なんていうんだったかなぁ……)

 ロゼッタは思考回路をぐるぐると動かす。そして、ひとつの単語に辿り着いたのだった。

「あっ、賢者タイムって奴ですね!」

「全然違うし、女の子がそういうこと言わないの!!」

——違った。
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