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第2章『願望』

第2話 『ユイ』

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 大家さんは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

 俺は咄嗟とっさに「こ、コラッ!大家さんに何て事を!」と、少女を叱った。

 ところが大家さんは恵比寿えびすがおで……「ははは、最近は兵隊ごっこする子などないと寂しく思っていたが、まだったか」

 大家さんは、少女の前で挙手の敬礼をして優しく、「はっ、大将閣下! 自分は、このアパートの管理人、矢主やぬし 建造けんぞう少尉であります。 お見知り置きを!」とのたまった。

 少女は満足気まんぞくげうなずき、「ふむ。 あにがいつも世話になっておる。 あたしもしばし、滞在するゆえ、宜しく頼む」と言った。

 大家さんと言えば親も同然。 その大家さんに、こんな不遜ふそんな挨拶をするやつは初めてだ。 いっそ清々すがすがしい。

 大家さんは「はい閣下! うけたまわりました」と、少女にもう一度敬礼し、俺に向かって 「可愛らしい妹さんだな。 オレの孫も可愛いぞ! 今度遊んでやってくれ」 ……と言い残し、上機嫌で去って行った。

 ……運が良かった。 大家さんが判っていれば一安心だ。

 それより……『たいら ユイ』って……。
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