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浮舟の章
浮舟の章⑤
しおりを挟むイフラースは次の日も絵を見に行った。
椅子に座り、何時間も絵と向き合う。
空とユアンは心配して水とティーラテ、ホットサンドを持ってきてくれた。
「お腹が空きませんか?」
「差し入れです」
二人はペナルティーを気にして部屋に入ってこなかった。
注意事項は特に何も言われていないが、イフラースは一旦部屋から出て薔薇の庭園へ向かった。
「イフラースさん。せめて飲み物だけでも持っていって下さい」
「脱水症状を舐めてはなりませんよ」
現役医師の言葉は重い。イフラースは素直に頷いた。
「色々調べてみたのですが、だまし絵、トリックアートの可能性はないかと」
ユアンはスマホでトリックアート、精巧なだまし絵を見せる。
イフラースが特に驚いたのはだまし絵だ。
世の中にはこんなに凄い絵を描く人がいるのか。
美術を知らな過ぎて落ち込む。ルークの言葉を今更だが理解した。
『天賦の才能と彼女が生み出す作品の価値を真に理解している者が公私共に支えるべきです』
落ち込んで空とユアンに話すと、二人は即座に否定してくれた。
「俺はそう思いません。価値が分からなければ好きになっちゃいけないんですか?浮舟さんはそれを望んでいるんでしょうか?」
「私もそう思いました。ルークはどうもバイヤー目線というか・・・。浮舟殿自身ではなく才能を愛しているんですかね?」
「どちらもだと思います」
ルークは浮舟も才能も愛している。
でも自分は浮舟だけを愛している。
「その違いが今後どう転がるか、ですな」
ユアンは考え込みながらティーラテに口を付ける。
ルークを知るユアンですら、彼がどう勝負に出るのか予想がつかなかった。
彼は理知的だが芸術が関わると性格が一変する。
国がアートの規制に乗り出そうとした時は第一線で反対運動を展開し、廃案に追い込んでいる。
表現が過激過ぎて訴訟沙汰になったアートディレクターの弁護も資金を提供して勝訴を勝ち取った。
かつて鹿の国に存在した贋作工房には自ら潜入して捜査に協力し、表彰されている。
オークション出品が決まっていた壺が運送会社のミスで粉砕されて修復不能となったが、ルークは欠片を集めて別の作品に作り替えている。
ここだけ聞けば美談だが、その運送会社は二度と見かけなくなった。
不注意で落とした配達員もだ。
妙なところで行動的で、損を厭わない性格だ。
だからこそ何をしでかすか分からない。
浮舟が彼を選んだのはきっとそこが気に入ったからだろう。
気弱なイフラースが二人に飲み込まれないかユアンは心配でならなかった。
「イフラース殿、何かあればすぐに連絡を。ルークが妙な行動をした際は私が責任を持って止めます」
「「え・・え??」」
「彼は卑怯な真似はしないと断言出来ます。ただ時に過激な行動に出る場合もあるのです」
「え?あのエリート風イケメンが・・・?」
「え?え?あのルークさんが??」
空とイフラースはどうにも信じられなかった。
ルークは筋肉質で長身のイケメン。
常に身嗜みは整えていて、眼鏡とスーツが似合う精悍な顔つきにクールな性格。いかにも出来るビジネスマンだ。
そんな彼が過激な行動に出る。
鹿の国での芸術騒動を知らない二人は想像すら難しかった。
ユアンは彼の異名を伝えた。
『気骨のインテリ』
芸術のためなら権力すら恐れず戦う。彼はいつしかそう呼ばれるようになった。
「芸術さえ絡まなければ理知的ですから。確かに芸術の知識となるとイフラース殿はルークに及びません。ですがイフラース殿はそこに無理に割って入らず、一歩引いて見てはどうでしょう?患者さんの中には病気を患った親族の悲しみに同調してしまい、心も体も弱ってしまう人もいます。浮舟殿がイフラース殿に求める役割は果たして同調でしょうか・・・?」
カウンセリングも出来る優秀な医師、ユアンの言葉にイフラースはハッと顔を上げた。
何度目かのお見合いの時、イフラースは美術の本を持ち運んできた。
分厚い本に沢山の付箋を貼り、浮舟に勉強をしていると報告した。
期待していた反応は返ってこなかった。
浮舟は機嫌が悪そうにイフラースから本を奪い取ると、そのまま何処かへ放り投げた。
『貴方に望んでいるのはソレじゃない』
あの時は何を言われているのか分からなかった。
『役割』
あの時は分からなかったが、この言葉はストンとイフラースの胸に落ちた。
「ユアンさん!ありがとうございます!」
「??喜んで頂けたなら何よりです」
「はい、頑張ります!」
イフラースは差し入れのペットボトルを抱え込み、再び絵が飾られている部屋に戻っていった。
「ユアンさんは凄いですね」
「?」
「イフラースさんは何かヒントを掴んだみたいですよ」
「それなら良かった!」
つい、医者の顔が出たユアンだがイフラースの役に立てたなら幸いだ。
「上手く行くと良いんですが」
「イフラース殿ならきっと大丈夫ですよ」
一夜漬けも想定し、二人は出前が出来るレストランの検索を始めたのだった。
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