Dawn of the Lost Sea

ユウ6109

文字の大きさ
9 / 41

第8章 初めての別れ

しおりを挟む
焚火の残り火が消えかけた朝、Harunは昨夜の余韻を胸に抱えながら仲間たちの寝顔を一つずつ見て回った。Bhelmは大鍋の中で寝息を立て、Mikは枕代わりの布袋を抱えて小さく笑い、Kadeは剣を横に置いて目を閉じていた。静かな時間は穏やかだが、Harunの胸には遠くで鳴る鐘のような予感がくすぶっていた。
「行こう」Harunが囁くと、皆が黙って身支度を始めた。行程は北へ向かう巡礼路を外れ、内陸の峠を越える短縮経路だ。道は険しく、古い石橋や狭い谷を越える必要があるが、巻物の示す手がかりはその方向にあるはずだった。
峠道の風は冷たく澄んでいた。樹木の葉が擦れる音が小さな合図となり、三人と一人の魔導師、そして鍋持ちの大男は列を作って進む。途中、古い橋のたもとで小さな村と出会い、Harunは市場で聞いた噂とは別の言葉を耳にする。村人は灯台の異変を心配しつつも、彼らの宿泊と供応を躊躇しなかった。Bhelmは儲けにならないと嘆きながらも陽気にふるまい、子どもたちには余り物の菓子を配る。
だが村のはずれで、黒いマントを翻す旅人とすれ違った瞬間、空気が変わる。旅人は振り向きもせず、Harunの視線の先へと歩み去る。彼の背に彫られた紋章は見覚えのある形状をしていた――だが色は黒く、威圧を含んでいる。Harunは足を止め、指先が懐のコインに触れた。
「追うべきか」Mikが低く言う。だがKadeは首を振る。「今は無駄に目立つな。まずは情報を集めろ」
Rheaは遠くの木立を見つめ、掌に残る微かな印を確かめた。「誰かが同じ紋章を持っているということは、この地に連鎖がある。だが追跡は計画的に。無駄に衝突するな」
その日の夕方、峠の宿に泊まった彼らは、夜の帳の下でさらに一つの出会いを迎える。宿にいたのは、端正な顔立ちの若い剣士だった。緑がかった瞳、淡い煤けた鎧、そして腰に差した長剣。彼は無言で食事を取っていたが、視線は常に外を向いており、誰かを待つような雰囲気を漂わせている。
「名前を教えてもらえますか?」Kadeが静かに問いかけると、剣士は箸を止め、短く頭を下げて名乗った。「Celenだ。旅の道連れを待っている」
Harunはその声の端に寂しさを感じた。Celenは短く事情を話す。かつて故郷を襲われ、家族を失った過去があり、以後は一人で影のように生きてきた。だが最近、同じ装丁の黒い紋章を纏った集団が故郷の周辺で目撃され、Celenは真相を追っているのだという。
「君たちも紋章を追っているのか」Celenの問いに、Harunは黙って頷いた。説明は簡潔に済ませた。Celenの瞳は一瞬だけ揺れ、それから静かに笑みを見せた。「ならば、道は交わるかもしれない。だが、私は単独で動くつもりだ。仲間がいる旅は尊いが、俺は俺の方法で守る」
夜が更けると、Celenは宿の屋根裏に忍び込み、月明かりの下で一人剣の手入れを始めた。Harunはわずかな迷いを感じた。仲間を増やす打算と、他者の重荷を負わせたくないという遠慮が交差する。だが火のそばで眠る他の顔を見て、彼は選択を先送りにすることに決めた。道は長い。
翌朝、宿を出ると、村の広場に人だかりができていた。だがそこには、悲痛な光景があった。昨夜のうちに、黒い紋章を戴く一団が村を襲ったらしい。瓦礫、焦げた門、そして失われた者たちの名を呼ぶ声が交錯している。Harunの胸は締め付けられ、コインを握る手に力が入る。
「遅かったかもしれない」Celenが静かに呟く。彼の目はいつもの冷静さを失い、怒りと悲しみが交差している。村人の案内で彼らは被害を受けた家屋を見て回る。そこで、ある老人が倒れた家族写真と共に座し、目に見えない大きな喪失を抱えていた。Harunは言葉をかけることができず、ただ黙ってそばに座る。
「やられた者の苦しみは、忘れられた記憶になる」老人の呟きに、Harunは胸を突かれる。灯台の機構、コイン、黒い紋章――それらは単に古物ではなく、人々の生活と繋がりを持っていた。自分たちの追うものが、誰かの生活を壊すかもしれないという思いがHarunの胸に重くのしかかる。
行動は速やかに決まった。Celenは単独で先行し、襲撃の足取りを追うと宣言した。彼は仲間を危険に晒したくないと言ったが、その目は自らの復讐を望んでいるのではなく、被害の原因を断ち切りたいという冷たい決意に満ちていた。Harunは迷った末に、Celenの言葉を尊重しつつも、自分は同行すると申し出た。
「一つだけ条件がある」Celenは言った。「もし俺が危険な目に遭うようなら、止めろ。俺を止めてはくれ」
その言葉は詩のように曖昧で、Harunには重かった。だが彼は静かに頷いた。二人は小さな別れの挨拶を交わし、影の道を辿り始めた。仲間たちは村に残り、手当や復旧を手伝うと約束した。Bhelmは大鍋を抱えて町の人々に食事を振る舞い、Mikは子どもたちを笑わせ、KadeとRheaは情報収集と護衛を引き受ける。
出立の朝、HarunはCelenの肩に短く触れた。言葉は交わさなかったが、その触れは互いの信頼と不安を同時に誓わせるものだった。Celenは振り向かずに山道へ消える。Harunの胸には、既に何度か経験した「別れ」の痛みがよぎる。だが今回は、どこか違う重さがそこにあった。
道を進むごとに、Harunは自分の選択が仲間たちの負担になるかもしれないと考えた。だが仲間たちの笑顔と励ましが、遠くで彼の背中を押してくれていることも確かだった。別れは小さな裂け目として胸に残るが、それは同時に彼の決意を燃え立たせる燃料となった。
Harunはポケットの中でコインを確かめ、再び歩幅を揃えて前へ進んだ。追跡は始まった。黒い紋章の影は深く、そして冷たく広がっていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜

香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。 ――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。 そして今、王女として目の前にあるのは、 火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。 「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」 頼れない兄王太子に代わって、 家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す! まだ魔法が当たり前ではないこの国で、 新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。 怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。 異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます! *カクヨムにも投稿しています。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

まず、後宮に入れませんっ! ~悪役令嬢として他の国に嫁がされましたが、何故か荷物から勇者の剣が出てきたので、魔王を倒しに行くことになりました

菱沼あゆ
ファンタジー
 妹の婚約者を狙う悪女だと罵られ、国を追い出された王女フェリシア。  残忍で好色だと評判のトレラント王のもとに嫁ぐことになるが。  何故か、輿入れの荷物の中には、勇者の剣が入っていた。  後宮にも入れず、魔王を倒しに行くことになったフェリシアは――。 (小説家になろうでも掲載しています)

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

マチ恋 ―君に捧げるLove song― 一夜の相手はスーパースター。誰にも言えない秘密の恋。【完結】

remo
恋愛
あなたにとっては遊びでも、私にとっては、…奇跡の夜だった。 地味で平凡で取り柄のない私に起きた一夜のキセキ。 水村ゆい、23歳、シングルマザー。 誰にも言えないけど、愛息子の父親は、 今人気絶頂バンドのボーカルなんです。 初めての恋。奇跡の恋。離れ離れの恋。不倫の恋。一途な恋。最後の恋。 待っている… 人生で、一度だけの恋。 【完結】ありがとうございました‼︎

処理中です...