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明石の章
明石の章⑰
しおりを挟むレオンハルトは第二妃の母から生まれた、いわば『庶子』だ。
母は『島守』を代々務める船乗りの一人娘で、輝くエメラルドの瞳を持つ美しいアビシニアンだ。
猫族の王はある孤島に毎年参拝しなければならない決まりがあり、真面目に千年も守り続けている。
その島には名前のない墓が二基建てられている。
一人は誰のものか分かるが、もう一人は誰のものか分からない。
猫族の歴史で唯一の女王『レオノーラ』が、愛に生きた弟のために村人のいない小さな村を孤島に作った。
悲劇の王子『レオベルト』が、最愛の恋人と共に孤島に逃げて来るのをレオノーラは待ち続けた。
死ぬ瞬間まで、待ち続けた。
レオベルトは帰らなかった。
レオノーラの子で名君と名高き王、レオニダスは孤島に墓を建てて叔父と恋人を弔った。
遺体無き墓に歴代の王達は毎年花を手向ける。それが償いだというように。
その島は墓参り以外は閉ざされ、島守によって守られている。
孤島を守る島守一家に産まれた母は墓参りに訪れた父王と出会い、恋に落ちた。
母の名はナディア。
健康的な小麦の肌に艶やかな漆黒の髪。輝くエメラルドの瞳は誰もが目を奪われる。
ナディアは東方一の美人と評判の娘だった。
父王は美しい母に夢中になり、王妃に黙ってナディアを側妃に迎えた。
王妃マリアンナは高貴な一族の出身で、金髪に青い瞳、魅惑的な体を誇る美女だ。
ただ彼女は嫉妬深く、一度怒らせると手が付けられない。
父王は母を守る為に立場を与えた。
側妃も王の『妻』だ。公的に妻と認められた女性を誰も馬鹿に出来ない。
王妃マリアンナは腹は立つが、夫が側妃の身分を与えた以上ナディアに手出しは出来なかった。
何より彼女には絶対的な自信があった。
彼女は王との間に生まれた嫡男・レオニードがいた。
緩絶の呪いによって猫族は流産・死産の確率が高く、側妃の女が無事に子を産む確率は低い。
誰も自分の立場を脅かさないとマリアンナは高を括っていた。
だが、側妃ナディアは男児を産んだ。それがレオンハルトだ。
猫族王家で数百年ぶりの『弟殿下』誕生だ。
父王は大層喜び、ナディアを更に寵愛しレオンハルトを可愛がった。
夫が妾を寵愛し、軽種の血が入った汚らわしい獅子を可愛がる。
仲睦まじい姿を見かける度にマリアンナは嫉妬に狂い、ナディアにありとあらゆる嫌がらせをした。
庶民出身のナディアは王家のしきたりが分からず、何度も恥をかかされた。
その度に父王が庇い、ナディアを抱きしめる。皮肉にも二人の愛は深まるばかりだ。
怒りが頂点に達したマリアンナはナディアとレオンハルトの食事に毒を盛って殺害しようとした。
脅された料理長は毒入りのスープを作ったが、罪悪感に苛まれた結果王に全てを打ち明けた。
毒殺事件は未然に防がれたが、余りにも卑劣な手口を使った上にこれまでの仕打ちがある。父王の怒りは遂に爆発した。
証拠を集めた父王は王妃に厳しい処分を下そうとしたが、マリアンナは次期国王の母。
重臣達もレオニードの将来を考え、寛大な処分を下すよう王に懇願した。
マリアンナは処分を免れた。反省すらしていない。それが当然だといわんばかりの態度だ。
父王はナディアとレオンハルトを守る為、二人をマリアンナの手が届かない遠方の地に隠すことにした。
親子が隠されたのは龍の国との国境、寒さが厳しいノアトゥーンだ。
領主のユキヒョウ一家に大切に保護され、レオンハルトはナディアと穏やかな日々を過ごした。
ユキヒョウ一家の女主人・リアーナはとても優しい女性だった。
彼女が作るミートパイは絶品で、レオンハルトは何回もおかわりした。
ぷくぷくのお腹を見てナディアは笑った。
『もう、レオンハルトったら。皆の分も食べちゃうの?』
『だっておいしいんだもん』
『ナディア様、大丈夫ですよ。た~~くさん焼いていますから。若様も遠慮なく召し上がって下さいね』
『へへ、やった』
『かあさん、ぼくもおかわり』
小さなユキヒョウはほっぺを赤くして皿を差し出した。
彼はリアーナの一人息子、クラウスだ。
レオンハルトとは同い年で、二人はすぐに仲良くなった。
ある朝、屋敷の庭が真っ白に染まっていた。
雪だ。
初めて見る雪にレオンハルトは瞳を輝かせた。
レオンハルトはクラウスを起こすと、一緒に庭へ飛び出した。
『ゆき――!』
『つめたいね!』
『うん!』
小さな獅子と真っ白なユキヒョウは転がり、夢中で雪の玉を投げ合いながら遊んだ。
ナディアとリアーナは子ども達に温かい飲み物を用意しながら、可愛らしい光景にほっこりとしていた。
その頃、王妃マリアンナは王から冷遇されていた。彼女が心から反省するまで、徹底的に公務から排除した。
ナディアとレオンハルトに対する恨みは募るばかりだ。
マリアンナは従順なふりを続け、復讐の時を待った。
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