君の声が聞こえる

ユウ6109

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君の声が聞こえる

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『君の声が聞こえる』
広島の街が紅葉に染まり始めた十一月の午後、由梨は久しぶりに平和公園を訪れた。風が落ち葉を巻き上げ、川沿いのベンチに腰掛けると、懐かしい記憶が胸をよぎった。
「ここ、覚えてる?」
声に振り向くと、そこに立っていたのは尚人だった。五年前、東京の大学に進学して以来、音信不通だった初恋の人。変わらない優しい目元に、少しだけ大人びた雰囲気が加わっていた。
「尚人……どうして広島に?」
「仕事で戻ってきたんだ。今日、たまたまこの公園を通ったら、君に会える気がして」
由梨は思わず笑った。「そんな偶然ある?」
「あるみたいだよ。だって、こうして会えた」
二人は並んでベンチに座った。会話はぎこちなく始まり、やがて自然に流れ出す。尚人は東京で音響エンジニアとして働いていたが、地方の文化イベントに関わる仕事をしたくて広島に戻ってきたという。
「由梨は、今何してるの?」
「高校の理科の先生。生徒たちに化学の面白さを伝えるのが楽しくて」
尚人は目を輝かせた。「君らしいね。昔から、実験の話ばっかりしてた」
由梨は頬を赤らめた。「尚人は、音楽の話ばっかりだったよ」
二人の間に、五年という時間がゆっくりと溶けていく。由梨はふと、あの別れの日を思い出した。尚人が東京へ旅立つ前夜、彼女は告白できずに見送った。言葉にできなかった想いが、今も胸に残っている。
「ねえ、あの時……」
尚人が先に口を開いた。「俺、君に言いたかったことがあったんだ」
由梨は息を呑んだ。
「東京に行っても、ずっと君のこと考えてた。だけど、連絡する勇気がなくて……。今日、君に会えて、やっと言える」
尚人はポケットから小さな紙片を取り出した。そこには、由梨が高校の文化祭で配っていた手作りの科学クイズが書かれていた。
「これ、ずっと財布に入れてた。君がくれたもの、捨てられなくて」
由梨の目に涙が浮かんだ。「そんなの、覚えててくれたんだ……」
尚人は静かに言った。「君の声が、ずっと聞こえてた。心の中で」
風が吹き抜け、落ち葉が二人の足元に舞い降りる。
「今度は、ちゃんと伝える。由梨、俺は君が好きだ。ずっと前から、これからも」
由梨は涙を拭いながら笑った。「遅いよ。でも……私も、ずっと好きだった」
二人は見つめ合い、そしてそっと手を重ねた。秋の広島の空の下、再会は新しい物語の始まりとなった。
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