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第11話:試す者
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午前の陽が窓硝子を透かし、机に紙の白を際立たせていた。
届けられた手紙は、丁寧すぎるほど丁寧で、しかしどこかが不自然だった。
「地方の小領主……イグラシア辺境伯?」
「聞いたこともない名だわ」
母の声は、興味と警戒の間で揺れていた。
封蝋は王都のもの。けれど、家名も地図にあるはずの所領名も、曖昧にしか記されていない。
「依頼内容は、家族の病と、今後の経営についてのご相談……だそうです」
私は静かに読み上げた。
けれどその文面には、どこか演じられたような“完璧さ”があった。
穏やかで、礼儀正しく、懇願と敬意に満ちている。――まるで、“手本”のように。
「おそらく、嘘でしょう」
その言葉を口にすると、母が眉を動かした。
「根拠は?」
「文体の癖が、王宮付きの書記官のものに似ています。
そして、家紋の細部が不自然。印刷か複製でしょう。
そもそも、イグラシアという地名は、百年前に廃村になったはずです」
一瞬の沈黙。
やがて母は、薄く唇をつり上げた。
「……なるほど。“試してきた”わけね」
私はうなずく。
この手紙は、占い師としての私の力を、遠巻きに探ってくる“査定”だ。
依頼主が実在しようがしまいが関係ない。
目的は、「私が占うかどうか」その一点だけ。
「受けてはなりません」
母は静かに言った。
意外だった。
けれどその次の言葉が、もっと意外だった。
「今この段階で応じれば、“使える”と見なされて、無数に群がってくる。
どうせ狙われるなら、もっと大きくて――確かな相手からの方が、値打ちがつくわ」
私は何も言わなかった。
母にとって、私はただの投資対象。
けれど、その冷徹さが、時に最も正確な盾になるのも知っている。
---
その日の夕刻、王宮内。
貴族会議室の片隅で、一人の青年が報告書を指で弾いた。
「……やはり、引っかかったか。
セファールの娘は“使える”かもしれんと、そう思ったが」
リオネル・セレヴィス王子は、退屈そうに椅子の背に体を預けた。
「わざわざ偽名まで使って、占わせようとするとはな。
どこの間抜けだ……。くだらない真似を」
窓の外には、沈みかけた陽が差し込んでいる。
その金の光に染まる王子の瞳は、ひどく冷たかった。
「俺が見つけた“駒”に、勝手に手を出すなよ」
誰に語るでもなく、ただ小さく呟いた声が、部屋の隅に吸い込まれていった。
届けられた手紙は、丁寧すぎるほど丁寧で、しかしどこかが不自然だった。
「地方の小領主……イグラシア辺境伯?」
「聞いたこともない名だわ」
母の声は、興味と警戒の間で揺れていた。
封蝋は王都のもの。けれど、家名も地図にあるはずの所領名も、曖昧にしか記されていない。
「依頼内容は、家族の病と、今後の経営についてのご相談……だそうです」
私は静かに読み上げた。
けれどその文面には、どこか演じられたような“完璧さ”があった。
穏やかで、礼儀正しく、懇願と敬意に満ちている。――まるで、“手本”のように。
「おそらく、嘘でしょう」
その言葉を口にすると、母が眉を動かした。
「根拠は?」
「文体の癖が、王宮付きの書記官のものに似ています。
そして、家紋の細部が不自然。印刷か複製でしょう。
そもそも、イグラシアという地名は、百年前に廃村になったはずです」
一瞬の沈黙。
やがて母は、薄く唇をつり上げた。
「……なるほど。“試してきた”わけね」
私はうなずく。
この手紙は、占い師としての私の力を、遠巻きに探ってくる“査定”だ。
依頼主が実在しようがしまいが関係ない。
目的は、「私が占うかどうか」その一点だけ。
「受けてはなりません」
母は静かに言った。
意外だった。
けれどその次の言葉が、もっと意外だった。
「今この段階で応じれば、“使える”と見なされて、無数に群がってくる。
どうせ狙われるなら、もっと大きくて――確かな相手からの方が、値打ちがつくわ」
私は何も言わなかった。
母にとって、私はただの投資対象。
けれど、その冷徹さが、時に最も正確な盾になるのも知っている。
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その日の夕刻、王宮内。
貴族会議室の片隅で、一人の青年が報告書を指で弾いた。
「……やはり、引っかかったか。
セファールの娘は“使える”かもしれんと、そう思ったが」
リオネル・セレヴィス王子は、退屈そうに椅子の背に体を預けた。
「わざわざ偽名まで使って、占わせようとするとはな。
どこの間抜けだ……。くだらない真似を」
窓の外には、沈みかけた陽が差し込んでいる。
その金の光に染まる王子の瞳は、ひどく冷たかった。
「俺が見つけた“駒”に、勝手に手を出すなよ」
誰に語るでもなく、ただ小さく呟いた声が、部屋の隅に吸い込まれていった。
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