ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 ―今、あなたの後ろにいるの―

逢月 悠希

文字の大きさ
80 / 83
第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』

43.忘刻

しおりを挟む
 ラザラスに字を教わっている最中に、エスメライに呼び出された。

 その理由を察した瞬間、ロゼッタの怒りは倍増した——今回ばかりは、と分かっていて采配したであろう司令塔たちに対して、だ。

「……」

 喫茶店の中庭に飛ぶと、エスメライとルーシオが立っていた。
 このペアが出てきた時点で“呼ばれた理由”は当たっている。間違いない。

 ロゼッタは、目の前でかなり決まりが悪そうに視線を逸らしているルーシオに噛みついた。

「いくらなんでも酷すぎませんかね!? あれからまだ1週間くらいしか経ってないんですけど!!」

「おっしゃる……通りです……すみません……」

「えっ」

……いきなり、どストレートな謝罪を受けてしまった。

 怒りが引っ込んでしまったロゼッタは、慌てて隣のエスメライの顔を覗き込む。

「ルーシオは心に深い傷を負ってんだよ……クロウの怪我悪化させただけじゃなくて、滅茶苦茶ややこしい事態を引き起こしたから……」

「い、一体……何が……」

 目が合っているはずなのに、目が合っていないような気がする。
 エスメライはエスメライで、自分ではない何かを見ている気がする。

「と、とりあえず『体魄強化オルガノス』案件ですよね?」

「悪いんだけどさ、追加で『耐久強化フォルティス』も頼みたい……クロウ、今回は自発呼吸もできてるし、自分で動けてもいるんだけど……1日のうち、3時間くらいしか起きてられないみたいでさぁ……」

「……」

 ロゼッタは盛大にため息を吐いた。その結果、エスメライが微妙に肩を震わせた。

「えーと……今、起きてっかなぁ……あはは……」

 十中八九、クロウは部屋にいる。
 先に歩き出したエスメライの背を追い、ロゼッタは歩き出した。


 ◯


「……あ、起きてんね。おはよ、クロウ」

 先に入ったエスメライが、部屋の主であるクロウに声を掛ける。
 クロウはペコリと軽く頭を下げていた。

(んー……怪我は悪化したらしい、というか悪化してるけど、前よりは元気そうに見えるな……)

 自発呼吸ができている分、前に来た時よりはマシだ。呼吸は比較的安定しているように見える。
 だが顔色は悪いし、右翼は添木と一緒に包帯でぐるぐる巻きにされているし、顔には大きめの絆創膏が貼られている……普通に酷いかもしれない。

 彼は身体を起こした状態で壁にもたれかかり、何かを読んでいる最中だった。
 ロゼッタは、その何か——手紙に興味を示しつつも、口を開く。

「? なにそれ……」

「……。時間差で説教されてる……」

「えっ!?」

 一体、何が起こっているのだろう。

 近づくついでにこっそり覗き込み、隠されてしまう前に『識読ルーンリード』を使うと……なんか、色々見えた。

【君さぁ、ダメな時にダメって言わないの、本当によくないと思うな。自覚あったのかどうかはさておき、かなりダメなタイミングで、おれに喧嘩売りにきたでしょ。困るんだけど?

 もしかしたら、あれでもフェリシアくんの基準だと大丈夫だったのかもだけどさ。
 それなら君の中の「大丈夫」の基準下げた方が良いよ。ていうか下げなさい。間違いなく全然大丈夫じゃないから。
 喧嘩売りにきたもさぁ、全然頭回ってなかったよね? 初手で感影センス辺りを一緒に使っとけば、だいぶ違ってたと思うんだけど?
 それやっとけば、近づく前に俺が微妙に上なの分かったはずだよ?

 よくよく考えたら、今まで取られたことほぼほぼ無かったんじゃない?
 君が上を取られるようなレベルの人材がドラグゼン側に大量発生してたら、色んな意味で困るからねぇ。そういうおじさまも、単純な魔力量でギリギリ勝負になったのは初めてなんだけどさ。

 だから今回に関しては正直、フェリシアくんが全力を出せる状態で、なおかつ君らが舐めプしてこなかったら、たぶん負けただろうなーって思ってるよ?
 だからこそ、舐めプさせるのが俺の常套手段なんだけど。上手いこと行ったねぇ、あはは。

……まあ、そういうことだってあるわけだ。
 だからこそ常に、万が一の時を前提に動いた方が良い。色々と魔道具送りつけるから、ちゃんと使いなさい。良いね?

 あとねぇ、フェリシアくんが魔術前提の生活してるのは何となく察したんだけどさ。それ、君が思ってる以上に危うい行為だからね? 君自身がどう考えてんのかはさておき、おじさまは普通に心配。

 君らの環境だと、君が人一倍頑張らないとダメなのは分かるんだけども。
 それは分かってんだけど、無理しすぎるのは禁止。もうちょっと周りを頼ることを覚えなさい。周りの人を悲しませないようにしな?】

(な、なんか愉快なことになってた……)

 長い。びっくりするくらい、長い。
 何枚かあるうちの1枚、これだった。

 とんでもない圧を感じるお手紙が、恐らく“クロウ”に届いていた。そしてど正論でしばかれている。

 誰にしばかれているのかは分からないが、送り主が言わんとすることは困ったことに分かる。とんでもなく、理解できてしまう。

 ただ、ひとつ気になることがあった。

「ねぇ、クロウの本名って“フェリシア”なの?」

 手紙で彼を指していると思しき名詞が“クロウ”ではない。それは一体、何故なのか。

「……」

 そう問えば、クロウは手紙をベッド横のチェストに隠しながら、少し躊躇いがちに口を開いた。

「厳密にいうと、違う……オレの本名は“フェリクス”なんだ」

「え? じゃあなんでフェリシア、なの?」

「オレの親が、オレをフェリシアって呼んでたんだよ。つまりこのおっさん、何故かそれを知ってることになるんだよな……気持ち悪ぃ……」

「それは、まあ、確かに……」

 普段使っていない名前、それも本人と近しい人間しか知らなさそうな、変化系の愛称でいきなり呼んでくる人。
 それは、確かに気持ち悪いかもしれない。

 しかし、ロゼッタが気にしたのは残念ながら、そこではない。呟くように、ロゼッタはクロウに言葉を投げる。

「クロウって自分の本名知ってたんだ……なら、別に骸……じゃなかった、偽名使わなくても良いじゃん……」

 本名があるなら、それを使えばいい。
 与えられた名前を、ちゃんと、名乗ればいい。

 すら与えられなかったロゼッタとしては、彼の行動は不満で、さらに言えば不快とすら思えた。

 ロゼッタが何を考えているのか察したのか、近くにいたエスメライが理由を説明しようと動こうとしたがクロウはそれを静止し、自ら重い口を開いた。

「オレの場合は、後から知ったってか、どちらかというと“思い出した”パターンだよ。
 ルーシオさんに教えてもらって、それでもすぐには思い出せなくて……完全に思い出したのが、5年前くらい、だったな」

「え……」

「しかも呼ばれ慣れた“骸”から離れすぎた名前だからな。それ考えたら、“クロウ”なんかは元の名残があるだろ? ……骸を元、みたいな言い方はしたくねぇけどさ」

 名乗る名乗らないの、問題ではなかった。
 彼は、自分が骸と呼ばれていた期間があまりにも長い——その最悪な名を、正式な名前だと誤認識するほどに。

 ロゼッタがそれを理解すると同時にクロウは、自罰的な、弱々しい笑みを浮かべた。

「ちっこい頃に……7歳の頃に、親に『忘刻オブリヴィア』って術を使われたんだ。これは記憶を改ざんする、闇属性の上級魔術なんだけどよ……それで、ずっと親の存在自体、何年も忘れさせられてた」

「……」

「そもそもの愛称呼びのこともあるが、術が解けるまでの時間が、あまりにも長過ぎて……」

 クロウは感情を抑え込むように。
 深く、息を吐き出す。

「フェリクスが本名って実感が……オレには、無いも同然なんだよ」

 彼がフェリクス、もしくはフェリシアと呼ばれていた期間は、たった7年間に過ぎない。
 しかもその7年は幼少期だ。彼の記憶に鮮明に残っているのは、長くとも5年程度だろう。

 その時点で、別の名前で呼ばれていた期間の方が長くなってしまう。

——実感が無い、というのも無理はない。

(たぶんフェリクスって呼ばれても、自分の名前だって意識してないと……すぐには、反応できないんだろうな)

 ロゼッタにはすぐに“ロゼッタ”という名前が馴染んだが、それは元から決まった呼び名が無いに等しかったからだ。
 呼び名がころころ変わっていたロゼッタの場合と、最悪なものとはいえ固定の呼び名があったクロウの場合は状況が違う。
 よく似ているようで、自分たちの状況はまるで違う。

 黙り込んでしまったロゼッタを見て、何を思ったか。クロウは溢すように、話を続ける。

「オレの親は、旧ステフィリオンの戦闘員だったらしい。退役して、ひっそりオレを育ててたみたいなんだが……奴らに、見つかっちまったらしくてな。
 だから幼い上に遺伝子疾患持ちのオレを巻き込まないようにって、わざわざ記憶を改ざんして……家から離れた、遠い場所で死んだらしいんだ」

「それ、は……」

 クロウの深淵に、触れてしまったような気がする。

「こんなん、後から知っても、思い出しても……困るっつーか……」

「クロウ……」

「はは、だからこそ、オレは『忘刻』って術が嫌いなんだよな。オレにはもう耐性ができちまってるから、この術、一切入んねぇけど……それでも……」

 話すこと自体が辛いのか、クロウは明らかに言葉を選び始めてしまった。「もう話さなくて良い」という意図を込めて、ロゼッタはゆるゆると首を横に振った。

 そして、少しの沈黙の後、

(ただ、ちょっと変、なんだよね……)

 ロゼッタは、気づく。

 彼の婚約者と、彼が育てていた子どもたち。
 彼が愛した人たちに最悪な名で呼ばれていたとは、そう呼ばせていたとは、到底思えない。

 つまり彼には、1名前がある可能性が高い。
 思い出しても上手く馴染まなかったフェリクスの前例を考えると、恐らくはこちらも現在の偽名同様に“骸”の派生系だろう。
 そして彼はあえて、その名前をエスメライたちには言っていないということになる。

 そうでなければ、間違いなくクロウは、“クロウ”とは呼ばれていない。

(気にはなる、けど……エスラさんたちに話してない時点で……わざわざ骸って名乗ってる時点で……)

 下手に踏み込めば、取り返しがつかなくなるほどに傷つけてしまうかもしれない——恐らくこれは、クロウが最も触れて欲しくない、彼が抱えている“最大の闇”だ。

 それが分かるからこそ、到底触れる気にはなれなかった。絶対に触れてはならないと、ロゼッタは判断した。

(……話題を、変えよう)

 この際なんでもいい。
 早く、早く、話の内容を変えるべきだ。

 ロゼッタはクロウからそっと視線を逸らし、思考した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」  男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。  ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。  それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。  クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。  そんなルドに振り回されるクリス。  こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。 ※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます ※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません ※一部変更&数話追加してます(11/24現在) ※※小説家になろうで完結まで掲載 改稿して投稿していきます

一匹狼と、たったひとりのラナ

揺木しっぽ
恋愛
絶滅危惧種となった「人間」のラナ。 その希少さゆえに、あらゆる種族から欲望の対象として狙われる日々に、彼女は心を擦り減らしていた。 そんな彼女を救ったのは、一人の狼男・リゲル。 他の男たちとは違う、彼の大きくて温かな手に、ラナは初めて希望を抱くが――。 獣の本能と、孤独な少女。 密やかに育まれる、甘く濃密な執着の物語。 ※本作には一部、経血に関する執着描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。 毎日21時頃、全12話完結まで更新いたします。

俺様上司と複雑な関係〜初恋相手で憧れの先輩〜

せいとも
恋愛
高校時代バスケ部のキャプテンとして活躍する蒼空先輩は、マネージャーだった凛花の初恋相手。 当時の蒼空先輩はモテモテにもかかわらず、クールで女子を寄せ付けないオーラを出していた。 凛花は、先輩に一番近い女子だったが恋に発展することなく先輩は卒業してしまう。 IT企業に就職して恋とは縁がないが充実した毎日を送る凛花の元に、なんと蒼空先輩がヘッドハンティングされて上司としてやってきた。 高校の先輩で、上司で、後から入社の後輩⁇ 複雑な関係だが、蒼空は凛花に『はじめまして』と挨拶してきた。 知り合いだと知られたくない? 凛花は傷ついたが割り切って上司として蒼空と接する。 蒼空が凛花と同じ会社で働きだして2年経ったある日、突然ふたりの関係が動き出したのだ。 初恋相手の先輩で上司の複雑な関係のふたりはどうなる? 表紙はイラストAC様よりお借りしております。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

処理中です...