Dawn of the Lost Sea

ユウ6109

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第20章 選択の前夜

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城壁のざわめきが遠ざかり、夜の帳が王都をゆっくりと覆う頃、Harunたちは小さな宿屋に集まった。外では市井の声が増し、広場では抗議と支持の波が混ざり合っている。窓の外に見える灯りは、今夜の嵐を映す浅い波紋のようだった。屋内の空気は濃密で、疲労と決意が同居している。
Rheaはテーブルに広げた紙片と写しを整え、巻物に残る詠唱の断片を静かに読み上げた。文字が持つ冷たい論理が部屋の空気を引き締める。代理は辺りの報せを整え、双子は運搬ルートの改定案をもう一度確認する。KadeとBhelmは武具を手入れしつつ、戦術の微調整を呟いた。Mikはいつもの薄笑いで場の緊張を和らげようとするが、その目は常に外に向いている。
Harunは窓辺に座り、掌の中でコインを転がしていた。Celenの死がなお胸の奥に熱を残し、その記憶が決断を早めも遅らせもする。仲間を失った痛みは、守るべき者を増やす決意へと変わったが、同時に無数の顔が重責として迫る。誰かの記憶を解き放てば、誰かの安寧が壊れる。誰かの代価を払わせるべきか、鍵を粉々にするべきか。問いは夜の中で何度も反芻される。
「選択肢は三つだ」Rheaが静かに言った。彼女の声は疲れているが冷静だ。「全ての断片を集めて制御を掌握する。断片を破壊して誰にも使えなくする。あるいは分散して信頼できる共同体に託し、監督を共有する」
代理が視線を巡らせる。「どれも一長一短。掌握すれば復元も改変も可能だが、集中した権力は腐敗する。破壊すれば再生の可能性を永久に切る。分散は現実的だが、管理の摩擦と責任が増える」
Philが帳簿をめくりながら経済的視点を付け加えた。「現実的に言えば、王都の上層と商会はすぐに挟み撃ちにしてくる。資源と勢力を抱える者が制度を利用すれば、我々がどれだけ正しくても結果は変わらない」
Ferreは淡々と補足した。「だが逆に言えば、我々が匙加減を誤れば被害は甚大だ。港町、農村、修道院——人々の生活を賭けるべきではない」
沈黙が一瞬訪れる。火の灯が揺れ、各々の顔に影が落ちる。Bhelmは大鍋の蓋を叩き、その音が静かな合図となった。「ここで決めるのなら、誰かが先に行動を起こす必要がある。言葉は外で風に流される。行動でしか道は開かない」彼の声は素朴だが力強い。
Harunは立ち上がり、皆の目を一つずつ見渡した。彼の決断は既に胸の底で形を取り始めている。Celenの葬送で誓ったこと、灯台で感じた震え、Glass Atollで払った代償——それらが一つの線で繋がっていると感じていた。「僕たちがやるべきは、まず真実を公開することだ」Harunは静かに言った。「王都にある写しと、遺構の証拠を公にして、制度の実態を市民に示す。もしそれで動かねば、次に断片をどう扱うかを決める」
Rheaはしばらく考え込み、やがてゆっくりと頷いた。「公開は危険だが、隠し続けるよりも透明性がある。市民の理解と支持を得られれば、独占を崩す可能性が生まれる」
代理は冷ややかに微笑み、「公開の場を作るには準備がいる。証人、写し、そして一つの象徴的決断——それがなければ噂として粉砕される」と言った。PhilとFerreは既に行程を頭の中で組み直し、Bhelmは力になれる範囲の物資を整理する。
その夜、各自は最終確認に入る。Rheaは写しの真正性を確かめ、代理は同盟者への最終打診を行い、双子は市井者の口を固めていく。Kadeは護衛の配置を決め、Bhelmは食糧と避難ルートを整える。Mikは村の子供たちに明日の集会の噂を撒き、Harunは心の中でCelenに誓った言葉を反復した。
夜が更けるほどに、外の広場からは人の声が重なり、抗議と期待が渾然となって高まっていく。城内では事務官側もまた動揺し、密かに手を打ち始めているだろう。明日の朝は一触即発の舞台となる。Harunは最後に仲間の誰にも見せない短い礼をし、眠りについた。夢の中で幼い日の浜辺は穏やかに揺れ、しかしその波の向こうにあるものは、彼がまだ解かねばならない謎のままだった。
朝が来ると、世界は決断を求める。誰もが代償を払う覚悟を持っているか。Harunは自分自身に問いかけ、そして立ち上がった。選択の前夜は終わり、今、選択の時が来る。
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