第一楽章「誤判」

7tch1*

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Chapter.7「今までで一番荒れた有様の透。そうか、これが禁忌の恋の代償か。」

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ー記録.透視点。

 5月の中旬。
 学校から帰ってきた俺はいつものように玄関のドアを開ける。
「ただいまー…」
 めんどくさそうな声と共にリビングのドアを開ける。
 だけど、今日はいつもと違った。
 帰ってきたらいつもはいるはずの母さんの姿がなく、いたのは姉ちゃんだけだった。
「おかえり」
「母さんは?」
「まだ帰ってきてないよ」
「あっそ」
 いつも俺より母さんが先に家にいたから、この光景が新鮮に感じた。
(今日は買い物で遅くなってるのかな)
 そう思い、俺は自分の部屋に足を運んだ。

 それから数分後の午後5時近く。
 「ただいま」
 俺が宿題をしていると、ドアの向こうから母さんの明るい声色が聞こえてきた。
 母さん、今日はなんだか明るいな。
 何か嬉しいことでもあったのかな。
 そう思ってドアの方に少しだけ視線をやると、次は姉ちゃんと会話する声がしてきた。
 「今日、小学校の近くのカフェに行ったのよ」
 「そうなの?どんな感じだった?」
(なるほど。小学校近くに立ってたあそこに行ってきたんだ。
それにしても、母さんが寄り道なんて珍しいな)
 その時の俺は、それが今日だけの気まぐれだと、そう思っていた。

ーそれからというものの、母さんがカフェに行って帰りが遅くなる日が増えた。
 ある日は17時過ぎ。ある日は17時半頃。
 その回数を重ねるごとに帰ってくる時間が遅くなる。

 六月の下旬の夜。
 夕食後にトイレから出てきた姉ちゃんと廊下で出会った。
「…母さんさ、最近帰ってくるの遅い日、多くね?」
 気になったので思わずそう聞いてみる。
「…そうだね。それがどうかしたの?」
「…なんでもねーよ」
 そう強がったようにいうけれど、本当は漠然とした不安があった。
 母さんがただお茶したいだけじゃなくて、というよりむしろそれはついでで、俺たちに言わない一番の理由がある。
 そんなことを考えていると、
「…ねぇ、お母さんさ」
「…なに?」
 姉ちゃんが突然口を開く。
「…カフェに行くようになってから変わったよね。なんていうか、明るくなったとはちょっと違う感じがして…ちょっと怖いんだよね」
「…そうなんだ」
 そう返事するけど、姉ちゃんの言いたいことはなんとなく同意が出来る気がした。
 
 それからというものの、俺はそのことを考えるようになってモヤモヤしていた。
 家でも、学校でも。
 ただの気のせいかもしれないのに、馬鹿みたいにずっとそのことに思考を巡らせていた。
 
 だけど7月の始め。
 それが気のせいじゃないと強く思うようになった出来事が起きた。
 それは母さんがまたカフェに行った日の夕飯時。
「あのね、二人とも。話があるの」
 突然口を開いた母さん。
「…何?」
「次の木曜日、会社の人と夕飯を食べる約束をしたの。だから、お母さん、夕飯はいないの」
 母さんが会社の人と外で夕飯を食べると言ったのだ。
 母さんはいつもそんなことしないのに。
「…それで、ご飯は朝作っておくから、それをレンジして食べておいて欲しいの」
「わかった」
「はいはい」
 そう納得したように返事するけれど、違和感しか感じなかった。

 7月7日の夜。
 夕食後、部屋で一人、机に向かって母さんのことを考えていた。
 
ー思えばここ最近の母さんは変だった。
 お茶するための寄り道を急に始めたり、今のように家族以外の人と外で食べる約束したり。
 そして、夜遅くに外に出ようとまで…。
 もはや容姿の似た別人と入れ替わったようだ。
 それが、すごく不気味で怖かった。
 どうしたの、ここ最近いつもしないことばかりして。
 そう聞きたかったけれど。
 
ー俺の中に、心当たりはあった。
 もしかして、俺と同じ空間にいる時間を減らすためにしてる?

 確定ではないが、そんな気がする。
 思えばここ最近俺は母さんに甘えすぎていた。
 無性にイライラするからって母さんに酷いことばかり言って、傷つくことをして…
 だから母さんは…
 いや、それは考えすぎかな。
 首を振って無理やり頭の中から切り離そうとする。

 …それはそうと、母さん、今頃何してるんだろ。
 七夕の雲ひとつない夜空を見上げ、そう思った。

…だけど。

 七夕の翌日。
 俺はいつものように学校に向かった。
 そして、相変わらずクラスで浮いていた。
 クラスメイトが楽しそうに話してる中で、俺は一人で本を斜め読みして過ごしていた。
 それが習慣になりつつあったのか、最初よりもいづらさを感じなくなった。

 これが慣れというものか。
 いや、慣れというより諦めに近いかな。

 それからしばらくして。
 俺は急に催してきたので、トイレへ向かっていた。
 その途中で同じ小学校出身の高橋とすれ違った。
 小学校で中学年の時にしか同じクラスにならなかったが、明るい感じのやつなのは覚えてる。
 でも、今日はなぜか変にソワソワしている。
 昨日何かあったのかな。
 そう思い、通り過ぎようとすると、

「よっ、康太。どうしたんだ?そんなやるせない顔して」
 同じく、同じ小学校出身の橋本が高橋の様子が気になったのか、元気のいい声で話しかける。
「…あ、和也。ごめん、変な顔してた?」
「いや。ただいつもと違う感じだったから、どうしたのかなって」
 入学式の時に二人の名前が同じクラスの名簿に書いてあったのを見たことあるから、二人が同じクラスなのは知ってるけれど。
 そうか。二人は同じ小学校出身同士で仲良くしてるんだ。
 そのやりとりを見て、そう思った。
 羨ましいなと、少しだけ思った。
 その瞬間。
「…実は…」
 高橋が急に橋本に詰め寄り、橋本の耳に顔を近づけると、

「…昨日さ、部活帰りに、日向の母親が知らない男と並んで歩くところ、見たんだよね。日向の父親かなと思ったけど、ちょっと違ったから、もしかしてと思って…」

 そう言う高橋。
 その言葉に、俺の全身に黒い衝撃が走る。

「…っ…」

 なんだよ、それ。
 母さんが不倫してるって言いたいのかよ。

「えっ?日向の母さんが?それ本当か?」
「…うん。びっくりして思わず写真…」
「っ何を根拠に言ってるんだよっ!!」

 強い拒絶と動揺に揺らされて、思わず二人に詰め寄り、怒鳴り散らす。

「…っあっ…」

 二人は俺の方を向く。
 その二人の表情は、血の気を失いきって真っ青だった。
 そこには、悪意もなく。

「…え、う…」

 カタンッ。
 想定外ながら明らかにまずい事態に、高橋は体から力が抜けてしまったのか、手に持っていたスマホを落としてしまう。

 高橋のスマホの画面が俺の視界に入り込む。
 そこには、高橋の言うとおり、夜の街で母さんらしき女横に、見知らぬ男がいる画像が映っていた。
 その画像は慌てて撮ったのか、ところどころに手ブレがあった。
 だけど、画像の女の顔は母さんのものであるのは間違いなかった。

「…あ…日向、ごめん。お前を困らせようってつもりはなくて…」
「お、おいっ!」
「…あっ…あ…」
 悪意ないなら紛れもない事実ってことだよな?
 なら母さんは本当に…
 そう思うと、目の前が真っ暗になる。

「…っ!!」
「…あっ…」
 その場にいられなくて、二人に背を向けて勢いよく便所の中へ駆け込んだ。

 それから俺は、個室トイレから全く動けなかった。
 母さんは不倫してた。
 今までカフェに行ってたのは、そのためだった。
 日々の息抜きで行っていると姉ちゃんから聞いていたけどな。
 
 思えば少し前までの俺は母さんに反発しようとなんか思ったことなかった。
 母さんにとって"いい子"だった。
 でも俺はもうその"いい子"じゃなくなった。
 母さんにとってそんな俺は…
 
「…やっぱり俺のせいなの?俺がきついことばかりいうから…?」

 嫌だったんだろうな。
 だから、"いい子じゃない"俺と一緒の空間が嫌でカフェに行くようになった。
 "いい子じゃない"俺は母さんにとって可愛いくない存在だったんだ。
 母さんにとって俺は"いい子"である姿だけが愛せる存在だったんだ。

 いつか母さんに今までの態度を謝ろうと思ってたけど、その気が一気になくなった。
 母さん…いや、あの女に対する嫌悪感と怒りが込み上げてきた。

 それよりこれからどうしよう。
 あの女が不倫してたところを、よりによって小学校が同じだったやつに見られるなんてな。
 だから、きっと学年中に話が回るだろうな。
 そうすれば俺は「不倫した女の子供」と認識される。

 あぁ、そうか。学校も、家も、今の俺の居場所になる気はないんだな。

「…はは…最悪すぎだろ…ははは…っはははははっ…」

 絶望のあまり、思わず引きつり笑いをしてしまった。

 その夜。
 誰とも顔を合わせたくなくてずっと部屋に引きこもっていた。
(…なんで俺、ここにいるんだろ)
 本当にわからなかった。
 あの女がいるこの家に帰って来た理由が。
 あの女とはもう一緒にいたくない。
 それだけは確かなものだった。
 だけど。

 夕飯ができてからしばらく経ったのか、あの女がこの部屋に入ってきた。

「透、ご飯できたわよ」
「無理」
 もちろん拒絶。
 食欲ないし。
 だけど。
 
「食べれないの?学校で何かあったの?」
 この女は白々しく母親ヅラして俺のそばに寄って来る。
 一体どのツラ下げて。
 本性が丸見えの醜い姿をお構いなくこちらに寄せる姿に、思わず悪寒と嫌悪感を隠しきれず、

「っ近寄んなっ!!」
 
 力強く突き飛ばした。

 すると、その音が他のところに聞こえたのか、
「お母さん、どうしたの!?」
 姉ちゃんが部屋に入って来る。

「と、透…?」
「…他の男に目移りした汚ねぇ体で作った料理なんか食えるかよ」
 
 本音を告げると共に、みっともなく倒れ込んだこの女を見下ろす。
 本当に何も気づいてないんだな。
 だけど、俺がこの女を許さないことには変わりはない。

ー記録.美和視点。
 他の男に目移りした、だなんて。
 まさか透の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。

「透、アンタ流石にそれはっ…」
「…っそんなの誰から聞いたの!!」
 朱莉が叱るのを遮るように大声を出してしまう。

「…小学校が同じだった奴からだよ。昨晩アンタが男と一緒に歩いてたところ見たってさ」
 透は徐々に声に激しさを強めていく。
「…最初は俺も悪ふざけで言ってると思ったさ!でもそいつが証拠写真見せてきたから、それも一切加工してない奴をっ…もう信じざるを得なかったよっ!!」
「…っ!?」

 その話に、私の身に衝撃が走る。

「…え…」
 朱莉もポカンとしている。

 そして理解した。

ー透に純司さんといたことがバレた。
 まさか昨日、私たちの近くに透の知り合いがいたなんて思いもしなかった。
 背中に嫌な寒気が走る。
 透は容赦なく続ける。

「最近カフェに行くようになったなと思えば、まさか男と会うためだったとはな」
「…あ…」
「…とにかく、俺はもうアンタを母親、いや、家族として見ない。同じ血が流れてるとも思いたくない!わかったら俺の前から今すぐ失せろっ!」
 そう言って、透は飲んでいた牛乳を私に向けてかけてきた。
 朱莉は何も言わない。

「…そう。それじゃあ…」
 それだけ言って私は透の部屋を出た。

「…ねぇ、お母さん」
 リビングに向かう途中、後ろから朱莉が今にも消えそうな声で私に話しかけてきた。
「…何?」
 朱莉の方を振り向く。
 朱莉の顔は今にも泣き出しそうで、目には涙がうっすらと浮かんでいた。

「…さっき透が言ったように、本当に不倫してたの…?」

 絞り出すようにきく朱莉。
 当然だった。
 二人からすれば、家族への裏切りでしかない。
 あぁ、そうか。
 私は自分から透、いや家族との関係を壊してしまったのか。
 そして、その罰が下る時が今訪れたのね。

 そう思うと、今まで抱いていた純司さんへの気持ちが一気に冷めてしまった。
 そうだ。純司さんは赤の他人で、親密になる必要がない、いや、なってはいけない人。
 なのに、どうしてそのことを忘れて私は…。

ーとりあえず、次にカフェ行って純司さんと会ったら、もう会わないと告げないと。

 それで許されるわけがない。
 それは分かってるけれど、それが今できる唯一のわずかな償いなのだから…。
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