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第5章 魔道書の断片
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港の喧騒が遠ざかる頃、三人は宿に戻らず街外れの古書店へ向かった。店先にぶら下がる枯れた看板は風にギシギシと鳴り、硝子戸の向こうには紙と革の匂いが充満していた。古書の山は人の背丈ほどにも積まれ、その隙間から古い紙片がちらりと覗く。
「この手の店は、記録の忘れ物を抱えてる」Kadeが呟く。Harunはコインを懐から取り出し、巻物と並べて掌の中で見比べた。紋章はどちらにも通じる造形をしているが、完全に一致はしない。違いは微細だが、彼にはそれが重要に思えた。
店の主は年老いた女性で、目だけが鋭く光っていた。彼女は静かに三人を見やり、Harunの手元にあるコインを覗き込むと、驚きとも警告ともつかない小さな息を漏らした。
「その紋章……昔話の類じゃ。だが、本気で探すなら、読むべきものがある」
女性は奥へと導き、埃の積もった書架の間を抜けて一冊の古い魔道書を取り出した。表紙は皮の裂け目で縫合され、縁には褪せた金箔の痕が残っている。Harunは手を伸ばし、震える指でページをめくる。
文字は見慣れない符号混じりで、挿絵には渦巻く潮流や灯台の断面図が描かれていた。あるページの余白に、同じ紋章が刻まれているのを見つけたとき、Harunの胸は強く打った。だが図は欠け、説明は古代の言語で断片的にしか残っていない。
「ここに書かれているのは、潮の記憶を留める仕組みのことだ」女性が言った。「だが全文を読むには、解読者か魔術師の助けがいる」
その言葉は静かな警鐘だった。Harunは目を閉じて深呼吸し、決意を固めるようにコインを握りしめた。「解読してくれる人を探す。力のある魔導士だ」彼の声は確かだった。
古書店を出ると、夕刻の空は重く灰色を帯びていた。街の噂は早くも広がり始めている。一部の商人の顔は引き締まり、子供たちはいつもの遊びを途中で止めてこちらを見た。Harunは心のうちで何かが動き出したのを感じた。追手か、あるいは同じ紋章を追う者なのか。
三人が宿に戻る途中、広場の片隅で小さな騒ぎが起きているのに気づいた。人垣の向こうで、若い魔術師らしき女性が街兵に詰問されている。彼女の髪は蒼く、目は冷ややかで、肩にかけた長衣の縁には見慣れない紋様が刺繍されている。言葉の端々に知識と軽い苛立ちが混じり、Harunはその声に引き寄せられた。
「彼女はただの学者だ」とKadeが低く言う。「だが本物の魔術師なら、話を聞く価値がある」
Harunは一瞬ためらったが、店で見た魔道書の頁を思い出し、勇気を振り絞って人垣をかき分けた。魔術師の視線が一瞬三人に向かい、その瞳がHarunの手の中のコインを見逃さなかった。
「その円盤を見せて」彼女の声は命令的ではなく、むしろ好奇心に満ちていた。Harunはためらいながらもコインを差し出すと、彼女は薄手の白い手袋をはめてそれを取った。指先が触れるたびに、微かに青白い光が滲むのをHarunは感じた。
「これ……古い封印の痕跡が残っている」魔術師は囁いた。「潮の記憶と呼ばれる技法に用いられる刻印だ」
その言葉に、周囲の空気が少し震えた。彼女はゆっくりと立ち上がり、空いた広場に三人を連れて行くと、低く呟くように言った。「私はRhea。短い時間だけ手を貸そう。だが条件がある」彼女の目は真剣そのものだった。
Harunは条件を尋ねずにはいられなかった。「どんな条件だ?」
Rheaは少しだけ笑みを見せ、肩越しに街の灯を指した。「力には対価が必要だ。知識にも、忠誠にも、代価が付く。君たちの旅がどれほど危ういか、私は知っている。だがそれでも進むなら、私も歩く」
言葉は簡潔だが重い。Harunは無意識に仲間たちを見た。Kadeの表情は考え深く、Mikは眉をひそめていた。三人が頷くのを見て、Rheaはコインを返し、そして淡い呪文を一つ唱えた。
その夜、Rheaは小さな魔法を天井の一隅に灯し、古書の解読を始めた。彼女の指先からは細い光の糸が伸び、文字の断片を結び合わせる。断片は少しずつ意味を帯び、古い言葉が二人の耳には音のない形で伝わってくるようだった。Harunは理解するよりも先に、胸の奥にある何かが震えるのを感じた。
「潮は記憶を飲み込む。灯台は心を守る。だが昔、人の作りし機構が潮流を操り、忘却と復元を繰り返した」Rheaは静かに読み上げる。彼女の声は乾いた風のように冷たく、それでいてどこか哀しみを宿していた。解読は進むが、核心部分はまだ霧に包まれている。
だが、その夜の静けさは長くは続かなかった。店の外から、慌ただしい走り声が近づき、扉が叩かれる音がした。表へ出ると、街の衛兵が駆け込み、荒い息で報告する。
「外れの灯台で異常が発生しました。周辺の潮流が乱れ、人々が幻覚を見たという話があります」
言葉は短く、だが重力があった。Harunは脈拍が速くなるのを感じ、Rheaは静かに立ち上がって外へ出た。灯台で、何かが動き出した。解読された断片と、見つけたコインの紋章が暗闘の前触れであることを、今ようやく彼らは知った。
空を裂いて叫ぶような風が吹き、Harunの赤いスカーフが肩で踊る。夜の海は不気味に黒く、波はいつもより高く打ち寄せていた。灯台の方角からは、低く唸るような音が伝わり、街の人々は窓を閉ざして震えている。
「行くしかない」Harunは言った。Kadeは剣に手をかけ、Mikは不敵に笑ったが、その目は鋭かった。Rheaは薄く頷き、掌を空に翳して小さな印を結んだ。三人に加え、一人の魔導士が闇に差し込む光の糸を手繰り寄せる。
灯台の下に眠るものが、目を覚ましつつある。彼らはまだその全貌を知らない。だが、辿り着けば必ず何かを得るだろうし、何かを失うだろう。夜風は答えを吹き散らし、三人と一人の魔導士は徒歩で暗闇へと走り出した。
「この手の店は、記録の忘れ物を抱えてる」Kadeが呟く。Harunはコインを懐から取り出し、巻物と並べて掌の中で見比べた。紋章はどちらにも通じる造形をしているが、完全に一致はしない。違いは微細だが、彼にはそれが重要に思えた。
店の主は年老いた女性で、目だけが鋭く光っていた。彼女は静かに三人を見やり、Harunの手元にあるコインを覗き込むと、驚きとも警告ともつかない小さな息を漏らした。
「その紋章……昔話の類じゃ。だが、本気で探すなら、読むべきものがある」
女性は奥へと導き、埃の積もった書架の間を抜けて一冊の古い魔道書を取り出した。表紙は皮の裂け目で縫合され、縁には褪せた金箔の痕が残っている。Harunは手を伸ばし、震える指でページをめくる。
文字は見慣れない符号混じりで、挿絵には渦巻く潮流や灯台の断面図が描かれていた。あるページの余白に、同じ紋章が刻まれているのを見つけたとき、Harunの胸は強く打った。だが図は欠け、説明は古代の言語で断片的にしか残っていない。
「ここに書かれているのは、潮の記憶を留める仕組みのことだ」女性が言った。「だが全文を読むには、解読者か魔術師の助けがいる」
その言葉は静かな警鐘だった。Harunは目を閉じて深呼吸し、決意を固めるようにコインを握りしめた。「解読してくれる人を探す。力のある魔導士だ」彼の声は確かだった。
古書店を出ると、夕刻の空は重く灰色を帯びていた。街の噂は早くも広がり始めている。一部の商人の顔は引き締まり、子供たちはいつもの遊びを途中で止めてこちらを見た。Harunは心のうちで何かが動き出したのを感じた。追手か、あるいは同じ紋章を追う者なのか。
三人が宿に戻る途中、広場の片隅で小さな騒ぎが起きているのに気づいた。人垣の向こうで、若い魔術師らしき女性が街兵に詰問されている。彼女の髪は蒼く、目は冷ややかで、肩にかけた長衣の縁には見慣れない紋様が刺繍されている。言葉の端々に知識と軽い苛立ちが混じり、Harunはその声に引き寄せられた。
「彼女はただの学者だ」とKadeが低く言う。「だが本物の魔術師なら、話を聞く価値がある」
Harunは一瞬ためらったが、店で見た魔道書の頁を思い出し、勇気を振り絞って人垣をかき分けた。魔術師の視線が一瞬三人に向かい、その瞳がHarunの手の中のコインを見逃さなかった。
「その円盤を見せて」彼女の声は命令的ではなく、むしろ好奇心に満ちていた。Harunはためらいながらもコインを差し出すと、彼女は薄手の白い手袋をはめてそれを取った。指先が触れるたびに、微かに青白い光が滲むのをHarunは感じた。
「これ……古い封印の痕跡が残っている」魔術師は囁いた。「潮の記憶と呼ばれる技法に用いられる刻印だ」
その言葉に、周囲の空気が少し震えた。彼女はゆっくりと立ち上がり、空いた広場に三人を連れて行くと、低く呟くように言った。「私はRhea。短い時間だけ手を貸そう。だが条件がある」彼女の目は真剣そのものだった。
Harunは条件を尋ねずにはいられなかった。「どんな条件だ?」
Rheaは少しだけ笑みを見せ、肩越しに街の灯を指した。「力には対価が必要だ。知識にも、忠誠にも、代価が付く。君たちの旅がどれほど危ういか、私は知っている。だがそれでも進むなら、私も歩く」
言葉は簡潔だが重い。Harunは無意識に仲間たちを見た。Kadeの表情は考え深く、Mikは眉をひそめていた。三人が頷くのを見て、Rheaはコインを返し、そして淡い呪文を一つ唱えた。
その夜、Rheaは小さな魔法を天井の一隅に灯し、古書の解読を始めた。彼女の指先からは細い光の糸が伸び、文字の断片を結び合わせる。断片は少しずつ意味を帯び、古い言葉が二人の耳には音のない形で伝わってくるようだった。Harunは理解するよりも先に、胸の奥にある何かが震えるのを感じた。
「潮は記憶を飲み込む。灯台は心を守る。だが昔、人の作りし機構が潮流を操り、忘却と復元を繰り返した」Rheaは静かに読み上げる。彼女の声は乾いた風のように冷たく、それでいてどこか哀しみを宿していた。解読は進むが、核心部分はまだ霧に包まれている。
だが、その夜の静けさは長くは続かなかった。店の外から、慌ただしい走り声が近づき、扉が叩かれる音がした。表へ出ると、街の衛兵が駆け込み、荒い息で報告する。
「外れの灯台で異常が発生しました。周辺の潮流が乱れ、人々が幻覚を見たという話があります」
言葉は短く、だが重力があった。Harunは脈拍が速くなるのを感じ、Rheaは静かに立ち上がって外へ出た。灯台で、何かが動き出した。解読された断片と、見つけたコインの紋章が暗闘の前触れであることを、今ようやく彼らは知った。
空を裂いて叫ぶような風が吹き、Harunの赤いスカーフが肩で踊る。夜の海は不気味に黒く、波はいつもより高く打ち寄せていた。灯台の方角からは、低く唸るような音が伝わり、街の人々は窓を閉ざして震えている。
「行くしかない」Harunは言った。Kadeは剣に手をかけ、Mikは不敵に笑ったが、その目は鋭かった。Rheaは薄く頷き、掌を空に翳して小さな印を結んだ。三人に加え、一人の魔導士が闇に差し込む光の糸を手繰り寄せる。
灯台の下に眠るものが、目を覚ましつつある。彼らはまだその全貌を知らない。だが、辿り着けば必ず何かを得るだろうし、何かを失うだろう。夜風は答えを吹き散らし、三人と一人の魔導士は徒歩で暗闇へと走り出した。
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