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第14話:静謐なるはじまり
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王宮の奥、東棟の一角。
重厚な扉の向こうに用意された部屋は、思いのほか静かだった。
床には薄い紺の絨毯。壁には王家の紋を刻んだ書架。
装飾は少なく、無駄もなかった。
それでも、空気には圧があった。
まるで「ここは、誰もが軽々しく踏み込める場所ではない」と告げているかのように。
「ここが、私の部屋……」
小さく呟いた声が、静まり返った空間に吸い込まれていく。
付き添いの侍女はいない。
誰もいない。
扉を閉められた瞬間から、私は“独り”になった。
(これは、保護じゃない。監視――)
まるで箱庭の中に閉じ込められたような、奇妙な静けさ。
でも、それが“予想通り”であることに、少しだけ安堵している自分もいた。
---
数時間後、案内人が現れた。
「関係者との顔合わせを」とだけ言い、私を別の部屋へと導く。
そこには、数人の男女が並んでいた。
白髪の魔術顧問。
恰幅の良い歴史学者。
冷ややかな眼差しを持つ女性文官。
そして――長身の中年男性。黒の礼服に身を包み、無言でこちらを見ている。
「これが、例の“占い師”か」
誰かがぼそりと呟いた。
無礼でも侮蔑でもない。ただ、値踏みをするような目。
私が頭を下げると、誰も返礼はしなかった。
当たり前だ。私はまだ“実績のない若者”にすぎない。
「……記録通りの年齢か? ずいぶん落ち着いて見えるが」
唯一声をかけてきたのは、あの中年の男だった。
彼だけが、私の目を真っすぐに見ていた。
口調には柔らかさがあったが、その奥にあるものは読み取れなかった。
「15です」
「ふむ」
男はそれだけを返し、すぐに視線を逸らした。
それ以上は、何も言わなかった。
けれど――記憶に残る空気だった。
敵か味方か、今はまだわからない。
---
控室に戻ると、扉の外に立つ人影が見えた。
「……馴染んでいるようで、何よりだな」
リオネルだった。
気配を殺すこともなく、堂々と立っていた。
「王宮の空気は、お前にはよく似合う。
……もっとも、俺の目の届く範囲にいるから、安心できるというだけかもしれないが」
「恐縮です」
彼の言葉は冗談のようでいて、本気だった。
私は軽く頭を下げ、目を合わせないまま扉を閉じた。
(私を“置いておきたい”のは、守るためじゃない。掌握するため)
冷静にそう判断する。
でも、それでも構わない。
自分が見誤らなければ、それでいい。
---
その日の夕刻、控室の机に、一通の封書が置かれていた。
差出人――
エリオット・ヴァーレン侯爵家次男。
その名前を見た瞬間、心臓がわずかに跳ねた。
聞いたことがある。いや、“見た”のかもしれない。
明確な未来視ではない。
けれど、何かがざわつく。
背筋が、微かに冷えた。
(この人には、気をつけた方がいい)
視えていないのに、そう感じたのは、初めてだった。
重厚な扉の向こうに用意された部屋は、思いのほか静かだった。
床には薄い紺の絨毯。壁には王家の紋を刻んだ書架。
装飾は少なく、無駄もなかった。
それでも、空気には圧があった。
まるで「ここは、誰もが軽々しく踏み込める場所ではない」と告げているかのように。
「ここが、私の部屋……」
小さく呟いた声が、静まり返った空間に吸い込まれていく。
付き添いの侍女はいない。
誰もいない。
扉を閉められた瞬間から、私は“独り”になった。
(これは、保護じゃない。監視――)
まるで箱庭の中に閉じ込められたような、奇妙な静けさ。
でも、それが“予想通り”であることに、少しだけ安堵している自分もいた。
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数時間後、案内人が現れた。
「関係者との顔合わせを」とだけ言い、私を別の部屋へと導く。
そこには、数人の男女が並んでいた。
白髪の魔術顧問。
恰幅の良い歴史学者。
冷ややかな眼差しを持つ女性文官。
そして――長身の中年男性。黒の礼服に身を包み、無言でこちらを見ている。
「これが、例の“占い師”か」
誰かがぼそりと呟いた。
無礼でも侮蔑でもない。ただ、値踏みをするような目。
私が頭を下げると、誰も返礼はしなかった。
当たり前だ。私はまだ“実績のない若者”にすぎない。
「……記録通りの年齢か? ずいぶん落ち着いて見えるが」
唯一声をかけてきたのは、あの中年の男だった。
彼だけが、私の目を真っすぐに見ていた。
口調には柔らかさがあったが、その奥にあるものは読み取れなかった。
「15です」
「ふむ」
男はそれだけを返し、すぐに視線を逸らした。
それ以上は、何も言わなかった。
けれど――記憶に残る空気だった。
敵か味方か、今はまだわからない。
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控室に戻ると、扉の外に立つ人影が見えた。
「……馴染んでいるようで、何よりだな」
リオネルだった。
気配を殺すこともなく、堂々と立っていた。
「王宮の空気は、お前にはよく似合う。
……もっとも、俺の目の届く範囲にいるから、安心できるというだけかもしれないが」
「恐縮です」
彼の言葉は冗談のようでいて、本気だった。
私は軽く頭を下げ、目を合わせないまま扉を閉じた。
(私を“置いておきたい”のは、守るためじゃない。掌握するため)
冷静にそう判断する。
でも、それでも構わない。
自分が見誤らなければ、それでいい。
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その日の夕刻、控室の机に、一通の封書が置かれていた。
差出人――
エリオット・ヴァーレン侯爵家次男。
その名前を見た瞬間、心臓がわずかに跳ねた。
聞いたことがある。いや、“見た”のかもしれない。
明確な未来視ではない。
けれど、何かがざわつく。
背筋が、微かに冷えた。
(この人には、気をつけた方がいい)
視えていないのに、そう感じたのは、初めてだった。
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