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第34話:凍る声
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視た未来が、誰かの判断を狂わせる。
視なかった未来が、誰かの命を奪うかもしれない。
ここにきて、ようやく私はその板挟みの重さに気づきはじめていた。
「精度が落ちた、と言われているぞ」
昨日、リオネルが吐き捨てた言葉が、頭の奥で何度も反響していた。
誰かが私を“使えない”と断じるなら、それで終わる。
私は“替えのきく道具”であり、ただの装飾ではないのだ。
---
翌朝、控室に入ると、机の上には束になった依頼書が並べられていた。
その数に思わず息を飲む。
(……昨日より多い)
王宮の空気が冷えきっている。
扇を開く手が震えるのは、寒さのせいか、恐怖のせいか、もはや自分でも分からなかった。
最初の依頼は、商業都市での金銭トラブルの発生有無。
次は、貴族同士の縁談における“裏の条件”の暴露の可能性。
どれも漠然としていて、未来視には適さない。
それでも私は扇を開き続ける。
ひとつ、またひとつ。
数字がじわじわと減っていくのを感じながら――
《312》
頭が、痛い。
扇を閉じた瞬間、こめかみが脈打つように疼いた。
指先にまで鈍い痺れが走る。けれど、それでも倒れるほどではない。
いや、倒れてはならない。
「エリス様。殿下からです」
控室の扉がノックされ、一人の若い騎士が封筒を差し出してきた。
開封すると、そこにはわずか一文。
> 『本日中に、全ての依頼を終えろ』
署名も印もない。けれど、その筆跡だけで、私は誰の命令かを悟る。
リオネル。
彼は私の疲弊などおかまいなしに、指示だけを押しつけてくる。
そこに慈悲も、配慮もない。
(……全部、今日中に)
私は静かに目を閉じた。
頭の奥で、何かがざらざらと削れていくような感覚がある。
(まだいける。まだ、私は使える)
言い聞かせるようにして、再び扇を開いた。
視えた未来は、白い部屋。
誰かが椅子に座り、手を震わせながら何かを待っていた。
その人の傍に立っていたのは、私だった。
けれど、私は顔が見えない。
まるで――そこに“いない”存在のようだった。
「……何、これ……」
無意識に漏れた声に、部屋の空気が冷たくなる。
---
その夜。
すべての依頼を終え、控室を出た私は、渡り廊下の途中で足を止めた。
冷たい風が吹きつける。
体が、妙に軽い気がした。
足元がふらつく。
(……あれ?)
景色が揺れる。
次の瞬間、私は何かに支えられていた。
「立てるか?」
その声に顔を上げると、そこにはリオネルがいた。
冷たい瞳。だが、わずかに眉が動いた。
「倒れるほど、弱くなったのか。失望だな」
それだけを言い残し、彼は私を支えるでもなく、踵を返して去っていった。
私は、立っていた。
けれど、もう、立っていることさえ、誇れるものではなかった。
未来が視える限り――
私は、まだ終われない。
視なかった未来が、誰かの命を奪うかもしれない。
ここにきて、ようやく私はその板挟みの重さに気づきはじめていた。
「精度が落ちた、と言われているぞ」
昨日、リオネルが吐き捨てた言葉が、頭の奥で何度も反響していた。
誰かが私を“使えない”と断じるなら、それで終わる。
私は“替えのきく道具”であり、ただの装飾ではないのだ。
---
翌朝、控室に入ると、机の上には束になった依頼書が並べられていた。
その数に思わず息を飲む。
(……昨日より多い)
王宮の空気が冷えきっている。
扇を開く手が震えるのは、寒さのせいか、恐怖のせいか、もはや自分でも分からなかった。
最初の依頼は、商業都市での金銭トラブルの発生有無。
次は、貴族同士の縁談における“裏の条件”の暴露の可能性。
どれも漠然としていて、未来視には適さない。
それでも私は扇を開き続ける。
ひとつ、またひとつ。
数字がじわじわと減っていくのを感じながら――
《312》
頭が、痛い。
扇を閉じた瞬間、こめかみが脈打つように疼いた。
指先にまで鈍い痺れが走る。けれど、それでも倒れるほどではない。
いや、倒れてはならない。
「エリス様。殿下からです」
控室の扉がノックされ、一人の若い騎士が封筒を差し出してきた。
開封すると、そこにはわずか一文。
> 『本日中に、全ての依頼を終えろ』
署名も印もない。けれど、その筆跡だけで、私は誰の命令かを悟る。
リオネル。
彼は私の疲弊などおかまいなしに、指示だけを押しつけてくる。
そこに慈悲も、配慮もない。
(……全部、今日中に)
私は静かに目を閉じた。
頭の奥で、何かがざらざらと削れていくような感覚がある。
(まだいける。まだ、私は使える)
言い聞かせるようにして、再び扇を開いた。
視えた未来は、白い部屋。
誰かが椅子に座り、手を震わせながら何かを待っていた。
その人の傍に立っていたのは、私だった。
けれど、私は顔が見えない。
まるで――そこに“いない”存在のようだった。
「……何、これ……」
無意識に漏れた声に、部屋の空気が冷たくなる。
---
その夜。
すべての依頼を終え、控室を出た私は、渡り廊下の途中で足を止めた。
冷たい風が吹きつける。
体が、妙に軽い気がした。
足元がふらつく。
(……あれ?)
景色が揺れる。
次の瞬間、私は何かに支えられていた。
「立てるか?」
その声に顔を上げると、そこにはリオネルがいた。
冷たい瞳。だが、わずかに眉が動いた。
「倒れるほど、弱くなったのか。失望だな」
それだけを言い残し、彼は私を支えるでもなく、踵を返して去っていった。
私は、立っていた。
けれど、もう、立っていることさえ、誇れるものではなかった。
未来が視える限り――
私は、まだ終われない。
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