ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 ―今、あなたの後ろにいるの―

逢月 悠希

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第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』

44.おっさん案件

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 酷い話題を、振ってしまった。
 これ以上は、クロウの負担にしかならない——ロゼッタは咄嗟に、違う話題を提供することにした。

「クロウ。何か最近、3時間くらいしか起きてられないって聞いたんだけど……何があったの?」

「……。他になんか無かったのかよ」

「気にはなってたし。……で?」

 ロゼッタが急に話を変えてきたことには、彼女の気遣いには気づいたようだが、この話はこの話で触れて欲しくはなかったらしい。
 当たり前だ。これはこれで、触れて欲しくない案件だ。

 でもそんなことはもはや、些細なことだ。
 容赦なく追及してみると、クロウはバツが悪そうに顔を逸らしてしまった。

「おっさんに……魔術の強制解除くらった挙句……派手に、やられて……」

「なんで怪我してる時に、そんな強い人に喧嘩売っちゃったの?」

「じ、事前情報、が、ちょっと……」

(ルーシオさん!?)

 ロゼッタはバッと背後を振り返る。エスメライはいるが、ルーシオはいない。
 さては初手で逃げたな、とロゼッタは閉まった扉を睨んだ。

 とはいえ、怒っている場合ではない。
 ロゼッタはクロウに依頼されていた2種類の魔術を掛け、例のごとく魔力の譲渡を始めた。

「ねぇ、先に誰かから『体魄強化オルガノス』受けてた? 前より入りやすかったんだけど」

「……。おっさんがかなり強く掛けて帰ったらしい」

「さっきから何なの!? その“おっさん”!!」

 謎のおっさんの主張が、あまりにも強すぎる——。

 現在判明しているだけでも、謎のおっさんはクロウが親から呼ばれていた愛称フェリシアを何故か知っていて、クロウの魔術を無効化して撃退して……その後、何故か体魄強化をかけて帰っている。

(もはや敵か味方かすらハッキリしないんだけど!)

 ロゼッタは困惑する。
 そんな彼女の顔を見て、クロウも同じくらい困惑しながら口を開いた。

「……。一応、裏切りを考慮しなければ味方だとは、思う。ただ……オレらがドラグゼンの人間かステフィリオンの人間か、おっさん目線だとなかなか分からなかったらしくてな。
 向こうからすれば、正当防衛するしかなかったらしい。まあ、当たり前だよな……オレがおっさんの立場でもそうする……」

「そ、そうだね……」

「そしてオレらが後者だって判明してからは、一緒にいたルーシオさんへの説教が始まったらしい」

「説教」

 クロウの発言が“らしい”だらけなのは置いておくとして、説教案件のひとつは間違いなく「情報不足で特攻したこと」だろう。それさえなければ、恐らくクロウの1日が24時間から3時間になるような緊急事態は発生していない。

(あとはクロウが怪我してたのに……とかもありそうだよね、なんか、色々お説教されてそう)

 とりあえず、恐らくルーシオが心に傷を負った原因が謎のおっさんのせいだということは分かった。

「……で、さっきのお手紙は?」

「オレ宛の説教だが……」

「なんで現地で説教されてないの? もしかして、気絶? 意識飛ばしてた? 
 見た目だけでも結構酷いけど、そんな派手にやられたの? 身体は大丈夫なの?」

「……」

「返事は?」

「はい……」

 数時間で文字通り60人以上の屍を積み上げた男が意識を飛ばすレベルで呆気なく敗退した挙句、手紙越しに時間差でお説教される異常事態が起きている。
 雑菌混入による呼吸困難騒動といい、ドラグゼンが知らない場所でクロウがひたすら負けている——もうずっと知らないままでいて欲しい。そしてクロウも気合で隠し通して欲しい。

(何なの、その人……?)

 まさかその異常事態を引き起こした人間が“推しの推し”だとは夢にも思わないロゼッタは、とりあえず黙り込みを決めているエスメライに視線を向けた。

「おっさんね……たぶん、また来るよ。きて欲しくないけど……絶対に、また来る……」

 彼女も何かしらやられたのか、遠い目をしている。
 確かにこれは、滅茶苦茶ややこしい事態かもしれない。

(しかもこの感じ……間違いなく拠点に入られちゃってるしね……)

 拠点どころかラザラスの家にも侵入しているロゼッタだが、それを棚に上げ、おっさんのことを考えていた。

 その間、エスメライが「あー」だの「うー」だの謎の呻き声をずっと上げている。
 どうしたのかと首を傾げれば、彼女はしばらく逡巡した後、口を開いた。

「……。ラズに言う気はまだないんだけどさ、あんたには明かしとこうかね」

「は、はい……」

 また、ラザラスに対する隠し事が増えてしまった。
 彼自身がとんでもなく中途半端な立ち位置にいるせいか、何かとステフィリオンの仲間たちから除け者にされがちな気がする。それは、どうなのだろう。

(ラズさん、信用されてないのかな……)

 ロゼッタが何を考えているのかが何となく分かっているのか、エスメライは少しだけ躊躇いながら話し始める。

「そのおっさん、ね……世間一般的には“オスカー・ドレイク”とか“破天荒おじさん”って呼ばれてんだけど、知ってる?」

「あ」

——前言撤回だ。

 ラザラスに言わないという判断は間違っていない。何も、間違っていない。
 言おうものなら情報がとんでもなく渋滞するし、最悪さらなるカオスが待っているだろう。

「そ、それは……言えない、です、ねぇ……」

 彼女らへの認識を爆速で改めた、手のひらをとんでもない勢いでひっくり返したロゼッタは、思わず苦笑した。
 そんな彼女を見て、エスメライとクロウは揃いも揃って何とも言えない顔をしている。

「流石にね、明かす必要がある場面が来たら言うよ? でも、さぁ……よりによって、さぁ……。
 もうね、その辺歩いてる適当なおっさんであって欲しかった……!」

(それはそれでどうなんですかね!?)

「つまりオレは、数日前にアイツの推しを脅しに行ったら返り討ちにあって、時間差説教されたんだよ。
 こんなん、どこをどう切り取ってもラザラスには話せねぇよ……!!」

(だろうね!!)

 他の大御所俳優ならともかく、オスカーダメだ。
 もう、変な意味で相手が悪過ぎる!

 そして何がどうなってそうなったのかは分からないが、オスカーを脅しに行っているクロウとルーシオの気持ちもちょっとだけ分かる。
 常識的に考えれば、破天荒なおじさんが初見でクロウを完封できるとは思えないからだ。

 流石に一応、喧嘩を売る前にちゃんと調べてもいただろうが、間違いなくダミー情報を握らされたのだろう。あのおじさんならそういうことしそうだし、できそうな気もする。

 だって破天荒おじさんだから。

(ああ、うん……良かった……)

 ルーシオどころか、ラザラス以外のステフィリオンメンバーの心にを負わせていそうな、とんでもない破天荒おじさんの高笑いが聞こえる気がする。

(おかしいな、高笑いなんか聞こえるわけないんだよね。あの人は今、カイヤナイト公国ってところにいるってラズさんから3回くらい聞いたのに)

 オスカーが推しの推しだという事実だけで、どうしてこうも面倒なことになるのか。
 そしてロゼッタは、静かに呟く。

「……。味方で、良かったですね」

 すごい勢いでエスメライとクロウが頷くさまを見て、とりあえず大変だったことだけは理解できた。

 何だかんだで『負傷から1週間どころか数日で他の作戦に投入された』事実がさりげなく判明していたが、そこに対して何かを言う気にもなれなかった。状況が、あまりに酷すぎる。

「えっと……分かりました。今後は何か起きたら全部“おっさん案件”で通しましょう。業界用語って奴です」

 もはや(色んな意味で)名前を言ってはいけない大御所が関わってきてしまった時点で、少なくともラザラスの前ではこうするしかない。
 ロゼッタの言葉に、エスメライが困ったように笑う。

「嫌だなー……そんな業界用語、嫌だなー……でも、ロゼッタ。たぶんあと1週間くらいでもう1回おっさん案件発生するから、またクロウに体魄強化かけにきて欲しいんだ。カイヤナイトから何か……届くらしくて……」

「えっ、爆弾ですか!?」

「ある意味、そうかも。いや、こればかりはとんでもなくありがたいんだけどね。うちにはなかっただけに、
すごく、本当にすごく、ありがたいんだけど……あの人、どんな人脈持ってんのさ、本当に……」

 ちらりとクロウを一瞥すれば、ぷいと横を向いていた。
 何故かちょっと拗ねている。反抗期の子どもみたいになっている。

 体魄強化の時点でそれは分かっていたが、1週間後におっさん案件が発動する対象は彼らしい。

「……が、頑張って?」

 とりあえず、自分はラザラス寄りの立ち位置だ。
 うっかりを防ぐためにも、あまりこの手の話を聞くべきではない気がする。

 本音としては「これ以上、ややこしい話を聞かされるのが嫌」になってしまったロゼッタは、そそくさと拠点を退場することにした。
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