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明石の章
明石の章㉞
しおりを挟む神聖楽団だけが居場所となった明石は演奏会に向けて猛特訓していた。
『演奏会』は年に一度、天帝が音楽を愛する妻神のために開く音楽会の総称だ。
明石はフルート奏者として出演が決まっていた。
家族にチケットを渡すと、両親は泣いて喜び妹と弟は大興奮した。
明石もドキドキして眠れなかった。閑職に追いやられても諦めず掴んだ大舞台。
身分も後ろ盾もなく、友人を失い酷い噂を流されても、努力すれば夢は叶う。
明日、遂に現実となる。
険しい道のりだったが、やっと使命を果たせる時が来た。
だが現実は余りにも冷たかった。
翌日、控え室で明石は最後の音合わせをしていた。
差し入れのコーヒーを飲み終わり、先輩方の紙コップを集めて片付け終えた後。
控え室から明石の大切なフルートが消えていた。
周りにいた団員に慌てて聞くが、誰も見ていない。
明石は必死になってフルートを探した。演奏時間は刻一刻と迫るのに見つからない。
控え室を飛び出し、会場中を走る明石の前に雀鷂と送火が現れ道を塞いだ。
『あら、明石じゃない。どうしたの?』
『随分慌てているわね』
二人は一目で高価と分かる着物を着ていて、明石を見下しながら笑う。
『・・・何もありません。私はこれで失礼致します』
『あら、そう?残念ねぇ』
『私達にお願いすれば捜し物は見つかるかもしれないのに』
捜し物。明石は立ち止まって二人の顔を見た。
『・・・貴女達が隠したんですか?』
『え?何の事?』
『知らないわ』
クスクス笑う二人を見て、明石は震えた。
初めて湧く怒りの感情にどうして対応すれば良いのか分からない。
『返して・・・返して!!私のフルートを返して!』
『あら?フルートをなくしたの?』
『知らないわよ。ねぇ?』
雀鷂と送火は教えるつもりは毛頭ない。
ここで時間を無駄にするわけにはいかない。見切りを付けた明石が通り過ぎようとすると、足を引っかけられた。
『あっ!』
明石が転倒すると、雀鷂は明石の右手を思いっきり踏みつけた。
『うっ!』
『泥臭い平民が私達貴族を無視するんじゃないわよ。それとも口がきけないの?』
『なら口がきけるまで痛めつけてやれば良いんじゃない?』
踏みつける力が強まり、明石は雀鷂を睨み付けた。
『・・・貴族なら何をしても許されるのですか?何故こんな酷いことを!』
『あんたが気に入らないからよ。それだけ』
気に入らない。
たったそれだけで自分の人生を潰すのか。
余りの理不尽に明石がカッとなって立ち上がろうとした時、後から声が聞こえた。
『あんた達!!何しているのよ!!』
『明石姉ちゃんから離れて!!』
走ってきたのは常磐と愛宕だ。
雀鷂は明石から体を離すと、そのまま客席へ向かった。
『見つかると良いわね?でももう燃えてしまって灰になっているかも。あんな安物のフルート、天帝様のお目汚しになるだけだもの』
『本当よ。逆に感謝して欲しいくらいだわ』
灰になる。
明石は真っ青な顔をして走り出した。
大神殿内には小さな焼却炉がある。
今から向かえば演奏には間に合わない。明石を信じてくれたメンバーに迷惑が掛かるが、どうしてもフルートを諦めきれなかった。
あのフルートは家族の愛が詰まった明石の宝物。
走る明石の後を常磐と愛宕はついて行く。
息を切らしながら焼却炉に到着すると、煙突から煙が出ていた。
慌てて扉を開くと、明石の目に飛び込んできたのは煙と真っ黒に焦げたフルート。
頭が真っ白になった明石はそのまま素手で取り出そうとしたが、常磐に止められた。
『何しているの明石姉さん!!』
『フルート・・・私のフルートがっ!!』
『『!!』』
常磐が明石を押しのけて焼却炉の中を見ると、他のゴミと一緒に燃やされているフルートを発見した。
愛宕が近くにあったひばさみでフルートを取り出し、地面に置く。
真っ黒に焦げたフルートを見た明石は崩れ落ちた。
同時刻。演奏会が始まった。
客席にいた明石の家族は呆然とフルート奏者を見た。
そこに居たのは明石ではなく、伯爵家の菖蒲だった。
菖蒲も明石と同じフルート奏者だ。幼い頃からフルートに触れ、神聖楽団の試験に二度落選してやっと合格した。
フルートにかけた金額は楽団一だと自負していた。
なのに、今日の晴れ舞台に選ばれたのは明石だった。
ポッと出の女に負けるなんて許せるはずがない。
菖蒲は明石のフルートを盗むと、雀鷂に捨てるようお願いした。
明石不在でメンバーが慌てる中、菖蒲は何食わぬ顔で明石の代役に名乗り出て舞台に立った。
遠くから聞こえる演奏にフルートの音色を聞き分けた明石の目から涙が零れた。
焦げたフルートと共に、明石の心は遂に折れた。
神官服の裾を破き、焦げたフルートを包んで明石は大神殿を後にした。
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