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葵の章
葵の章④
しおりを挟む爺やは正しかった。
安易に母と同じような女性を、と考えていたがミハエルが求めているのは『戦友』ではない。
孤独と不安をかき消してくれるパワーを持った、我が儘で明るいお嬢様だ。美人で品があればなお良し。
妥協はしたくないので彼方此方にアンテナを張ってみた。
気になった女の子と遊び、じっくり花嫁候補を探すミハエルの元に訃報が届いた。
爺やが死んだ。
女の子と遊んでいたが、呼び止める声を無視して走って病院に向かった。
息を切らせながら部屋に飛び込むと、爺やは穏やかな顔をして眠っていた。
何度呼びかけても応えてくれない爺やを見て涙が止まらなくなった。
自分は最大の理解者を亡くしたのだ。
悲しくて悲しくて仕方がなかった。爺やには身内がおらず、父が葬儀をあげて墓も作ってくれた。
サイベリアン運輸は身内がいない従業員を弔うための墓所を所有していた。自然豊かで、花が咲き誇る美しい墓所で爺やは静かに眠っている。
ミハエルは暇さえあれば墓参りに行っていた。残念ながら未だに妻の紹介は出来ていないが、いつか必ず連れてくると勝手に約束している。
爺やが亡くなった後もミハエルの不幸は続いた。
あれだけ健康に気を使っていた父が仕事中に倒れた。くも膜下出血だ。
修行のために別会社で就職していたミハエルは早退して病院に駆け付けた。
手術を終えても意識が戻らない父の傍には母が座っていて、小声で何かを囁きながら父の手を握っていた。
『母さん・・・』
父の隣で凛と立つ母の姿は見る影もなかった。髪もボサボサで、一気に老けた気がする。
憔悴しきった母の姿を見て涙が出た。
幸い父は意識を取り戻したが、半身に後遺症が残りリハビリが必要になった。
父は社長職を退き、母が会長に就任した。ただ、母は名ばかりの会長だ。父の介護に集中するため、両親は空気のきれいな田舎に移住した。
たった一人残されたミハエルは大企業、サイベリアン運輸を僅か二十五で引き継いだ。
若い経営者はまぁ、舐められる。老獪共に、野心的なライバル。古参の社員までもがミハエルの足を引っ張ろうと罠を張る。
気の休まる暇などなく、弱みなど見せられない。
爺やがいてくれたらどれだけ心強かっただろう。若様、と優しく語りかける声はもう聞こえない。
分かりやすい敵と見えない敵。ライバル達を叩き潰していくと、サイベリアン運輸の地位は更に上がっていった。
ミハエルは父の目指した頂きに気が付いたら立っていた。
『流通王』と呼ばれ、確固たる地位を築いても孤独は深まるばかり。父が目指していたのはこんなものか、と虚しくなった。
ミハエルは孤独と虚無感を酒と女遊びで晴らすようになった。
ハニートラップも何度仕掛けられたか分からない。酔っ払っても頭は冷静なので回避はするが、休まる暇はない。
全ての女の子を疑うようになったら終わりだ。最近では一人ぼっちの家呑みがマイブームになっていた。
その日は珍しく早起きしてコーヒーを飲んでいた。
お見合いの特番を目にしたのは運命だと思った。黒狐族自慢の八人の美姫。
きっとその中に理想の『我が儘なお嬢様』がいる筈だ。ミハエルは迷わず応募した。
ただ、自分がいない間に誰が会社を回すかが課題だった。悩み抜いた結果、ミハエルは母に相談した。
『見合い如きで経営を放り出すな』と叱られるのも覚悟していたが、あっさり了承された。
「え?何で?」
「えって、何で驚くのよ。私は貴方の母親よ。ずっと心配していたの・・・。女遊びよりよっぽど良いわ。素敵な女性を見つけてきなさい」
母親に女遊びを知られていたのは気まずい。
何も反論できなかったが応援は嬉しかった。これで会社の心配はなくなった。
ミハエルは順調に審査を通過し、遂に理想の女性に巡り会った。
葵は裏表がなくて色々と直球だ。
実家がかなりの資産家なので金や権力に余り興味がない。プレゼントも好みでなければ平気で拒否する。
質入れすれば相当な買い取り価格になるバッグも気に入らなければ知らぬ顔。
『ここでは私がルール!さぁ、私を思う存分崇め奉りなさい!』
フンッと鼻息を吐きながら命令されると何でも言うことを聞きたくなる。
爺やは正しい。
疑り深い自分を振り回してくれる我が儘で明るいお嬢様。
オマケに物凄い美人だ。本当に良いなと思った。ずっと葵と一緒にいたいと自然に思えた。この年になって初めて湧いた感情に戸惑ったが、悪くない。
これが恋ってやつだろう。
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