Dawn of the Lost Sea

ユウ6109

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第30章 絡まる糸

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港町を出てから数日後、海は静かさを装っていた。だがHarunの胸中は静けさと裏腹に波立っている。長老の問題が示したのは、制度の脆さだけではなく、人の事情が如何にして正義の回路を歪めるかという現実だった。信頼は崩れやすく、修復には時間と具体的な行動が必要だ。Harunは仲間たちと議論を重ねながら、共同議会の運営をより堅牢にするための新たな仕組みを練っていた。
Rheaは封印と記録を結びつける方法を提案した。断片の扱いには技術的な手順だけでなく、その由来と影響を示す「記憶台帳」を義務付ける。台帳には文脈、保管履歴、関与者の署名、異常が起きた際の手続きが記され、公開可能な範囲は会議で合意される。PhilとFerreは台帳の運用ルールと資金負担の枠組みを設計し、代理は地域間の信頼を担保するための「相互監査」制度を提起した。Kadeはその運用に必要な民兵の中立性と訓練基準を提示した。

Harunはこれらの案を持って沿岸の小都市を巡り、実務者と直接対話を続けた。会合は長く、時に感情的になる。ある港の議場では、酔った商人が立ち上がり声を荒げた。「良い理屈だ。しかし我々は飯を食わせねばならぬ。理屈だけで腹は膨れぬ」Harunは静かに答え、制度の運用が生活の安定と結びつかなければ意味がないことを認めた。彼は共同議会の補償基金の資金調達案を説明し、商人に対しては透明な税制優遇と引き換えの義務を明確に示した。対話は厳しくも現実的だった。
Rheaの台帳案は次第に賛同を得たが、実装は容易ではなかった。記録を正確に残し、改竄を防ぐための物理的・儀式的な担保が必要だと誰もが感じていた。修道院では古い封印具と新たな記録様式を結びつける試作が行われ、若い術師たちが夜通し作業した。その成果はやがて、台帳の頁を触れるだけで過去の封印履歴が微かな符号として立ち現れるという実用的な工夫へと結実した。技術と儀礼が一つに繋がる瞬間だった。

守る仕組みが整いつつある一方で、相変わらず新たな抗争の火種は絶えない。ある夜、Harunのもとに届いた密偵からの報告は重い内容だった。王都の内情に詳しいある人物が、監査の一部を金で動かそうとする影響力者と秘密裏に接触しているという。情報は断片的で確証に欠けるが、無視できない危険が示唆されていた。Harunは慎重に動き、まずは情報の裏取りと当人の行動観察を命じた。影を追うには細心の注意が要る。
その追跡の過程で、意外な事実が明らかになった。接触していたのは一人の有力者ではなく、幾つかの小さな利益集団が連携して作った「仲介網」だった。彼らは合法と違法の境界を巧みに行き来し、制度の隙間を利用して利益を抽出していた。問題の根は一点ではなく、複数の場所で小さな腐食が進んでいたのだ。Harunは疲労を胸に抱えつつも、仲間と共にそれぞれの腐食点へ小さな修繕を施して回ることを選んだ。

実務の旅は人の痛みに触れる日々でもあった。ある集落では、忘却の対象となった事件が表面化した結果、旧い怨恨が再燃し小規模な暴力が起きた。そこに介入したのはHarunたちと地域の修道院、そして新たに訓練された調停官たちだった。調停は簡単ではなかった。被害者と加害者、世代を超えた記憶の交錯を前にして、言葉だけで解決できる問題は少ない。だが時間をかけ、補償と共同作業の形を提示することで、少しずつ関係の修復が進んだ。Harunは調停の場で、記憶の共有が新たな対話を生む可能性を何度も目の当たりにした。
同時に、技術的な問題も次々と現れた。断片の一つが微かな共振を示し、保管庫内で短時間ではあるが記憶の乱流を誘発した。Rheaはこれを「疲労現象」と名付け、封印の周期的な再評価と補修が必要だと主張した。共同議会はRheaの研究を基に、定期的な「封印健康診断」制度を立ち上げることを決めた。これにより、保管先は年に一度専門家による点検を受け、異常が見つかれば速やかに対処する義務を負うことになった。

だが最も重かったのは、人の心を巡る摩擦だ。長老の事件以来、共同議会の内部には互いを疑う空気が漂い、以前のような素直な信頼は取り戻せないでいた。会合では言葉が慎重になり、外では陰口が立ちやすくなった。Harunはその空気を変えるために、小さな儀式的な集いを提案した。地域と代表者が混ざり合う場で、失敗と成功を赤裸々に語り合い、互いの負担と成果を確認し合う。儀式は一見地味だったが、何度も繰り返すうちに人々は再び顔を合わせ、互いの存在を確かめられるようになった。
集いの最中、若い修道士がHarunに告白した。「私たちも完璧ではない。恐れから秘密を抱え込み、時に間違った判断をした。だが今は変えたいのです」その素直さに、Harunは深い慈しみを感じた。変革は個々の誠意と欠点を含む人間の営みだ。制度は完璧でなくても、人々の連帯があれば修復は可能だと彼は思った。

季節が巡るにつれ、Harunたちの仕事は目に見える成果を生み出した。補償基金は小規模ながら機能を持ち、いくつかの再建が進み、封印の健康診断は異常の早期発見に役立った。だが成功の裏で新たな要求も生まれる。人々はより迅速で公平な対応を求め、申請の増加は管理側の負担を押し上げる。PhilとFerreは効率化のための書式と手続きの見直しに取り組み、Rheaは術的記録をデジタル化に近い形で整えようとする試みを始めた。技術と事務の統合は次の段階の課題である。
ある夜、Harunは静かに海を見つめながら、仲間たちと過ごした日々を反芻した。失った者たち、助けた者たち、小さな達成と大きな疲労。彼は掌のコインを撫で、心の底でそっと言った。「僕たちはまだ終わっていない。だが織り直した糸は、確かに絡まりを解き始めている」新たな嵐はいつ来るか分からない。だが彼らはもはや単独の旅人ではない。共同議会と地域の連帯に支えられ、彼らは波間を進む決意を新たにする。道は続く。
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