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第13章 潮紋の夜市
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港が静寂から完全に目覚める前の薄明かり、Terrosの夜市は別世界のように動き始めていた。骨董や奇物を扱う露店、香辛料と油が混ざる匂い、そして海から上がる蒸気が路地に霧を作る。Harunは箱を布で包み直し、RheaとBhelm、Kade、Mik、代理、そして双子とともに夜市を巡った。表情は皆引き締まり、誰もが先刻の戦闘の余波を引きずっている。
「鍵の断片は人の手に渡る前に動く」Rheaが静かに言う。「それを阻むには、先回りが必要だ」
代理は小さく頷き、双子は目を光らせて次に動く商会や流通ルートを算出する。Bhelmは人々に声をかけ、Mikは路地裏でうわさを掘り起こす。Kadeは常に辺りを見張り、Harunは胸の内でコインを押し握りながら、断片が呼ぶ場所を想う。
夜市の奥、潮の匂いが濃くなる一角に「潮紋」と呼ばれる小さな露店があった。店主は薄い藍色の衣を纏い、額に細い傷跡が走っている。並べられた品々の中に、古い錠前や金属片、意味ありげな円盤が混じっていた。Harunの目はその一つに吸い寄せられる。小さな真鍮の円盤。そこにも見覚えのある紋章が刻まれていた。
「これを見せてくれ」Harunが頼むと、店主はゆっくりと円盤を差し出した。指先が触れると、それは冷たく、そして確かに過去の断片と呼応して微かな振動を伝えてきた。店主は細く笑って言った。
「海は忘れない。だが思い出す者もいる。代価は心の一欠片だ」
Harunは言葉の意味をはかりかねるが、ここでの取引は金銭だけではないことを直感した。Rheaが前に出て静かに商談を始め、最終的に情報交換という形で円盤を一時的に預かることになった。だが代価として店主が求めたのは、Harun自身の記憶の一部を短時間貸し与えることだった。
不安が胸を掠めるが、Rheaは慎重に結界を仕掛け、円盤を調べる。触れた瞬間、Harunの内側にまたしても細い光の筋が走り、幼い頃の浜辺の風景が一瞬だけ戻る。砂を握る小さな手、母の歌声、そして見知らぬ嵐の予兆。映像は短く、切れ切れだが、その断片は店主にとって価値ある情報となった。代価は完了し、円盤はRheaの手に渡る。
「つながった」Rheaは低く呟く。「この円盤は、灯台の機構と同じ系譜だ。繋ぎ合わせれば、制御の原理が見えてくるかもしれない」
代理は無表情で頷き、双子は次の候補地として海商ギルドの倉庫群を挙げる。だが夜市の片隅では、人知れず別の目が彼らを見張っていた。黒い外套の者、覆面をしていないが瞳の奥には計算がある。彼は静かに離れ、暗がりへと消えた。
帰路、Harunたちは突如として路地を塞がれる。黒い外套の集団が先回りしており、面識のない中堅の男が前に出て来て低い声で提案する。
「争いは無益だ。円盤を差し出せば、傷は浅くて済む」
Kadeは一歩前に出て短く笑いを漏らす。「俺たちはそう簡単には引かない」
言葉が交わされる間、Mikは陰から飛び出し相手の注意を引きつけ、Bhelmは鍋を片手にして突進する。小競り合いの中、代理が静かに動き、相手の指示系統を乱す細工を施す。だがその間、覆面を着けない男は一瞬だけHarunに視線を向け、にやりとした。
「その目、覚えておけ」男は低く囁き、後ろの者たちに合図を送る。彼らは撤退するふりをして去っていったが、その背中には確かな脅しが残された。夜市を抜ける頃、Harunは胸中に冷たい影を感じた。敵は覆面だけではない。顔を見せる者たちも、彼らの前に立ち塞がる。
翌朝、Rheaは円盤と巻物の断片を並べて解析を続ける。文字と図形が少しずつ繋がり、潮流の調節が単なる機械的動作に留まらず、共同体が共有する記憶や儀式と深く結びついていることが明らかになってきた。鍵は単なる物質ではなく、人々が「忘れる」ことを選んだ過去の集合でもある。それを取り戻す者は、同時に過去を暴き、誰かにとっての安寧を壊すことにもなり得る。
「我々は正しいことをしているのか」Mikがしばらく考えてから問うた。声には不安と好奇心が交じる。Harunは黙って海を見つめ、答えを言う代わりに手の中のコインに触れた。冷たさが彼を現実に引き戻す。
その夜、Terrosの港では静かに新たな動きが始まる。海風の向こう、灯台で見た青い閃光は再び脈打ち、遠い波間に黒い帆影が動く。Harunたちは鍵を一つ手に入れたが、それは更なる対立と選択の連鎖に火をつけるだけだった。彼らが進む道は、誰かの記憶を奪い、誰かの安定を揺るがす危うい均衡の上にある。闇は深まり、夜市の喧騒が静まると同時に、決断の時がまた近づいてきていた。
「鍵の断片は人の手に渡る前に動く」Rheaが静かに言う。「それを阻むには、先回りが必要だ」
代理は小さく頷き、双子は目を光らせて次に動く商会や流通ルートを算出する。Bhelmは人々に声をかけ、Mikは路地裏でうわさを掘り起こす。Kadeは常に辺りを見張り、Harunは胸の内でコインを押し握りながら、断片が呼ぶ場所を想う。
夜市の奥、潮の匂いが濃くなる一角に「潮紋」と呼ばれる小さな露店があった。店主は薄い藍色の衣を纏い、額に細い傷跡が走っている。並べられた品々の中に、古い錠前や金属片、意味ありげな円盤が混じっていた。Harunの目はその一つに吸い寄せられる。小さな真鍮の円盤。そこにも見覚えのある紋章が刻まれていた。
「これを見せてくれ」Harunが頼むと、店主はゆっくりと円盤を差し出した。指先が触れると、それは冷たく、そして確かに過去の断片と呼応して微かな振動を伝えてきた。店主は細く笑って言った。
「海は忘れない。だが思い出す者もいる。代価は心の一欠片だ」
Harunは言葉の意味をはかりかねるが、ここでの取引は金銭だけではないことを直感した。Rheaが前に出て静かに商談を始め、最終的に情報交換という形で円盤を一時的に預かることになった。だが代価として店主が求めたのは、Harun自身の記憶の一部を短時間貸し与えることだった。
不安が胸を掠めるが、Rheaは慎重に結界を仕掛け、円盤を調べる。触れた瞬間、Harunの内側にまたしても細い光の筋が走り、幼い頃の浜辺の風景が一瞬だけ戻る。砂を握る小さな手、母の歌声、そして見知らぬ嵐の予兆。映像は短く、切れ切れだが、その断片は店主にとって価値ある情報となった。代価は完了し、円盤はRheaの手に渡る。
「つながった」Rheaは低く呟く。「この円盤は、灯台の機構と同じ系譜だ。繋ぎ合わせれば、制御の原理が見えてくるかもしれない」
代理は無表情で頷き、双子は次の候補地として海商ギルドの倉庫群を挙げる。だが夜市の片隅では、人知れず別の目が彼らを見張っていた。黒い外套の者、覆面をしていないが瞳の奥には計算がある。彼は静かに離れ、暗がりへと消えた。
帰路、Harunたちは突如として路地を塞がれる。黒い外套の集団が先回りしており、面識のない中堅の男が前に出て来て低い声で提案する。
「争いは無益だ。円盤を差し出せば、傷は浅くて済む」
Kadeは一歩前に出て短く笑いを漏らす。「俺たちはそう簡単には引かない」
言葉が交わされる間、Mikは陰から飛び出し相手の注意を引きつけ、Bhelmは鍋を片手にして突進する。小競り合いの中、代理が静かに動き、相手の指示系統を乱す細工を施す。だがその間、覆面を着けない男は一瞬だけHarunに視線を向け、にやりとした。
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