もう終わってますわ

こもろう

文字の大きさ
2 / 3

2.SIDE:メルヴィン(前)

しおりを挟む
 エメラインといると、エスコートというより手を引いてあげることが多かった。

 二歳下の可愛い婚約者。
 実年齢より幼く見えるのは、小柄なせいかその自信のなさそうな表情のせいか。

 確か、彼女が三歳くらいの時に嫡男である長兄が重い病気に罹り、オルディス公爵家内がかなりゴタゴタしたのだった。きっと幼い彼女は一人屋敷に置かれたままだったのだろう。それで愛に飢えている。可哀想な子だ。
 おっとりした子供で、何をしても鈍臭い。それでも顔を真っ赤にして課題に取り組む姿は、愛しいという気持ちを私に教えてくれた。

『メルヴィン様ぁ』

 甘え、私に依存してくる幼い声。

 守ってやろう。このいとけない存在を。
 導いてやろう、この私が。
 ずっとそう思っていた。

 不穏な情報を得たのは、聖女とかいう女が編入してくる直前のことだ。
 神殿が聖女を使って金儲けを企もうと、勝手にすればいい。
 でも、王家の頭を抑え付けようなどと画策するのはいただけない。国王である父も「白衣の者が少々五月蠅い。次期国王であるお前が始末して見せよ」と私におっしゃった。

 聖女の存在は、神殿の闇をかき消す目くらましだ。
 そして同時に、王家側のことを探る道具に違いない。

 予想通り、聖女は高位貴族の子息たちにすり寄っている。
 初めは物慣れない風を装って、そして相手を立てつつ懐にもぐりこんでいく。大した腕前だ。見た目もうまく使っている。理知的な顔立ちなのに、対象の前だとフト隙を見せる、男たちの矜持と優越感をくすぐっているのだ。

「ならば、かかった振りをして、あっちの情報を取ってやろうではないか」

 私は側近の二人に言った。
 二人も当然ながら、高位貴族でもトップクラス。そして彼ら自身の見目もいい。
 思惑通り、あっさりと聖女は私たちにべったりと張り付くようになった。

「どうか、ローラと呼んでください」

 間近で見る聖女は、なるほど美しかった。
 ほっそりして見えるけれど、たまに押し付けられてくる体や胸は柔らかく、温かな丸みを帯びている。
 神殿で教育されているのか、私たちの会話にも難なくついてこられる上に機知に富む返答さえあって驚かされる。
 エメラインはただひたすら私の話を凄いと聞いて頷くのが精一杯だったのに。
 ああ、いけない。彼女と比べたりしたら、傷ついてしまう。ただでさえ泣き虫でお馬鹿さんなエメラインなのだから、優秀な人と比べられたと知ったらショックを受けるだろう。そんなところが可愛いのだけれど。

 そういえば、もう随分とエメラインと会っていないな。昼食会は忙しくて断っているうちに自然消滅してしまったし、彼女が王宮に来ている時も、私はローラの調査で出かけていたりしていた。

 だから、あんな不安そうな顔をしていたんだな。
 私はふと思い出す。
 放課後、ローラを神殿に送り返す時に一度だけエメラインと鉢合わせしたことがあった。
 まだ学園になじまない聖女を送るのは必要なことだからと彼女に言った時、エメラインはとても悲しそうな顔をした。
 思わず抱きしめてあげたくなるような。
 あの悲しそうな顔を思い出すと、胸の奥が熱くなる。

 可哀想だから止めた方がいいと思っても、もう一度あの顔が見たいと思い、ほとんどわざとローラを構う姿をエメラインに見せたりもした。
 話しかけようと近寄ってくるエメラインを避けたりもした。
 そのたびに大きな水色の瞳が溶けそうなほどに涙を溜めて、それでも「構わないで欲しい」と言った私の言うことを聞いて、それからはもう近づかないエメライン。ああ、なんて可愛いのだろう。
 手紙も何通も来た。端正な文字で、『お話をしたい』『どんな短いお返事でもください』と書かれているのを読むのは至福だった。でも返事は出さない。今は我慢してもらおう。

 待っていて欲しい、エメライン。もう少しなんだ。聖女と神殿の坊主たちの企みを暴いたら、すぐに迎えに行ってあげるから。
 父上もうるさいな。狡猾な女狐をだますのだから、時間がかかっても仕方ないだろう。安心してください。もうすぐ終わりますから。

 ローラの誘惑に乗った振りをして彼女の信頼を得て、神殿に併設された屋敷にある彼女の部屋に招かれて。
 ようやく私は、目的のものを手に入れた。ローラが言い寄った貴族たちの家から盗み出したあれこれの一部が、無防備にも彼女の部屋で発見された。
 側近の二人の労をねぎらう。

 これで私はエメラインの元に戻れる。可愛い婚約者の肩を抱きしめ、寂しい思いをさせてごめんと謝ってあげよう。そして私も辛かったのだ。本当は君だけだよと囁いてあげよう。




しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

私を侮辱する婚約者は早急に婚約破棄をしましょう。

しげむろ ゆうき
恋愛
私の婚約者は編入してきた男爵令嬢とあっという間に仲良くなり、私を侮辱しはじめたのだ。 だから、私は両親に相談して婚約を解消しようとしたのだが……。

どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません

しげむろ ゆうき
恋愛
 ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。  しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。  だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。 ○○sideあり 全20話

あなたの仰ってる事は全くわかりません

しげむろ ゆうき
恋愛
 ある日、婚約者と友人が抱擁してキスをしていた。  しかも、私の父親の仕事場から見えるところでだ。  だから、あっという間に婚約解消になったが、婚約者はなぜか私がまだ婚約者を好きだと思い込んでいるらしく迫ってくる……。 全三話

巻き戻ったから切れてみた

こもろう
恋愛
昔からの恋人を隠していた婚約者に断罪された私。気がついたら巻き戻っていたからブチ切れた! 軽~く読み飛ばし推奨です。

「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。

石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。 ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。 ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。 母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。

どうか、お幸せになって下さいね。伯爵令嬢はみんなが裏で動いているのに最後まで気づかない。

しげむろ ゆうき
恋愛
 キリオス伯爵家の娘であるハンナは一年前に母を病死で亡くした。そんな悲しみにくれるなか、ある日、父のエドモンドが愛人ドナと隠し子フィナを勝手に連れて来てしまったのだ。  二人はすぐに屋敷を我が物顔で歩き出す。そんな二人にハンナは日々困らされていたが、味方である使用人達のおかげで上手くやっていけていた。  しかし、ある日ハンナは学園の帰りに事故に遭い……。

処理中です...