Dawn of the Lost Sea

ユウ6109

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第12章 商港テロスヘ

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朝霧が晴れる頃、Harunたちは再び荷を整え、北へ向けて出帆の準備を始めた。港の喧噪は穏やかだが、どこか警戒の色が残る。Rheaは地図に鉛筆で注記を入れ、Kadeが補給をまとめ、Bhelmは行程中の食材を吟味していた。Mikは相変わらず人混みに紛れて小銭を稼ぐ手法を試み、Harunはコインを胸にしまいながら仲間たちの顔を見渡した。
「Terrosか」Kadeがつぶやく。「交易船が集まる大きな港だ。情報は集めやすいが、余計な目も増える」
Rheaは頷き、小声で続ける。「古い記録と、忘れられた契約の断片が港の商会や倉庫に眠っている可能性が高い。だが、それはまた誰かが同じ鍵を求める場所でもある」
港へ続く道すがら、Harunは小さな違和感を感じた。街角で立ち止まると、石畳の隅に小さな紙切れが貼られているのが目に入る。黒く滲んだ紋章が、どこか見覚えのある形で描かれていた。Harunは指先でそれをはがし、ポケットに仕舞うと顔をしかめた。「奴らはここにも来てる」彼は短く言った。
Terrosの波止場に着くと、海風と交易品の匂いが混じる活気が広がっていた。大きな帆船が何隻も停泊し、荷役が忙しく動く。Harunたちはまず情報収集のために商人や荷主の顔を見て回ることにした。Bhelmは食事を振る舞う見返りに、港の事情を聞き出すのが得意だ。Rheaは商会の古い帳簿を探す場所を示してくれる接触先を確かめる。
昼過ぎ、Harunたちは市外の古い倉庫街で、双子の情報屋と名乗る二人組と出会った。彼らは短い灰色の外套を揃えて羽織り、話し振りは軽く、目はいつでも周囲を測る。兄のPhilは口が達者で場を仕切り、弟のFerreは冷静に数を数え必要な情報のみを漏らす。二人は名乗るや否や、すぐに代価をちらつかせてきた。
「情報には値段がある。だが、面白い話なら値引きもする」Philが噛みつくように言い、Ferreは一瞥して場所と時間の取引条件を確認する。Harunは地図の断片とコインを見せることはせず、代わりに灯台での事件と谷で見つけた箱の話を慎重に伝えた。双子の表情が変わる。Philは掌をこすり合わせ、Ferreは小さく唸った。
「黒い紋章の連中は、Terrosでも以前から目撃がある。だが最近、海商の密約に絡む噂が回っている。取引先の一部が、潮流にまつわる古い権利を再評価し始めたらしい」Ferreが簡潔に言った。「そして、鍵になる物的断片は、倉庫や没落した商会の収蔵物として潜んでいることが多い」
Philはさらに耳寄りな話を乗せる。「ただし、見つけた瞬間に“手放さない”者たちが動く。奴らは金で動く以上に、目的のために人を消すことも辞さない」
情報の代償として、HarunたちはBhelmの料理一膳とRheaの一夜の護衛を提示した。双子は小さく笑い、「それで充分だ」と受け入れた。短いやりとりの後、Philは倉庫街の中でも古い商会『Maren & Co.』の一室が怪しいと示唆した。Ferreは地図に小さく印をつけ、注意点を付け加える。「夜に来るなら、守りを固めろ。昼なら物音でカバーできるが、奴らの巡回は不規則だ」
夜が更けると、三人は慎重にMar en & Co.の倉庫へ向かった。月は薄く、波打ち際の板壁が黒い影を落とす。Harunは心臓を抑えつつ、MikとKadeと共に静かに戸を開けた。内部は薄暗く、木箱や古い帆が積まれている。Harunは懐中の小さな松明を一つだけ灯し、箱の刻印や紙片の山を探し始めた。
その時、遠くからかすかな旋律が聞こえた。風ではなく、人の呼吸と唇が作る短い音色だ。音は次第に倉庫の奥から近づいてくる。三人は息を飲み、身を低くしながら進む。音の主は、思いがけず優雅な身のこなしで一人の女性が現れた。彼女は淡い金髪を後ろで束ね、長い外套の裾をひるがえしていた。彼女の目は冷たく、随所に嗜虐ではないが確固たる自信があった。
「ここは賑やかね」彼女は柔らかく言いながら、手の中の小道具で小さな光点を操って見せた。光は紙片に触れ、文字が浮かび上がる。Rheaは瞬時に反応し、呪文の印を結び始めた。女性は微笑みを浮かべ、「あなたがRhea?」と静かに問うた。
女性は名を名乗らず、ただ『代理』と呼ばせるに足る物腰を見せた。彼女は古い商会の帳面に触れ、ページの隅の暗号を追っていた。Harunは黙って見守るが、彼の胸は早鐘のように高鳴る。灯台での機構と同様に、ここでも知識の断片が浮かび上がり、全体像を繋ぐ糸口が現れそうだった。
だが突然、倉庫の外で足音が重なる。黒い紋章を纏った者たちが再び動きだしたのだ。代理は冷たく笑い、一瞬で動きを封じる符を描いた。Harunたちは伏せる間もなく、周囲の箱から鋭い矢が飛び出す仕掛けに気づいた。誰かが罠を設け、侵入者ごとに迎撃するように組んでいる。
「ここは一筋縄じゃない」Kadeが低く言い、Mikは箱の隙間に手を入れて即席の障害物を作る。Harunは懐中からコインを取り出すが、Rheaが先にそれを見て手を差し伸べた。「待て。今は抑えが効く」彼女の声は冷静だが、目は鋭く光る。
戦闘は短期決戦となった。黒い紋章の者たちは数で押し、効率的に障害を突破しようとするが、Kadeの剣技とRheaの結界、Mikの機転、代理の予測不能な動きが絡み合い、均衡は崩れない。Harunは箱の一つを開けると、そこに眠る古い器具と紙片を見つけた。紙には波紋の図と短い詠唱が記され、器具には小さな歯車が埋め込まれている。手にした瞬間、Harunの掌が微かに震え、胸に残る光の感触がまた呼び覚まされる。
戦いの果て、黒い紋章の者たちは撤退した。彼らは目的を果たせぬまま去り、Terrosの夜に短い静寂が戻る。Harunは箱の中身を抱え、仲間たちと代理、双子と顔を合わせる。代理は淡々と箱を覗き込み、眉を少し動かした。
「興味深い」代理は呟く。「だが、これは始まりに過ぎない。真実はいつも複雑だ」
Philは愛想よく笑い、Ferreは計算高く次の取引先を探り始める。Rheaは紙片を広げ、静かに詠唱を紡ぎ、文字の輪郭を照らし出す。Harunは胸の内で何かが確かに動いたのを感じた。鍵の断片は確かに増えつつあり、その一つ一つが世界のパズルを形作っていく。
夜明け前、Harunは波止場に一人立ち、海に向かって箱を抱えた。灯台で見た青い閃光がまだ遠くで脈打っている。彼はコインを布に包み直し、仲間たちの寝息が聞こえる方へ歩を進めた。旅路は続く。鍵は増えた。しかしその代わりに、彼らに向けられた影もまた濃く、近づいてきているのをHarunは悟っていた。
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