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2.SIDE:メルヴィン(前)
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エメラインといると、エスコートというより手を引いてあげることが多かった。
二歳下の可愛い婚約者。
実年齢より幼く見えるのは、小柄なせいかその自信のなさそうな表情のせいか。
確か、彼女が三歳くらいの時に嫡男である長兄が重い病気に罹り、オルディス公爵家内がかなりゴタゴタしたのだった。きっと幼い彼女は一人屋敷に置かれたままだったのだろう。それで愛に飢えている。可哀想な子だ。
おっとりした子供で、何をしても鈍臭い。それでも顔を真っ赤にして課題に取り組む姿は、愛しいという気持ちを私に教えてくれた。
『メルヴィン様ぁ』
甘え、私に依存してくる幼い声。
守ってやろう。このいとけない存在を。
導いてやろう、この私が。
ずっとそう思っていた。
不穏な情報を得たのは、聖女とかいう女が編入してくる直前のことだ。
神殿が聖女を使って金儲けを企もうと、勝手にすればいい。
でも、王家の頭を抑え付けようなどと画策するのはいただけない。国王である父も「白衣の者が少々五月蠅い。次期国王であるお前が始末して見せよ」と私におっしゃった。
聖女の存在は、神殿の闇をかき消す目くらましだ。
そして同時に、王家側のことを探る道具に違いない。
予想通り、聖女は高位貴族の子息たちにすり寄っている。
初めは物慣れない風を装って、そして相手を立てつつ懐にもぐりこんでいく。大した腕前だ。見た目もうまく使っている。理知的な顔立ちなのに、対象の前だとフト隙を見せる、男たちの矜持と優越感をくすぐっているのだ。
「ならば、かかった振りをして、あっちの情報を取ってやろうではないか」
私は側近の二人に言った。
二人も当然ながら、高位貴族でもトップクラス。そして彼ら自身の見目もいい。
思惑通り、あっさりと聖女は私たちにべったりと張り付くようになった。
「どうか、ローラと呼んでください」
間近で見る聖女は、なるほど美しかった。
ほっそりして見えるけれど、たまに押し付けられてくる体や胸は柔らかく、温かな丸みを帯びている。
神殿で教育されているのか、私たちの会話にも難なくついてこられる上に機知に富む返答さえあって驚かされる。
エメラインはただひたすら私の話を凄いと聞いて頷くのが精一杯だったのに。
ああ、いけない。彼女と比べたりしたら、傷ついてしまう。ただでさえ泣き虫でお馬鹿さんなエメラインなのだから、優秀な人と比べられたと知ったらショックを受けるだろう。そんなところが可愛いのだけれど。
そういえば、もう随分とエメラインと会っていないな。昼食会は忙しくて断っているうちに自然消滅してしまったし、彼女が王宮に来ている時も、私はローラの調査で出かけていたりしていた。
だから、あんな不安そうな顔をしていたんだな。
私はふと思い出す。
放課後、ローラを神殿に送り返す時に一度だけエメラインと鉢合わせしたことがあった。
まだ学園になじまない聖女を送るのは必要なことだからと彼女に言った時、エメラインはとても悲しそうな顔をした。
思わず抱きしめてあげたくなるような。
あの悲しそうな顔を思い出すと、胸の奥が熱くなる。
可哀想だから止めた方がいいと思っても、もう一度あの顔が見たいと思い、ほとんどわざとローラを構う姿をエメラインに見せたりもした。
話しかけようと近寄ってくるエメラインを避けたりもした。
そのたびに大きな水色の瞳が溶けそうなほどに涙を溜めて、それでも「構わないで欲しい」と言った私の言うことを聞いて、それからはもう近づかないエメライン。ああ、なんて可愛いのだろう。
手紙も何通も来た。端正な文字で、『お話をしたい』『どんな短いお返事でもください』と書かれているのを読むのは至福だった。でも返事は出さない。今は我慢してもらおう。
待っていて欲しい、エメライン。もう少しなんだ。聖女と神殿の坊主たちの企みを暴いたら、すぐに迎えに行ってあげるから。
父上もうるさいな。狡猾な女狐をだますのだから、時間がかかっても仕方ないだろう。安心してください。もうすぐ終わりますから。
ローラの誘惑に乗った振りをして彼女の信頼を得て、神殿に併設された屋敷にある彼女の部屋に招かれて。
ようやく私は、目的のものを手に入れた。ローラが言い寄った貴族たちの家から盗み出したあれこれの一部が、無防備にも彼女の部屋で発見された。
側近の二人の労をねぎらう。
これで私はエメラインの元に戻れる。可愛い婚約者の肩を抱きしめ、寂しい思いをさせてごめんと謝ってあげよう。そして私も辛かったのだ。本当は君だけだよと囁いてあげよう。
二歳下の可愛い婚約者。
実年齢より幼く見えるのは、小柄なせいかその自信のなさそうな表情のせいか。
確か、彼女が三歳くらいの時に嫡男である長兄が重い病気に罹り、オルディス公爵家内がかなりゴタゴタしたのだった。きっと幼い彼女は一人屋敷に置かれたままだったのだろう。それで愛に飢えている。可哀想な子だ。
おっとりした子供で、何をしても鈍臭い。それでも顔を真っ赤にして課題に取り組む姿は、愛しいという気持ちを私に教えてくれた。
『メルヴィン様ぁ』
甘え、私に依存してくる幼い声。
守ってやろう。このいとけない存在を。
導いてやろう、この私が。
ずっとそう思っていた。
不穏な情報を得たのは、聖女とかいう女が編入してくる直前のことだ。
神殿が聖女を使って金儲けを企もうと、勝手にすればいい。
でも、王家の頭を抑え付けようなどと画策するのはいただけない。国王である父も「白衣の者が少々五月蠅い。次期国王であるお前が始末して見せよ」と私におっしゃった。
聖女の存在は、神殿の闇をかき消す目くらましだ。
そして同時に、王家側のことを探る道具に違いない。
予想通り、聖女は高位貴族の子息たちにすり寄っている。
初めは物慣れない風を装って、そして相手を立てつつ懐にもぐりこんでいく。大した腕前だ。見た目もうまく使っている。理知的な顔立ちなのに、対象の前だとフト隙を見せる、男たちの矜持と優越感をくすぐっているのだ。
「ならば、かかった振りをして、あっちの情報を取ってやろうではないか」
私は側近の二人に言った。
二人も当然ながら、高位貴族でもトップクラス。そして彼ら自身の見目もいい。
思惑通り、あっさりと聖女は私たちにべったりと張り付くようになった。
「どうか、ローラと呼んでください」
間近で見る聖女は、なるほど美しかった。
ほっそりして見えるけれど、たまに押し付けられてくる体や胸は柔らかく、温かな丸みを帯びている。
神殿で教育されているのか、私たちの会話にも難なくついてこられる上に機知に富む返答さえあって驚かされる。
エメラインはただひたすら私の話を凄いと聞いて頷くのが精一杯だったのに。
ああ、いけない。彼女と比べたりしたら、傷ついてしまう。ただでさえ泣き虫でお馬鹿さんなエメラインなのだから、優秀な人と比べられたと知ったらショックを受けるだろう。そんなところが可愛いのだけれど。
そういえば、もう随分とエメラインと会っていないな。昼食会は忙しくて断っているうちに自然消滅してしまったし、彼女が王宮に来ている時も、私はローラの調査で出かけていたりしていた。
だから、あんな不安そうな顔をしていたんだな。
私はふと思い出す。
放課後、ローラを神殿に送り返す時に一度だけエメラインと鉢合わせしたことがあった。
まだ学園になじまない聖女を送るのは必要なことだからと彼女に言った時、エメラインはとても悲しそうな顔をした。
思わず抱きしめてあげたくなるような。
あの悲しそうな顔を思い出すと、胸の奥が熱くなる。
可哀想だから止めた方がいいと思っても、もう一度あの顔が見たいと思い、ほとんどわざとローラを構う姿をエメラインに見せたりもした。
話しかけようと近寄ってくるエメラインを避けたりもした。
そのたびに大きな水色の瞳が溶けそうなほどに涙を溜めて、それでも「構わないで欲しい」と言った私の言うことを聞いて、それからはもう近づかないエメライン。ああ、なんて可愛いのだろう。
手紙も何通も来た。端正な文字で、『お話をしたい』『どんな短いお返事でもください』と書かれているのを読むのは至福だった。でも返事は出さない。今は我慢してもらおう。
待っていて欲しい、エメライン。もう少しなんだ。聖女と神殿の坊主たちの企みを暴いたら、すぐに迎えに行ってあげるから。
父上もうるさいな。狡猾な女狐をだますのだから、時間がかかっても仕方ないだろう。安心してください。もうすぐ終わりますから。
ローラの誘惑に乗った振りをして彼女の信頼を得て、神殿に併設された屋敷にある彼女の部屋に招かれて。
ようやく私は、目的のものを手に入れた。ローラが言い寄った貴族たちの家から盗み出したあれこれの一部が、無防備にも彼女の部屋で発見された。
側近の二人の労をねぎらう。
これで私はエメラインの元に戻れる。可愛い婚約者の肩を抱きしめ、寂しい思いをさせてごめんと謝ってあげよう。そして私も辛かったのだ。本当は君だけだよと囁いてあげよう。
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