風味の記憶

ユウ6109

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第8話 焼き魚の手紙

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🐟 第8話「焼き魚の手紙」
「父の味を、再現したいんです」
料理教室「風味の記憶」に現れたのは、20代後半の男性・浜田悠人(はまだ ゆうと)だった。日焼けした肌に、潮の香りが微かに残る。彼は瀬戸内海の小さな島で育ち、今は広島市内で働いている。
「父は漁師でした。朝早く船を出して、昼には魚を焼いてくれて。鯖の塩焼きが、うちの定番でした」
悠人は、数ヶ月前に亡くなった父の遺品の中から、古びたノートを見つけたという。そこには、簡単な料理のメモがいくつか残されていた。
「字は汚いし、分量も適当。でも、そこに“鯖は皮から焼け”って書いてあって。ああ、あの人らしいなって思って」
佐伯遥はノートを受け取り、ページをめくった。油染みと潮の跡が、年月を物語っていた。
「これは、立派な料理の手紙ですね。今日は、その鯖の塩焼きを一緒に作りましょう」
悠人は少し照れたように笑った。
「焼き魚なんて、簡単だと思ってたんです。でも、いざやってみると、皮がくっついたり、身が崩れたりで…父の焼いた魚は、いつもきれいだったのに」
「焼き魚は、火加減とタイミングがすべてです。簡単そうに見えて、実はとても繊細なんですよ」
まずは鯖の下処理。三枚におろした鯖に、塩をふって30分ほど置く。余分な水分を拭き取ることで、臭みが抜け、皮がパリッと焼ける。
「父は、魚を焼くとき、無口になるんです。黙って火を見て、じっと待ってる。あれが、なんか好きでした」
「料理は、沈黙の時間も大切です。火と向き合うことで、心が整いますから」
グリルを予熱し、鯖を皮目から焼く。パチパチと脂がはじける音が、静かな教室に響く。悠人はその音に、目を細めた。
「この音、懐かしいな。朝の台所の音です」
焼き上がった鯖は、皮が香ばしく、身はふっくらと仕上がった。大根おろしを添え、すだちを絞る。
「…これです。父の味に、すごく近い」
悠人はひと口食べて、しばらく黙っていた。
「父は、言葉が少ない人でした。でも、魚を焼いてくれるときだけは、何かを伝えてくれてる気がして」
遥は静かに言った。
「料理は、言葉の代わりになります。特に、焼き魚のようなシンプルな料理ほど、作り手の心が出ますから」
悠人はノートを開き、空白のページに今日のレシピを書き始めた。
「このページは、僕の手紙にします。いつか、誰かにこの味を伝えられるように」
帰り際、悠人は言った。
「先生、次は父がよく作ってた味噌汁を教えてください。いりこと昆布の合わせだしで、具は…たしか、じゃがいもと玉ねぎでした」
遥は微笑んだ。
「それは、きっと優しい味ですね。次回、一緒に再現しましょう」
悠人は深くうなずいた。
「父の味を、僕の味に変えていきたいんです。少しずつでも」

📝 レシピ:鯖の塩焼きと大根おろし添え
材料(2人分)
•  鯖(半身):2枚(三枚おろし)
•  塩:適量(両面にふる)
•  大根:5cm(すりおろす)
•  すだちまたはレモン:1個(くし切り)
•  醤油:少々(お好みで)
作り方
1.  鯖に塩をふり、30分ほど置いて水分を出す。
2.  キッチンペーパーで水分を拭き取る。
3.  グリルまたは魚焼き器を予熱し、鯖を皮目から焼く(中火で7~8分)。
4.  裏返してさらに3~4分焼く(焦げすぎないよう注意)。
5.  大根おろしを添え、すだちを絞っていただく。
ポイント
•  塩はやや多めにふると、皮がパリッと焼ける。
•  焼きすぎると身がパサつくので、火加減に注意。
•  大根おろしは水気を軽く切って添えると、味が引き締まる。
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