星に命を託す令嬢【完】

午前3時の雨音

文字の大きさ
34 / 64

第34話:凍る声

しおりを挟む
視た未来が、誰かの判断を狂わせる。
視なかった未来が、誰かの命を奪うかもしれない。

ここにきて、ようやく私はその板挟みの重さに気づきはじめていた。

「精度が落ちた、と言われているぞ」

昨日、リオネルが吐き捨てた言葉が、頭の奥で何度も反響していた。

誰かが私を“使えない”と断じるなら、それで終わる。
私は“替えのきく道具”であり、ただの装飾ではないのだ。


---

翌朝、控室に入ると、机の上には束になった依頼書が並べられていた。
その数に思わず息を飲む。

(……昨日より多い)

王宮の空気が冷えきっている。
扇を開く手が震えるのは、寒さのせいか、恐怖のせいか、もはや自分でも分からなかった。

最初の依頼は、商業都市での金銭トラブルの発生有無。
次は、貴族同士の縁談における“裏の条件”の暴露の可能性。

どれも漠然としていて、未来視には適さない。
それでも私は扇を開き続ける。

ひとつ、またひとつ。
数字がじわじわと減っていくのを感じながら――

《312》

頭が、痛い。

扇を閉じた瞬間、こめかみが脈打つように疼いた。
指先にまで鈍い痺れが走る。けれど、それでも倒れるほどではない。
いや、倒れてはならない。

「エリス様。殿下からです」

控室の扉がノックされ、一人の若い騎士が封筒を差し出してきた。
開封すると、そこにはわずか一文。

> 『本日中に、全ての依頼を終えろ』



署名も印もない。けれど、その筆跡だけで、私は誰の命令かを悟る。

リオネル。

彼は私の疲弊などおかまいなしに、指示だけを押しつけてくる。
そこに慈悲も、配慮もない。

(……全部、今日中に)

私は静かに目を閉じた。
頭の奥で、何かがざらざらと削れていくような感覚がある。

(まだいける。まだ、私は使える)

言い聞かせるようにして、再び扇を開いた。

視えた未来は、白い部屋。
誰かが椅子に座り、手を震わせながら何かを待っていた。
その人の傍に立っていたのは、私だった。
けれど、私は顔が見えない。
まるで――そこに“いない”存在のようだった。

「……何、これ……」

無意識に漏れた声に、部屋の空気が冷たくなる。


---

その夜。
すべての依頼を終え、控室を出た私は、渡り廊下の途中で足を止めた。

冷たい風が吹きつける。
体が、妙に軽い気がした。

足元がふらつく。

(……あれ?)

景色が揺れる。
次の瞬間、私は何かに支えられていた。

「立てるか?」

その声に顔を上げると、そこにはリオネルがいた。

冷たい瞳。だが、わずかに眉が動いた。

「倒れるほど、弱くなったのか。失望だな」

それだけを言い残し、彼は私を支えるでもなく、踵を返して去っていった。

私は、立っていた。
けれど、もう、立っていることさえ、誇れるものではなかった。

未来が視える限り――
私は、まだ終われない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

その聖女は身分を捨てた

喜楽直人
ファンタジー
ある日突然、この世界各地に無数のダンジョンが出来たのは今から18年前のことだった。 その日から、この世界には魔物が溢れるようになり人々は武器を揃え戦うことを覚えた。しかし年を追うごとに魔獣の種類は増え続け武器を持っている程度では倒せなくなっていく。 そんな時、神からの掲示によりひとりの少女が探し出される。 魔獣を退ける結界を作り出せるその少女は、自国のみならず各国から請われ結界を貼り廻らせる旅にでる。 こうして少女の活躍により、世界に平和が取り戻された。 これは、平和を取り戻した後のお話である。

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

黒薔薇の棘、折れる時

こだま。
ファンタジー
漆黒の髪と氷の瞳を持つ悪役令息エドワードは、借金を取り立てた少女アリスと運命を変える。 聖女リリアの甘い仮面の下に隠された野望と、公爵領の禁足地、黒い聖地の災厄。 復讐は調和へ導かれる。 最後に咲いたのは、召使いの少女が残した、永遠に枯れない真紅の薔薇――。 ちょっと切ないお話です。 AIがプロットを作ったファンタジーです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処理中です...