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朧月夜の章
朧月夜の章⑰
しおりを挟む『・・・・・・・』
故郷・フォルクバングにある花畑にディアゴは立っていた。
美しいネモフィラの花が咲き誇る丘は、今や観光名所となっている。帰った覚えはないのでこれは夢だと直ぐに理解した。明晰夢というのだろうか。やけにリアルだった。
『・・・・、・・・・ね』
遠くから女性の声が聞こえた。
どこか懐かしい声音に誘われるように、ディアゴは花畑を進む。真っ直ぐ進むと少し離れた場所に人がいるのが確認できた。それも二人。黒い巻き毛の虎と、金髪の美しいジャガーだ。
見覚えのある風貌に思わず目を凝らすと、仲睦まじく寄り添っている夫婦は両親だ。
どちらもかなり若く、結婚したばかりなのか甘い空気が漂っていた。
『ミア、君のために沢山摘んだんだ。受け取ってくれるかい?』
『あら、とても綺麗』
嬉しそうに花束を受け取る母を見て、父はとても満足そうに尻尾を揺らめかせた。
『ミアはネモフィラの花がよく似合うね。大好きだよ。ずっと一緒にいよう』
『・・・子が出来なければ、離縁は避けられないわ。貴方の前妻達のように』
『君は私が守る!子が出来なくても構うもんか!』
『本当?嬉しいわ』
『本当だよ。私は嘘はつかない』
父は大切そうに母の手を両手で包んだ。母は嬉しそうに頬を染め、控えめに笑う。
・・・仲睦まじい両親を見て、ディアゴは正直驚きを隠せなかった。
物心ついた頃には父は毎晩遊び歩いて家に寄りつかなくなっていた。母は父の代わりにずっと執務室に閉じこもって仕事をしていた。
破綻しきった仮面夫婦だと思っていたのに、愛し合っていた瞬間があったなんて。
幸せそうな二人を見ると胸が痛んだ。
『ミア、私は君だけを愛すると誓うよ。だからミアも私だけを愛してくれ』
『ええ。私も貴方だけ。私の、唯一の旦那様』
ミアはネモフィラの花を一輪抜き取ると、夫に差し出した。
『ネモフィラの花言葉を知っている?』
『いや、知らない』
『「可憐」に「成功」。あとは「貴方を許す」っていう意味があるわ』
『貴方を許すか・・・。君の機嫌を損ねてしまったら、ネモフィラの花束を贈ることにしよう』
『ふふ、素敵ね!可愛らしい貴方の我が儘なら何でも聞いてしまいそうよ』
『ミア、愛しているよ』
『ええ。私も誓うわ・・・「永遠」に』
美しい花畑で父と母は笑いながら抱き合った。目の前に広がる美しい光景に、気が付いたらディアゴの目から涙が溢れていた。
これ程愛し合っていたのに、何故破綻したのか。
悲しさと虚しさが胸に溢れる。俯くディアゴの肩に、誰かがそっと手を置いた。
「!?」
「振り向かなくて良い」
聞き間違えるはずがない。これは父の声だ。顔を合わせて文句の一つでも言ってやりたい所だが、出来なかった。
「・・・ディアゴ、父さんは母さんとの約束を守れなかった。全ては私の心の弱さが原因だ。母さんは何一つ悪くない」
「分かっている。今更だ」
「貴方を許す、その一言にずっと甘えていた。母さんはとても強くて弱音を吐くような人では無かった。だから見逃してしまった・・・。あの日も真っ青な顔をして胸を押さえていたのに」
すれ違ったのは本当に些細な切っ掛けだった。
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