8 / 41
第7章 漁火と新しい旗印
しおりを挟む
灯台での夜が明け、海は灰色の鱗を一枚ずつ剥がすように薄い光を取り戻していた。街の人々は眠りから目を覚まし、被害を確かめる者、祈りを捧げる者、そして噂を広める者に分かれて動き出す。Harunたちは灯台の機構を離れ、街外れの広場へ戻った。足取りは重く、体には昨夜の戦いの痕が残っている。
「まずは傷の手当てを」とRheaが言い、彼女は簡潔な手つきで二人の浅い切り傷を縫い、消毒の印を施した。彼女の手からは、まだ小さな青白い光がちらりと漏れ、Harunはそれを見て胸が少し落ち着くのを感じた。Kadeは腕を引き、短く「ありがとう」と言うだけで済ませる。Mikは相変わらず口数は多いが、その笑い声には昨夜とは違う節度がある。
広場に集まる人々の中には、灯台で起きたことを恐れる者もいれば、好奇心から集まってくる者もいる。Harunは人混みの隙間に目を走らせ、誰か新しい顔が加わるかを探した。だがその目はいつの間にか、近くの屋台から香る湯気に吸い寄せられる。
屋台の主は屈強な大男で、手際よく魚をさばき、鍋をかき混ぜていた。腕に刻まれた古い傷跡、鍋蓋に付いた錆、そして顔を覆う優しい皺。声は太く、笑い方は豪快だが、目は細かく観察するように冷静であった。Harunは思わず足を留め、空腹でなくともその料理に惹かれる自分を感じた。
「ここの魚煮込みは港一番だってさ」Mikがにやりとする。「飯で判断するってのも、悪くない理由だろ」
Harunは軽く頷き、三人は屋台の前に腰を落ち着けた。鍋から湯気が立ち上り、魚の骨と香草の匂いが混ざる。舌先に届く温かさは、戦いで張り詰めた神経をほんの少しだけほぐしてくれる。
「お前たち、遠くからかね?」屋台の主が訊ねる。声には探りがあったが、すぐに笑みが戻る。「旅の者はみな、何かを背負ってる。だが飯は皆を平等にする」
Kadeが軽くうなずき、短く自己紹介をする。屋台の主は大きく笑い、鍋からたっぷりと具を盛って皿を差し出した。Harunが箸を取り、熱を確かめると、舌に届く味は鮮烈だった。塩味の中に魚の旨味が深く、香草が後口を引き締める。
「もっと喰え」屋台主は豪快に言い、隣の席にも無理やり料理を押し出す。Harunたちが食べていると、周囲の客の視線は徐々に柔らかくなり、話し声は戻っていった。屋台主の話題は自然と戦いの話へ移るが、彼は争いよりも「誰が良い飯を作るか」という話題が好きらしく、話の重みを軽くしてくれた。
食後、屋台主は旅の者特有の礼節を示し、Harunにそっと問うた。「その腕輪の紋章――最近よく見かける。悪い噂も、良い噂もある」
Harunはポケットにしまったままのコインと、胸にしまった断片の断章を思い浮かべる。言葉を選びながらも、彼は簡潔に答えた。「探しているものがあって、その手がかりを追っているだけだ」
屋台主は納得したように頷き、少し沈黙した後、自分の名を名乗った。「名はBhelm。鍋と刃を両方使って生きてきた。もし、港を越えて遠くへ行くつもりなら、いい飯と丈夫な背が必要だ」
その言葉には冗談半分と本気半分が混じっている。Harunはふと考え、無言でKadeとMikを見る。Kadeの表情は穏やかで、Mikはすぐに目を輝かせて「飯係」としてのBhelmに心を奪われている。
「まあ、少しの間ついて来てもいいか?」Bhelmが肩をすくめる。「飯も作る、腕も貸す。だが腹が減ったら困るから、まずは食わせろ」
Mikは大げさに拍手し、Kadeは短く「歓迎だ」と言った。Harunの胸に、仲間が一人増えることの安心感がじんわりと広がる。だが同時に、彼は別の思いも抱く。増える人数は重責を増すことを意味し、守るべきものが増えるということだ。
Bhelmは鍋と共に旅に加わることになり、彼の存在はすぐに列の中で大きな影響を与えた。重たい荷物は分担され、夜の食卓は賑やかになり、傷の手当ての後の疲れも少しずつ癒えていく。Bhelmの豪快な笑いは、場の緊張を溶かし、仲間たちの顔に自然な緩みを生む。
その夜、焚火の周りでBhelmは昔話を始めた。戦の話、蓄えた秘伝のスープの話、放浪の日々の話――どれもが笑いと共に語られ、聞く者の胸を温める。Harunは火のゆらめきに照らされたBhelmの顔を見て、ふと自分の旅がただの「探索」ではなくなりつつあることを感じた。仲間と笑い、分かち合う時間が、旅に色を与えていく。
だが夜の端、Harunは単独で少し離れた崖に立ち、遠くの海を見つめていた。灯台の方向にはまだ弱い青い閃光が見え、海は静かに彼の胸の奥の疑問を波立たせる。彼はコインを指先で撫で、これから先の道を考えた。仲間が増え、飯が旨くなり、笑い声が増える一方で、断片の紋章は確かに世界のどこかで振動を始めている。
夜風が崖を撫で、Harunの赤いスカーフが軽やかに揺れた。戻れば笑い声が待っている。だが、彼の胸にはもう一つの声が小さく囁いていた――もっと多くの真実を、もっと多くの仲間を。彼は小さく息を吐き、再び焚火の元へと足を向けた。仲間の輪が、静かに大きくなる。
「まずは傷の手当てを」とRheaが言い、彼女は簡潔な手つきで二人の浅い切り傷を縫い、消毒の印を施した。彼女の手からは、まだ小さな青白い光がちらりと漏れ、Harunはそれを見て胸が少し落ち着くのを感じた。Kadeは腕を引き、短く「ありがとう」と言うだけで済ませる。Mikは相変わらず口数は多いが、その笑い声には昨夜とは違う節度がある。
広場に集まる人々の中には、灯台で起きたことを恐れる者もいれば、好奇心から集まってくる者もいる。Harunは人混みの隙間に目を走らせ、誰か新しい顔が加わるかを探した。だがその目はいつの間にか、近くの屋台から香る湯気に吸い寄せられる。
屋台の主は屈強な大男で、手際よく魚をさばき、鍋をかき混ぜていた。腕に刻まれた古い傷跡、鍋蓋に付いた錆、そして顔を覆う優しい皺。声は太く、笑い方は豪快だが、目は細かく観察するように冷静であった。Harunは思わず足を留め、空腹でなくともその料理に惹かれる自分を感じた。
「ここの魚煮込みは港一番だってさ」Mikがにやりとする。「飯で判断するってのも、悪くない理由だろ」
Harunは軽く頷き、三人は屋台の前に腰を落ち着けた。鍋から湯気が立ち上り、魚の骨と香草の匂いが混ざる。舌先に届く温かさは、戦いで張り詰めた神経をほんの少しだけほぐしてくれる。
「お前たち、遠くからかね?」屋台の主が訊ねる。声には探りがあったが、すぐに笑みが戻る。「旅の者はみな、何かを背負ってる。だが飯は皆を平等にする」
Kadeが軽くうなずき、短く自己紹介をする。屋台の主は大きく笑い、鍋からたっぷりと具を盛って皿を差し出した。Harunが箸を取り、熱を確かめると、舌に届く味は鮮烈だった。塩味の中に魚の旨味が深く、香草が後口を引き締める。
「もっと喰え」屋台主は豪快に言い、隣の席にも無理やり料理を押し出す。Harunたちが食べていると、周囲の客の視線は徐々に柔らかくなり、話し声は戻っていった。屋台主の話題は自然と戦いの話へ移るが、彼は争いよりも「誰が良い飯を作るか」という話題が好きらしく、話の重みを軽くしてくれた。
食後、屋台主は旅の者特有の礼節を示し、Harunにそっと問うた。「その腕輪の紋章――最近よく見かける。悪い噂も、良い噂もある」
Harunはポケットにしまったままのコインと、胸にしまった断片の断章を思い浮かべる。言葉を選びながらも、彼は簡潔に答えた。「探しているものがあって、その手がかりを追っているだけだ」
屋台主は納得したように頷き、少し沈黙した後、自分の名を名乗った。「名はBhelm。鍋と刃を両方使って生きてきた。もし、港を越えて遠くへ行くつもりなら、いい飯と丈夫な背が必要だ」
その言葉には冗談半分と本気半分が混じっている。Harunはふと考え、無言でKadeとMikを見る。Kadeの表情は穏やかで、Mikはすぐに目を輝かせて「飯係」としてのBhelmに心を奪われている。
「まあ、少しの間ついて来てもいいか?」Bhelmが肩をすくめる。「飯も作る、腕も貸す。だが腹が減ったら困るから、まずは食わせろ」
Mikは大げさに拍手し、Kadeは短く「歓迎だ」と言った。Harunの胸に、仲間が一人増えることの安心感がじんわりと広がる。だが同時に、彼は別の思いも抱く。増える人数は重責を増すことを意味し、守るべきものが増えるということだ。
Bhelmは鍋と共に旅に加わることになり、彼の存在はすぐに列の中で大きな影響を与えた。重たい荷物は分担され、夜の食卓は賑やかになり、傷の手当ての後の疲れも少しずつ癒えていく。Bhelmの豪快な笑いは、場の緊張を溶かし、仲間たちの顔に自然な緩みを生む。
その夜、焚火の周りでBhelmは昔話を始めた。戦の話、蓄えた秘伝のスープの話、放浪の日々の話――どれもが笑いと共に語られ、聞く者の胸を温める。Harunは火のゆらめきに照らされたBhelmの顔を見て、ふと自分の旅がただの「探索」ではなくなりつつあることを感じた。仲間と笑い、分かち合う時間が、旅に色を与えていく。
だが夜の端、Harunは単独で少し離れた崖に立ち、遠くの海を見つめていた。灯台の方向にはまだ弱い青い閃光が見え、海は静かに彼の胸の奥の疑問を波立たせる。彼はコインを指先で撫で、これから先の道を考えた。仲間が増え、飯が旨くなり、笑い声が増える一方で、断片の紋章は確かに世界のどこかで振動を始めている。
夜風が崖を撫で、Harunの赤いスカーフが軽やかに揺れた。戻れば笑い声が待っている。だが、彼の胸にはもう一つの声が小さく囁いていた――もっと多くの真実を、もっと多くの仲間を。彼は小さく息を吐き、再び焚火の元へと足を向けた。仲間の輪が、静かに大きくなる。
0
あなたにおすすめの小説
女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜
香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。
――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。
そして今、王女として目の前にあるのは、
火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。
「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」
頼れない兄王太子に代わって、
家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す!
まだ魔法が当たり前ではないこの国で、
新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。
怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。
異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます!
*カクヨムにも投稿しています。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜
水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。
魔王乱立の時代。
王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。
だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。
にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。
抗議はしない。
訂正もしない。
ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。
――それが、誰にとっての不合格なのか。
まだ、誰も気づいていない。
欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
まず、後宮に入れませんっ! ~悪役令嬢として他の国に嫁がされましたが、何故か荷物から勇者の剣が出てきたので、魔王を倒しに行くことになりました
菱沼あゆ
ファンタジー
妹の婚約者を狙う悪女だと罵られ、国を追い出された王女フェリシア。
残忍で好色だと評判のトレラント王のもとに嫁ぐことになるが。
何故か、輿入れの荷物の中には、勇者の剣が入っていた。
後宮にも入れず、魔王を倒しに行くことになったフェリシアは――。
(小説家になろうでも掲載しています)
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。
源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。
長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。
そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。
明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。
〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる