ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 ―今、あなたの後ろにいるの―

逢月 悠希

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第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』

42.ベーコンエッグ

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 ラザラスが机の下から出てこないまま、数十分が経過した。

 年下の少女に抱きついて泣いていたという事実に気づいてしまったことで、彼のプライドに大きな傷がついたのかもしれない。未だにぷるぷる震えている。

(意外と格好つけなとこあったんだな……可愛いなぁ……)

 普段の控えめな態度もそうだが、仲間から散々“ポンコツ”扱いされても怒らない辺り、ラザラスの自尊心はかなり低いのだと思っていた。
 実際、相当に低くはある気がする……しかし、この件に関しては流石に堪えたようだ。

 全く出てくる気配がないので、ロゼッタは踵を返してキッチンへと向かう。
 先日、万物を心配したアンジェリアが冷蔵庫に食材を大量投入していたことを思い出したロゼッタは、そこから適当に卵とベーコンを取り出す。

 そして、“一応”この家に存在しているフライパンや皿と一緒に、カウンター上に並べた。

(えーと、確か……)

 フライパンを熱し、油を引——入れすぎたような気がするが、きっと気のせいだ。
 ベーコンをパックから出し、並べてその上から卵を落と——黄身が潰れてしまった。

(あっ、あっ、そ、そういえば味つけしてない! お砂糖振ったら美味しくなるかな)

 お砂糖振っとこ——入れすぎたような気がするが、きっと気のせいだ。そうだと信じたい。

(……。助けて欲しい)

 朝食に、“ベーコンエッグ”というものを作りたかった。
 少し前にテレビという機械で流れていたそれを、再現したかった。

 作ったことはないが、何となく作り方は分かった。
 ベーコンを焼いて、その上に卵を落として目玉焼きを作れば良いのだ。

 分かっている。
 流石にそれくらいは、分かっている。

 しかし、焼くというよりはような気がするし、卵の色が変わっている時点で火は通っているが、とにかく見た目が非常によろしくない。泣きたい。

 完成したベーコンエッグ(のようなもの)を皿の上に移——ベーコンが上になってしまった。上下が逆だこれ。

「……」

 そしてどう見ても油が多い。べちょべちょしている。

 つらい。

 この誰がどう考えても失敗作の料理は自分で処理するとして、同じものをもう一度作ってみることにしよ——が、できてしまった。

「あはは……」

 つらい。とてもつらい。本当につらい。
 食材様ごめんなさい。

「うぅ……」

「ベーコンエッグか?」

「ああぁあラズさん!?」

 犠牲にしてしまった食材様に懺悔しているとラザラスがやってきてしまった。
 キッチンを使っていたことに気がついて出てきたのだろう。

 ベーコンエッグを一瞥した後、ラザラスはロゼッタの両手を確認し始めた。
 ふにふにとロゼッタの手を確認した後、彼はクスリと笑う。

「火傷はしてないな、良かった」

「えっ、そこ!?」

 流石のロゼッタもラザラスが完璧超人ではないということを理解しているのだが、それでもこの男は定期的に王子様と化すので心臓に悪い。もし火傷していれば、口に咥えて消毒とかしてくれそうだ。

 万が一にでもそんなことをされれば心臓が持たないことは確定なので、火傷してなくて良かったとロゼッタは意味不明な安堵の息を漏らした。

「手順は間違ってなさそうなんだけど、君は多分、料理したことないよな?」

「えっ、ああ、はい……」

「それで火傷しないって、器用なんだな。見たもの一発で覚えるタイプか」

 フライパンの使い方と卵の割り方は、食材を持ってきたアンジェリアがその流れで作っていたスパニッシュオムレツとやらを真似してみた。
 流石にあれを再現できる気はしなかったため、まだ簡単そうなベーコンエッグを作った……結果が、これである。

「……潰れちゃいましたけどね」

「いきなり卵潰さずに割るのは無理だと思うぞ。俺でも時々失敗するし」

「ラズさん、料理しませんしね……」

「君は俺に付きまとってるから知ってるだろ? コンビニエンスストアって名前の便利な店があるんだよ」

「たぶん……そこに頼ると健康に悪いんだと思うんですよ……」

 アンジェリアが乗り込んできた件もそうだが、エルメライが何かしらあるたびに「食べて帰れ」と言っていた理由が大変よく分かる一言であった。

 事実、彼の食料は本当にコンビニエンスストア頼りである。
 そうでなければ、そもそも食べないか、冷凍庫の中の食品を温めるか、宅配業者が持ってきたダンボール箱の中に敷き詰められているプラスチック容器にお湯を注ぐかのどれかだ。

 何なら、顔を負傷してからはコンビニエンスストアにすら行っていなかった。そしてアンジェリアが定期的に現れるようになった。

 アンジェリアやエスメライの判断は正しいし、できることならばロゼッタも手助けしたいところだった。
 フライパンや包丁が置いてあることから、ラザラスは全く料理ができないというわけではない気がするのだが、面倒なのか、自分に無頓着すぎるのか。買って済ませてしまうことが多かった。

「なあ、ロゼ。そういえば君、食べ物とかどうしてたんだ? 家の中のものが減った感じがしないんだよ」

「えーと、そのー……術使ってる間は身体の時間止まるみたいで、特に何も食べてないです。
 お腹も空きませんし、ついでにお風呂とかも必要ない感じです……まあ、これでも女なので、お風呂、気になりますけど……」

「ええぇ……それ不健康じゃないか? あるもの勝手に食べてくれて良いし、風呂も勝手に使ってくれて良いからな……必要なものあれば、買ってくるし……」

「いや、前々からそうですけど……ストーカーに甘すぎませんか……?」

 ここまで来ると、一緒にいたいという目的を忘れて「追い出してくれませんかね」と言いたくなってしまう。絶対に言わないけれども。

 目の前のロゼッタをまじまじと見つめた後、ラザラスは口を開く。

「君、俺に見つかったら駄目なんじゃなかったか?」

「……。緊急事態でしたので」

「うん、まあ……それは、まあ……」

 再び顔を真っ赤にするラザラスを見て、ロゼッタは「しまった」と視線を泳がせた。
 大変だ、彼の繊細な心を再び傷つけてしまったかもしれない。

 しかし、ラザラスもラザラスで恥ずかしがっている場合ではないと考えたのだろう。
 彼は頭を振るい、照れながらも微笑んでみせる。

「状況が状況だったから、見なかったことにするよ。その……えーと、あれだ。ごめん。セクハラって訴えないでくれると、嬉しい」

「それ以前にわたしもストーカーって訴えないで頂けると嬉しいですね。正規雇用されてる身ではありますが、普通におかしい自覚はありますし……」

「ははは、それもそうか」

 それもそうか、で済ませて良い話ではないような気がするのだが、ラザラスが良いなら良いことにしようとロゼッタはあえてそこには触れなかった。

「とりあえず、食べるか。せっかく作ってくれたんだし。ありがとな」

「味は……全力で保証しませんよ……」

 冷凍庫にあった食パンを焼き、ベーコンエッグ(のようなもの)をテーブルに運ぶ。
 食べるタイミングが微妙におかしくなってしまったのだが、ベーコンエッグ(?)に手をつける。

 一口食べた瞬間、ロゼッタの顔から血の気が引いた。

(うわ……っ)

——まずいとか、そういうレベルの話ではなかった。

 油ぎった卵とベーコンだけでも酷いのに、砂糖のせいで甘ったるく、気持ちが悪くなる代物に仕上がってしまっていた。もはや事故である。

「ら、ラズさん! これ美味しくないでしょう!? 食べちゃダメです!」

「……? いや、美味しいよ。どうした?」

「ええっ!?」

 一瞬、これを平然と食べるラザラスの味覚音痴を疑ってしまったのだが、彼の口からガリガリと卵の殻を噛み砕く音が聞こえた。
 強烈な味覚音痴だとしても、それを普通に食べるのはおかしい。

 つまり、ロゼッタのことを考えて“平然”を演じてくれているのだろう。
 顔色を一切変えず、横のグラスに入っている水で流し込むような真似さえもしないのが怖い。

「こんなところで才能を発揮しないで下さい!」

「……。ああ、そうか。君は色々と知ってるんだっけ」

 遠回しに平然を演じていたことは認めたが、それでもラザラスはロゼッタ作のベーコンエッグ未曽有の大事故を表情を保ったまま完食してみせた。
 作った張本人が食べるのをやめてしまっているというのに、とんでもない精神力である。

「残して下さいよ……」

「悪意でわざとこうしたんだったら、流石に嫌だけどさ。善意で作ってくれたものを残したくはないよ。
 ついでに言えば、君は多分、次は成功させてくるだろうし……成長を楽しみにしてる」

「次も食べてくれるんですか……」

 ラザラスの優しさには、少々どころの騒ぎではない闇を感じてしまう。
 だからこそ、ロゼッタは素直に喜ぶことができなかった。

(まずいって言ってくれて、良かったのに)

 そんな遠慮、欲しくはなかった。

(わたしのために無理するの、違うのに)

 少々酷いことを言われても、離れる気は全くなかったのに。

「……何か、考えてる?」

 思い悩むロゼッタに向かって、ラザラスは質問を投げかける。
 正直に言ってしまっても良かったのだが、先ほどのことがあるだけに、素直に口を開く気にはなれなかった。

 それをどのように捉えたのか、ラザラスは悲しげに笑い、口を開いた。

「あのさ……俺と一緒にいるの、正直しんどいんじゃないか?」

「えっ」

 すぐに、言葉が出なかった。
 ラザラスは自嘲的に笑い、ロゼッタから目を逸らした。

「……。流石にもう分かってると思うけど、俺は見た目に釣り合うような男じゃないよ。
 むしろ、見た目以外は何の取り柄もないだろ?」

 元俳優志望なだけあって、ラザラスは自分自身の見た目に自信を持っているようだ。
 しかしながら、“それ以外”に関しては絶望的なレベルで悲観的に捉えてしまうらしい。

(……だからこそ、苦しかったところは昔からあったんだろうな)

 見た目が完璧過ぎるせいで、中身も完璧であることを望まれてしまう。
 ラザラスの人生は、そんな人生だったのだろう。きっと彼はずっと周りに“望まれる姿”を演じてもいたのだろう——それは、あまりにも空虚だ。

(言って良いのか……悩む、けど)

 ラザラスの“今”を知っているからこそ、ロゼッタは彼の空虚を否定したいと思った。

「わたしは確かに……最初はラズさんの見た目に惚れ込みました、けど」

 いきなり“王子様”と言ってしまっているだけに、これを否定するのは違う。
 誤魔化したところで、言い返されるに決まっている。だとすれば、ここは肯定すべきだ。

 肯定した上で、思っていることを素直に言ってしまおう。

(で、でも……)

 流石に、恥ずかしい。
 どこか不安そうにしているラザラスの顔を真っ直ぐに見続ける気力は無かったが、それでも、ロゼッタは言葉を紡ぐことをやめなかった。

「ラズさんは見た目相応に、それこそ絵本の中の王子様みたいに、優しくて強くて、勇気のある人だと思っています。
 それが、あなたの弱さゆえに生まれたものなんだとしても、弱さを強みに昇華できるのが……ラズさんの、魅力だと思っています」
「……」

 嘘は一切言っていない。本心だ。
 ロゼッタは苦しい中でも必死にもがく、不器用な彼の姿に強く、惹かれていた。

「むしろ、その弱さ含めて全部がラズさんの魅力だと思ってます。ほら、見た目も中身も完璧な人なんて、つまんないじゃないですか。
 わたし、ラズさんがそんな人だったら、ここまで興味示してないと思います。たぶん違う人のとこに行ってます……だからラズさんは、ラズさんだからこそ、良いんですよ」

 ここまで言い切って、ようやくロゼッタは前を向いた——そして、デシャヴを感じた。

「また、机の下入っちゃいます?」

「~~ッ! うるさい!」

 口元を押さえて、顔を真っ赤にして、ラザラスが震えている。
 少なくとも嫌な気分にさせたわけではなさそうだ。照れに照れて震える青年の顔をまじまじと見つめ、ロゼッタは微笑む。

(……可愛いなぁ)

 なんとなく「幸せだなぁ」と感じながら、ロゼッタは残っていた水入りのグラスに口をつけた。
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