風味の記憶

第9話 グラタンの再会

🧀 第9話「グラタンの再会」
「先生、グラタンって…人を許す料理だと思いますか？」
料理教室「風味の記憶」に現れたのは、30代の女性・高梨美和（たかなし みわ）。肩までの髪を無造作に束ね、黒いニットにジーンズというラフな格好。彼女は、どこか落ち着かない様子でキッチンを見回していた。
佐伯遥は、彼女の問いに少し驚きながらも、静かに答えた。
「許す料理…ですか？」
「昔、親友と一緒にグラタンを作ったことがあるんです。大学の頃。あれが最後でした。喧嘩して、それっきり」
美和は、大学時代の親友・佐々木千尋との思い出を語り始めた。ふたりは料理サークルで出会い、何度も一緒にキッチンに立った。特に、海老とほうれん草のグラタンは、ふたりの“友情の味”だった。
「卒業間近に、些細なことで喧嘩して。連絡も取らなくなって。でも最近、千尋が結婚するって聞いて…なんか、置いていかれた気がして」
遥はうなずいた。
「それで、グラタンを？」
「はい。もう一度、あの味を作ってみたくて。できれば、千尋に渡したい。言葉じゃなくて、味で謝りたいんです」
「それなら、心を込めて焼きましょう。グラタンは、時間をかけて作る料理です。焦らず、丁寧に」
まずはホワイトソース作り。バター、小麦粉、牛乳。美和は手際よく鍋をかき混ぜながら、ぽつりと呟いた。
「千尋は、ソースを作るのが得意だったんです。『焦がさないように、優しく混ぜるのよ』って、よく言ってました」
「その言葉、まだ覚えてるんですね」
「忘れられないです。あの時間が、すごく楽しかったから」
海老は下処理をして、ほうれん草はさっと茹でて水気を切る。マカロニを茹で、具材とソースを混ぜて耐熱皿に盛る。チーズをたっぷり乗せて、オーブンへ。
「焼いてる間って、待つしかないですよね。でも、その時間が好きでした。千尋と並んで、オーブンの前に座って、話したり、黙ったり」
「料理は、待つ時間も含めて思い出になります」
オーブンから香ばしい匂いが立ち上り、チーズがこんがりと焼けた。美和は皿を見つめ、静かに言った。
「…これです。あの時のグラタンに、すごく近い」
ひと口食べると、彼女の目に涙が浮かんだ。
「千尋に、渡してみます。食べてくれるか分からないけど…謝りたいんです。あの時、ちゃんと話せなかったから」
遥は微笑んだ。
「言葉よりも、味のほうが届くこともあります。グラタンは、温め直しても美味しいですから。時間が経っても、気持ちは残ります」
数日後、美和は再び教室を訪れた。
「先生、渡しました。千尋、泣いてました。『懐かしいね』って言ってくれて。少しだけ、話せました」
「それは、素敵な再会ですね」
「はい。まだ完全には戻れないけど…でも、また一緒に料理しようって。グラタンが、橋になってくれました」
遥はうなずいた。
「料理は、心をつなぐ道具です。とくに、誰かと作った味は、記憶の中でずっと生き続けます」
美和は笑った。
「次は、千尋と一緒に来ます。ふたりで、また何か作りたいです」

📝 レシピ：海老とほうれん草のホワイトソースグラタン
材料（2人分）
•  海老（むき身）：150g（背わたを取る）
•  ほうれん草：1/2束（茹でて水気を切る）
•  マカロニ：100g（塩を加えた湯で茹でる）
•  玉ねぎ：1/2個（薄切り）
•  バター：30g
•  小麦粉：30g
•  牛乳：400ml
•  塩・こしょう：少々
•  ピザ用チーズ：適量
•  パン粉：少々（お好みで）
作り方
1.  フライパンにバター10gを熱し、玉ねぎを炒める。海老を加えて火を通す。
2.  別の鍋でホワイトソースを作る。バター20gを溶かし、小麦粉を加えて炒め、牛乳を少しずつ加えて混ぜる。
3.  ソースがとろみを帯びたら、塩・こしょうで味を調える。
4.  茹でたマカロニ、ほうれん草、海老・玉ねぎをソースに加えて混ぜる。
5.  耐熱皿に盛り、チーズとパン粉を乗せて200℃のオーブンで15分焼く。
6.  焼き色がついたら完成。
ポイント
•  ホワイトソースは焦がさず、弱火でじっくり。
•  海老は火を通しすぎないよう注意。
•  チーズはたっぷり乗せると香ばしさが増す。