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第4章 風の町でのほころび
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Windmarの門をくぐると、海からの風が街路に渦を作り、商人の幟や洗濯物を揺らした。石畳には乾いた塩の白粉が残り、屋台からは揚げ物の香りと笑い声が混ざって立ち上る。Harunは断片の紋章を胸の内で確かめるように触り、三人は人波に飲まれるようにして市場の通りへと歩いて行った。
「ここなら情報は集まりそうだ」Kadeが言う。彼の視線は常に周囲を探り、旅の先に潜む危険を予測している。Mikは目を輝かせ、すぐに人混みの端を走り回っては小銭を稼ぐ子供を見つけては悪戯を仕掛けていた。
市場の一角、古物商の店先には木箱に詰められた皿や錆びた装飾具が並ぶ。店主は目を細め、客の顔色と財布の厚さを瞬時に測る。Harunはそれでもためらわず、店頭の古い巻物の端を指先で撫でた。巻物にかすれて残る文字列の断片が、彼の探求心を刺激する。
「これ、どこで手に入った?」店主は無造作に聞く。
「古い商会の記録に類似があるって聞いたんだ」Harunは正直に答える。店主の目が一瞬動く。
「面白い話には金がかかる」店主はそう言って値を吹っかけるが、Kadeがさりげなく手を伸ばして値段交渉を始める。交渉は穏やかに決着し、巻物の断片を手に入れることができた。だが巻物の中身は期待したほど明瞭ではなく、古い言葉の破片と地名の断章が残るだけだった。
「手がかりは小さくても、積み重ねだ」Kadeが呟く。Harunは頷き、巻物の文字を指で辿る。そこにほんの一行、かすかな記述があった。――『灯台の下、眠れる潮流』。言葉は謎めいて簡潔で、Harunの胸に新たな問いを生んだ。
夕暮れが迫る頃、三人は港の外れにある小さな居酒屋で夕食をとることにした。店は狭く、客の肩が触れ合うほどだったが、料理は素朴で温かく、Kadeがひと口食べるたびに大げさに声を上げて場を和ませた。Mikは相変わらず皿をかすめるように食べ、Harunは静かに自分の旅路を思った。
「風の町って、なんだか人の顔がほころぶ」Mikが口を開く。
「それがまた怖いんだ」Kadeが返す。「警戒が薄れるから、悪意も入りやすい」
Harunは二人のやり取りを聞きながら、港の灯台を思い浮かべる。巻物の一行が示す『灯台の下』が具体的に何を意味するのか、灯台そのものの内部なのか、その周辺の海流の暗号なのか。思考は混み合うが、彼はただ一歩ずつ進むしかないと自分に言い聞かせる。
その夜、Harunは町の裏通りで奇妙な噂を耳にする。酒場の外で耳打ちしている商人二人の会話がかすかに漏れてきた。
「最近、灯台の下で奇妙な光が見えるって噂だ」
「海の底で古い機構が動いてるって話もある。あんまり口に出すもんじゃない」
二人の声はそれだけで消え、Harunの胸に冷たいものが落ちる。灯台の影に何かが眠っているのか。誰かがそれを知っている。彼はその夜、眠れぬままに海風を浴び、遠くで灯台の光が回るのを見つめた。
翌朝、三人は灯台へ向かうことにした。道すがら、Harunはふとした気配を感じ、振り返ると細い影が屋根の上から街を見下ろしていた。影はすぐに消え、Harunの胸はまたざわついたが、Kadeはそれを笑って流した。
「街は生きてる。影ならどこにでもいる」
だがHarunの心は以前よりも警戒を深めていた。仲間が増えれば増えるほど、守るべきものが増える。守るために必要な力と知恵を、彼はまだ十分に持っているとは言えない。
灯台は思った以上に古く、白い石壁は潮風に削られ、門は鍵がかかっていた。周囲の岩礁には淡い藻の膜が張り、潮が満ちるたびに小さな泡が立つ。Harunは海辺に座り、膝に巻物の断片を広げて考え込んだ。『眠れる潮流』――それは潮の流れ自体が何かを守っているという比喩かもしれない。
その時、波打ち際で何かが光った。小さな金属片が陽光を受けて瞬き、表面には見慣れたような紋様が刻まれている。Harunは立ち上がり、砂を踏んでそれに近づく。手に取ると、それは古いコインのような円盤で、中心に不思議な紋章が浮かんでいた。指先が触れた瞬間、冷たい震えが掌を走った。
「見つけたのか?」Kadeが背後から声をかける。Harunはコインを見せると、Kadeの顔がわずかに引き締まった。
「これは――」Kadeは言葉を濁した。海辺には突然の静寂が訪れ、Harunの耳に遠くで鐘のような音が一つ、低く響いた。風が一瞬止み、潮の匂いが濃くなる。Harunは胸にある不安を押し殺し、コインを布切れに包んで腰の袋に仕舞った。
「気をつけよう、Harun」Kadeは短く言い、視線は岩礁の先、海のそのまた向こうに向いた。Mikは相変わらず軽口を叩こうとするが、顔にはいつになく真剣な影が差していた。
旅路は進む。風の町でのほころびは小さく見えたが、その裂け目から風が吹き込み、断片の紋章と海の何かが反応を始めていることを告げていた。Harunはまだ不完全な地図を握りしめ、仲間とともに次の一歩を踏み出した。灯台の光は、暗い潮流を照らすのだろうか、あるいはその上に眠る秘密を暴くだろうか。答えはまだ遠く、しかし確かに近づきつつあった。
「ここなら情報は集まりそうだ」Kadeが言う。彼の視線は常に周囲を探り、旅の先に潜む危険を予測している。Mikは目を輝かせ、すぐに人混みの端を走り回っては小銭を稼ぐ子供を見つけては悪戯を仕掛けていた。
市場の一角、古物商の店先には木箱に詰められた皿や錆びた装飾具が並ぶ。店主は目を細め、客の顔色と財布の厚さを瞬時に測る。Harunはそれでもためらわず、店頭の古い巻物の端を指先で撫でた。巻物にかすれて残る文字列の断片が、彼の探求心を刺激する。
「これ、どこで手に入った?」店主は無造作に聞く。
「古い商会の記録に類似があるって聞いたんだ」Harunは正直に答える。店主の目が一瞬動く。
「面白い話には金がかかる」店主はそう言って値を吹っかけるが、Kadeがさりげなく手を伸ばして値段交渉を始める。交渉は穏やかに決着し、巻物の断片を手に入れることができた。だが巻物の中身は期待したほど明瞭ではなく、古い言葉の破片と地名の断章が残るだけだった。
「手がかりは小さくても、積み重ねだ」Kadeが呟く。Harunは頷き、巻物の文字を指で辿る。そこにほんの一行、かすかな記述があった。――『灯台の下、眠れる潮流』。言葉は謎めいて簡潔で、Harunの胸に新たな問いを生んだ。
夕暮れが迫る頃、三人は港の外れにある小さな居酒屋で夕食をとることにした。店は狭く、客の肩が触れ合うほどだったが、料理は素朴で温かく、Kadeがひと口食べるたびに大げさに声を上げて場を和ませた。Mikは相変わらず皿をかすめるように食べ、Harunは静かに自分の旅路を思った。
「風の町って、なんだか人の顔がほころぶ」Mikが口を開く。
「それがまた怖いんだ」Kadeが返す。「警戒が薄れるから、悪意も入りやすい」
Harunは二人のやり取りを聞きながら、港の灯台を思い浮かべる。巻物の一行が示す『灯台の下』が具体的に何を意味するのか、灯台そのものの内部なのか、その周辺の海流の暗号なのか。思考は混み合うが、彼はただ一歩ずつ進むしかないと自分に言い聞かせる。
その夜、Harunは町の裏通りで奇妙な噂を耳にする。酒場の外で耳打ちしている商人二人の会話がかすかに漏れてきた。
「最近、灯台の下で奇妙な光が見えるって噂だ」
「海の底で古い機構が動いてるって話もある。あんまり口に出すもんじゃない」
二人の声はそれだけで消え、Harunの胸に冷たいものが落ちる。灯台の影に何かが眠っているのか。誰かがそれを知っている。彼はその夜、眠れぬままに海風を浴び、遠くで灯台の光が回るのを見つめた。
翌朝、三人は灯台へ向かうことにした。道すがら、Harunはふとした気配を感じ、振り返ると細い影が屋根の上から街を見下ろしていた。影はすぐに消え、Harunの胸はまたざわついたが、Kadeはそれを笑って流した。
「街は生きてる。影ならどこにでもいる」
だがHarunの心は以前よりも警戒を深めていた。仲間が増えれば増えるほど、守るべきものが増える。守るために必要な力と知恵を、彼はまだ十分に持っているとは言えない。
灯台は思った以上に古く、白い石壁は潮風に削られ、門は鍵がかかっていた。周囲の岩礁には淡い藻の膜が張り、潮が満ちるたびに小さな泡が立つ。Harunは海辺に座り、膝に巻物の断片を広げて考え込んだ。『眠れる潮流』――それは潮の流れ自体が何かを守っているという比喩かもしれない。
その時、波打ち際で何かが光った。小さな金属片が陽光を受けて瞬き、表面には見慣れたような紋様が刻まれている。Harunは立ち上がり、砂を踏んでそれに近づく。手に取ると、それは古いコインのような円盤で、中心に不思議な紋章が浮かんでいた。指先が触れた瞬間、冷たい震えが掌を走った。
「見つけたのか?」Kadeが背後から声をかける。Harunはコインを見せると、Kadeの顔がわずかに引き締まった。
「これは――」Kadeは言葉を濁した。海辺には突然の静寂が訪れ、Harunの耳に遠くで鐘のような音が一つ、低く響いた。風が一瞬止み、潮の匂いが濃くなる。Harunは胸にある不安を押し殺し、コインを布切れに包んで腰の袋に仕舞った。
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