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1.SIDE:エメライン
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ああ……また、ですのね。
私ことエメライン・オルディスは、そっと上位貴族用の学食の席を立ちます。
待ち人来たらずの状況は、これで何度目でしょう。数えるのにも疲れました。
「お嬢様……」
侍女でありクラスメイトであるアンバーが気づかわしげに声を掛けてくるのに、微笑みを返します。
大丈夫ですわ。昔はよくベソベソ泣いていましたが、もう泣くことはありません。
「お昼休みの時間が終わってしまいますから行きましょう、アンバー、ジョット」
ジョットは護衛でありクラスメイトです。
「次の授業は錬金術基礎学でしたわね? 教室の移動がありますから、急ぎましょう」
途中で、令嬢たちが固まっているところに出くわしました。
皆さん中庭の東屋を見ては顔をしかめ、口々に何かを言っています。
そんな彼女たちは、私の存在に気づくと一斉に口を閉ざしました。そして公爵家である私に会釈をしてきますが、彼女たちの笑顔の上には優越感が滲んでいます。
私は東屋に目を向け、ああと嘆息しました。
彼女たちが私を嘲る理由が、そこにありました。
東屋には、三人の令息たちと一人の令嬢がテーブルを囲んでいました。ランチを広げて、楽しそうにおしゃべりをしております。
令嬢は、光の聖女だというローラ・ペーパー様。令息たちは、第一王子メルヴィン殿下と、その側近候補でらっしゃる宰相ご子息に、騎士団長ご子息。
……メルヴィン様は、私の婚約者でもあります。
二歳年上の我が婚約者様は、いつもとても優しかったのです。
私はそんなメルヴィン様が大好きでした。だから鈍臭い私はなかなか妃教育が進まなかったのですが、必死に食らいついてきました。
『グスグス……あの先生、厳しくて怖いの。逃げ出したいの』
『可愛い私のエメライン、逃げたりしたら私と結婚出来ないけれどいいのかい?』
『それは嫌だわっ! うわあああん!』
『本当にエメラインは愛らしいお馬鹿さんだなぁ』
婚約が結ばれて妃教育が始まったのは私が七歳の時。ですから当初はこんな会話がよくあったものです。
ずっと仲が良いと思っていました。
私はメルヴィン様が大好きだったし、彼は私のことを惜しみなく可愛がってくださいました。
それが崩れたのは、一年ほど前のこと。
光の聖魔法に目覚めた聖女だと、ローラ・ペーパー様がこの学園に編入してきてからのことです。
ローラ様は、お美しい方です。
豊かな茜色の髪に、理知的な顔立ちに輝く紫水晶色の瞳。すらりと背も高く、神殿から贈られた聖女の気高き白の衣装が良くお似合いです。
元々は平民だという話ですが、編入したての時はともかく現在は貴族らしい振る舞いが出来るようになり、彼女を養子にしたペーパー男爵も鼻が高いだろうと言われております。
そんなローラ様が編入されてから、毎日あったメルヴィン様との昼食会がなくなりました。いいえ、昼食の場にメルヴィン様が現れなくなったと言った方が正しいですね。私は毎日未練がましく、二人で決めた場所に行っては延々と待ち続けることをしています。
気が付けば、妃教育終了後に必ずメルヴィン様に呼ばれてお茶会をしていた、その習慣もなくなっていました。
あの方の声を聞いたのは、どれくらい前のことでしょう。
何度も何度もお傍に行こうとしたのですが、いつもけんもほろろに追い返されてしまいます。
もう一度、東屋に目をやりました。
その瞬間、見るのではなかったと後悔します。でも見なくては。この目に現実を焼きつけなければ。
メルヴィン様が腕を伸ばし、ローラ様の髪を撫でていたのです。
ローラ様はくすぐったそうにクスクスと笑い、そんな彼女にメルヴィン様は目を細めます。
ああ、なんてお似合いなのでしょう。
メルヴィン様は、やや瘦せぎすに見えてしまうほど背が高い。ですからどちらかと言うと小柄な私が並ぶと、かなりアンバランスです。苦肉の策のハイヒールには慣れました。
でもすらりとしたローラ様ならば、ちょうどいい。
そして黄金色の髪に紺碧の瞳というメルヴィン様の鮮やかな美しさに、ローラ様のはっきりとした美貌はよく似合います。
私のようにちんちくりんで、淡い金髪、水色の瞳といったうすぼんやりとした見た目の人間よりはるかにお似合いです。
私は東屋に背を向け、歩き出しました。アンバーとジョットが無言でついてきてくれます。なんて心強いのでしょう。
「すまん、金を貸してくれ」
家に帰ると、二番目の兄アリスターがいました。
珍しいことです。神官として独立し神職禄をはむ者として、兄はめったなことでは家に帰ってこないのですが。
「その神職禄が無くなった。神殿の人事が混乱しててね」
聖女様を抱える神殿がそんな状態で、大丈夫なのでしょうか。
「という訳で、金を貸して欲しいんだエメライン」
「次期当主様にお聞きしてみますわ」
私のお小遣いはそんなにないので、跡継ぎとして我が家の財政を担っている上の兄に聞いてみましょう。
「え!? それはちょっと待って!?」
私が話すとすぐにいい笑顔で現れた長兄に引きずられて、次兄のアリスターは姿を消しました。
相変わらず仲の良いお二人です。
一人残された私は、おとなしく自室に戻りましょう。
「お嬢様、お手紙が届いております」
封書が乗った銀盆を持つアンバーが、かすかに眉を顰めています。彼女がそんな顔をするということは、手紙の差出人が誰なのかすぐに分かります。
「メルヴィン様からなんて久しぶり……と思ったら、こんなことなんて」
それは二週間後の夜会の欠席の知らせでした。
「一年ぶりにご一緒出来ると思ったのに……」
ドレスも装飾品も何もかもお父様が用意してくださいました。
お父様は何かを知っていて何かに疑問を抱いているご様子でした。
殿下は何もおっしゃらないのかとお聞きになってきましたので、ええ何も聞いておりませんと答えました。
「そろそろ、覚悟を決めないといけませんね……」
私ことエメライン・オルディスは、そっと上位貴族用の学食の席を立ちます。
待ち人来たらずの状況は、これで何度目でしょう。数えるのにも疲れました。
「お嬢様……」
侍女でありクラスメイトであるアンバーが気づかわしげに声を掛けてくるのに、微笑みを返します。
大丈夫ですわ。昔はよくベソベソ泣いていましたが、もう泣くことはありません。
「お昼休みの時間が終わってしまいますから行きましょう、アンバー、ジョット」
ジョットは護衛でありクラスメイトです。
「次の授業は錬金術基礎学でしたわね? 教室の移動がありますから、急ぎましょう」
途中で、令嬢たちが固まっているところに出くわしました。
皆さん中庭の東屋を見ては顔をしかめ、口々に何かを言っています。
そんな彼女たちは、私の存在に気づくと一斉に口を閉ざしました。そして公爵家である私に会釈をしてきますが、彼女たちの笑顔の上には優越感が滲んでいます。
私は東屋に目を向け、ああと嘆息しました。
彼女たちが私を嘲る理由が、そこにありました。
東屋には、三人の令息たちと一人の令嬢がテーブルを囲んでいました。ランチを広げて、楽しそうにおしゃべりをしております。
令嬢は、光の聖女だというローラ・ペーパー様。令息たちは、第一王子メルヴィン殿下と、その側近候補でらっしゃる宰相ご子息に、騎士団長ご子息。
……メルヴィン様は、私の婚約者でもあります。
二歳年上の我が婚約者様は、いつもとても優しかったのです。
私はそんなメルヴィン様が大好きでした。だから鈍臭い私はなかなか妃教育が進まなかったのですが、必死に食らいついてきました。
『グスグス……あの先生、厳しくて怖いの。逃げ出したいの』
『可愛い私のエメライン、逃げたりしたら私と結婚出来ないけれどいいのかい?』
『それは嫌だわっ! うわあああん!』
『本当にエメラインは愛らしいお馬鹿さんだなぁ』
婚約が結ばれて妃教育が始まったのは私が七歳の時。ですから当初はこんな会話がよくあったものです。
ずっと仲が良いと思っていました。
私はメルヴィン様が大好きだったし、彼は私のことを惜しみなく可愛がってくださいました。
それが崩れたのは、一年ほど前のこと。
光の聖魔法に目覚めた聖女だと、ローラ・ペーパー様がこの学園に編入してきてからのことです。
ローラ様は、お美しい方です。
豊かな茜色の髪に、理知的な顔立ちに輝く紫水晶色の瞳。すらりと背も高く、神殿から贈られた聖女の気高き白の衣装が良くお似合いです。
元々は平民だという話ですが、編入したての時はともかく現在は貴族らしい振る舞いが出来るようになり、彼女を養子にしたペーパー男爵も鼻が高いだろうと言われております。
そんなローラ様が編入されてから、毎日あったメルヴィン様との昼食会がなくなりました。いいえ、昼食の場にメルヴィン様が現れなくなったと言った方が正しいですね。私は毎日未練がましく、二人で決めた場所に行っては延々と待ち続けることをしています。
気が付けば、妃教育終了後に必ずメルヴィン様に呼ばれてお茶会をしていた、その習慣もなくなっていました。
あの方の声を聞いたのは、どれくらい前のことでしょう。
何度も何度もお傍に行こうとしたのですが、いつもけんもほろろに追い返されてしまいます。
もう一度、東屋に目をやりました。
その瞬間、見るのではなかったと後悔します。でも見なくては。この目に現実を焼きつけなければ。
メルヴィン様が腕を伸ばし、ローラ様の髪を撫でていたのです。
ローラ様はくすぐったそうにクスクスと笑い、そんな彼女にメルヴィン様は目を細めます。
ああ、なんてお似合いなのでしょう。
メルヴィン様は、やや瘦せぎすに見えてしまうほど背が高い。ですからどちらかと言うと小柄な私が並ぶと、かなりアンバランスです。苦肉の策のハイヒールには慣れました。
でもすらりとしたローラ様ならば、ちょうどいい。
そして黄金色の髪に紺碧の瞳というメルヴィン様の鮮やかな美しさに、ローラ様のはっきりとした美貌はよく似合います。
私のようにちんちくりんで、淡い金髪、水色の瞳といったうすぼんやりとした見た目の人間よりはるかにお似合いです。
私は東屋に背を向け、歩き出しました。アンバーとジョットが無言でついてきてくれます。なんて心強いのでしょう。
「すまん、金を貸してくれ」
家に帰ると、二番目の兄アリスターがいました。
珍しいことです。神官として独立し神職禄をはむ者として、兄はめったなことでは家に帰ってこないのですが。
「その神職禄が無くなった。神殿の人事が混乱しててね」
聖女様を抱える神殿がそんな状態で、大丈夫なのでしょうか。
「という訳で、金を貸して欲しいんだエメライン」
「次期当主様にお聞きしてみますわ」
私のお小遣いはそんなにないので、跡継ぎとして我が家の財政を担っている上の兄に聞いてみましょう。
「え!? それはちょっと待って!?」
私が話すとすぐにいい笑顔で現れた長兄に引きずられて、次兄のアリスターは姿を消しました。
相変わらず仲の良いお二人です。
一人残された私は、おとなしく自室に戻りましょう。
「お嬢様、お手紙が届いております」
封書が乗った銀盆を持つアンバーが、かすかに眉を顰めています。彼女がそんな顔をするということは、手紙の差出人が誰なのかすぐに分かります。
「メルヴィン様からなんて久しぶり……と思ったら、こんなことなんて」
それは二週間後の夜会の欠席の知らせでした。
「一年ぶりにご一緒出来ると思ったのに……」
ドレスも装飾品も何もかもお父様が用意してくださいました。
お父様は何かを知っていて何かに疑問を抱いているご様子でした。
殿下は何もおっしゃらないのかとお聞きになってきましたので、ええ何も聞いておりませんと答えました。
「そろそろ、覚悟を決めないといけませんね……」
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