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少しずつ、魔王に近づいているのだろう。
寒さはますます厳しくなり、針葉樹林はすがたを消して、ジュクジュクジャリジャリした半ば凍っている湿地帯へと変化した。
魔物との遭遇率も上がっている。
魔物は、どんな獣とも似ていない。どちらかといえば昆虫に似ているのかもしれない。
大きさはさまざまだが、大抵は腐った沼の底のような色をした、いやらしくも硬い甲羅で覆われている。そして太い何本もの脚をガシャガシャ動かしながら襲い掛かってくる。
「あーもうっ! 火炎が通りにくくなってきてる!」
炎の攻撃魔術を連発しながら、チェルシーが叫んだ。魔王に近づき、魔物の装甲が強くなってきているのだ。
シンディが特殊加工された矢を取り出した。
「チェルシー! わたしの鏃に火炎をちょうだい!」
「もうっ、頼んだわよ!」
チェルシーの魔術をまとった矢をシンディが射る。その精密射撃は、確実に魔物の関節を捉える。
いっそう暴れだした魔物の脚をダリルが大楯で殴りつける。
体勢を崩した魔物に、ブラッドが双剣を輝かせて斬りつけていく。魔物の脚が一本千切れ飛んだ。
ブラッドの反対側から、アルヴィンも大剣で襲い掛かる。もう一本脚を斬り落とす。
その勢いを殺さずに魔物の懐に飛び込み、顎の下の装甲が比較的薄い部分を力任せに貫いた。
『――――!』
キンッと鼓膜をつんざく金属音のような魔物の悲鳴。ひときわ大きく残った脚を動かし、凍った草をあたりに飛散させる。そしてそのまま動かなくなった。
「ひゅーっ、相変わらずやるねぇ。馬鹿力勇者様」
「うるせえ、ブラッド」
ブラッドが軽口を叩き、アルヴィンが応じる。いつもそうして、一行はホッと肩を下ろす。
後方で治癒魔法をかけ続けていたクリスと、クリスにだけ結界魔法をかけていた聖女も息を吐きながら手を下ろしていた。
当初と違い、ここ数日は治癒をクリスが担当し結界を聖女が担っていた。魔力の少ない聖女では治癒魔法を何度もかけ続けることが出来ない。しかし小さめの結界魔法ならばまだ魔力の消費が少ないことから、クリスを治癒魔法に専念させるようにしたのだという。
聖女たちの工夫はそれだけではない。
野営地で休息に入る時、クリスが回復薬をみんなに配る。聖女はその回復薬に、癒しの祈りを重ねがけするようにしたのだ。
そうすれば、魔力の消費量を抑えても全員に回復魔法をかけたことと同じ効果になる。
繕い物や刺繍だってそうなのだ。小さな祝福でも毎日何度でも重ねていくことによって、効果が次第に現れてくる。
ボンヤリとした聖女だが、何も考えていないわけではないのだ。
こつこつと努力し続ける者は、やがて受け入れられるものだ。
ダリルは戸惑わなくなり、シンディとのおしゃべりは長くなり、ブラッドはちょっかいを出すことが多くなり、チェルシーは突っかからなくなった。ヒューゴですら無言のままだが聖女に料理を取り分けたりカップを渡したりようになった。
アルヴィンも不本意ながらも、気が付けば口調が柔らかくなっている。そんな彼らに、聖女は嬉しそうに笑う。
クリスは聖女を優しく見守っている。二人は時々目を合わせ、口には出さなくても通じ合うような様子を見せている。
アルヴィンは何故か胸の奥がもやもやしたが、パーティー全体の雰囲気が良くなっていることには満足するようにしていた。
一週間ほど経った朝食の時、聖女がニコニコしながら袋をメンバーの前に差し出した。
「今度はぁ、みなさんに幸運の編みぐるみをお渡しします~」
洗濯に失敗して縮んでしまったクリスのセーターをほどき、聖女は六体の編みぐるみを作り上げた。
毎晩ちまちまと作っていたのが、ようやく出来上がったのだ。魔王との対決の前に間に合って良かったと、聖女は内心胸をなでおろす。
材料提供者でもあるクリスの胸元には、すでに編みぐるみが揺れている。生真面目な顔をした神官の胸にぶら下がった編みぐるみという光景は、ちょっとおもしろい。
聖女にしてはてきぱきと素早く、全員に渡す。テンションが上がっているのか、聖女のいつも青白い頬がうっすら紅潮している。
手の中に納まる大きさのそれを見下ろし、アルヴィンは複雑な顔になる。
「……これは、何を模したものだ? 芋虫か? まさか魔物じゃねぇよな?」
「違いますぅ。神獣ドラゴン様でーす」
一瞬、全員固まった。
聖女だけがキラキラした眼差しで、メンバーの反応をうかがっている。
最初に我に返ったのはシンディだった。
「あ、発想が凄いね! ドラゴンを作ろうと思いつくなんて、さすが聖女様。ねっ!?」
シンディに振られたダリルは、コクコクと高速で頷く。
「神獣ドラゴン様は、我が国でも守護神として崇めています。有難いです!」
チェルシーは鼻の頭に皺を寄せ、批判的な眼差しを手元に向けている。
「でもちょっとダサすぎない? 編みぐるみっていうよりただのぐにゃぐにゃした――」
「いやー! こうしてわざわざ作ってくれるなんて、やっさしいなあ~聖女ちゃんは。な? ヒューゴ?」
ブラッドが慌ててチェルシーの言葉を遮り、ヒューゴに振る。そして「振る相手を間違えたぁぁぁ」と悶えている。
「…………」
ヒューゴは無言のままだったが、そっと親指を立てた。彼なりのフォローらしい。
そんな彼らの葛藤などまったく気にすることなく、クリスはキリッとした顔で聖女に言った。
「みんな聖女様の聖なる祝福に感動し、うち震えております。至高なる聖女様の誠実な御業、お見事でございます」
「え、それ本気?」
チェルシーが突っ込んだが、クリスは黙殺した。
「……なんかこっぱずかしいな」
じっと見つめていると、どうしてか頬が熱くなってくる気がして、アルヴィンは鞄の中に不細工な編みぐるみを突っ込もうとした。しかしその手は止まり、鞄のベルト部分に括り付けることにした。
顔を上げると、聖女と目が合った。
聖女は微笑み、そっと手を合わせて祈り出す。
「どうかみなさんに幸運が訪れますように……」
寒さはますます厳しくなり、針葉樹林はすがたを消して、ジュクジュクジャリジャリした半ば凍っている湿地帯へと変化した。
魔物との遭遇率も上がっている。
魔物は、どんな獣とも似ていない。どちらかといえば昆虫に似ているのかもしれない。
大きさはさまざまだが、大抵は腐った沼の底のような色をした、いやらしくも硬い甲羅で覆われている。そして太い何本もの脚をガシャガシャ動かしながら襲い掛かってくる。
「あーもうっ! 火炎が通りにくくなってきてる!」
炎の攻撃魔術を連発しながら、チェルシーが叫んだ。魔王に近づき、魔物の装甲が強くなってきているのだ。
シンディが特殊加工された矢を取り出した。
「チェルシー! わたしの鏃に火炎をちょうだい!」
「もうっ、頼んだわよ!」
チェルシーの魔術をまとった矢をシンディが射る。その精密射撃は、確実に魔物の関節を捉える。
いっそう暴れだした魔物の脚をダリルが大楯で殴りつける。
体勢を崩した魔物に、ブラッドが双剣を輝かせて斬りつけていく。魔物の脚が一本千切れ飛んだ。
ブラッドの反対側から、アルヴィンも大剣で襲い掛かる。もう一本脚を斬り落とす。
その勢いを殺さずに魔物の懐に飛び込み、顎の下の装甲が比較的薄い部分を力任せに貫いた。
『――――!』
キンッと鼓膜をつんざく金属音のような魔物の悲鳴。ひときわ大きく残った脚を動かし、凍った草をあたりに飛散させる。そしてそのまま動かなくなった。
「ひゅーっ、相変わらずやるねぇ。馬鹿力勇者様」
「うるせえ、ブラッド」
ブラッドが軽口を叩き、アルヴィンが応じる。いつもそうして、一行はホッと肩を下ろす。
後方で治癒魔法をかけ続けていたクリスと、クリスにだけ結界魔法をかけていた聖女も息を吐きながら手を下ろしていた。
当初と違い、ここ数日は治癒をクリスが担当し結界を聖女が担っていた。魔力の少ない聖女では治癒魔法を何度もかけ続けることが出来ない。しかし小さめの結界魔法ならばまだ魔力の消費が少ないことから、クリスを治癒魔法に専念させるようにしたのだという。
聖女たちの工夫はそれだけではない。
野営地で休息に入る時、クリスが回復薬をみんなに配る。聖女はその回復薬に、癒しの祈りを重ねがけするようにしたのだ。
そうすれば、魔力の消費量を抑えても全員に回復魔法をかけたことと同じ効果になる。
繕い物や刺繍だってそうなのだ。小さな祝福でも毎日何度でも重ねていくことによって、効果が次第に現れてくる。
ボンヤリとした聖女だが、何も考えていないわけではないのだ。
こつこつと努力し続ける者は、やがて受け入れられるものだ。
ダリルは戸惑わなくなり、シンディとのおしゃべりは長くなり、ブラッドはちょっかいを出すことが多くなり、チェルシーは突っかからなくなった。ヒューゴですら無言のままだが聖女に料理を取り分けたりカップを渡したりようになった。
アルヴィンも不本意ながらも、気が付けば口調が柔らかくなっている。そんな彼らに、聖女は嬉しそうに笑う。
クリスは聖女を優しく見守っている。二人は時々目を合わせ、口には出さなくても通じ合うような様子を見せている。
アルヴィンは何故か胸の奥がもやもやしたが、パーティー全体の雰囲気が良くなっていることには満足するようにしていた。
一週間ほど経った朝食の時、聖女がニコニコしながら袋をメンバーの前に差し出した。
「今度はぁ、みなさんに幸運の編みぐるみをお渡しします~」
洗濯に失敗して縮んでしまったクリスのセーターをほどき、聖女は六体の編みぐるみを作り上げた。
毎晩ちまちまと作っていたのが、ようやく出来上がったのだ。魔王との対決の前に間に合って良かったと、聖女は内心胸をなでおろす。
材料提供者でもあるクリスの胸元には、すでに編みぐるみが揺れている。生真面目な顔をした神官の胸にぶら下がった編みぐるみという光景は、ちょっとおもしろい。
聖女にしてはてきぱきと素早く、全員に渡す。テンションが上がっているのか、聖女のいつも青白い頬がうっすら紅潮している。
手の中に納まる大きさのそれを見下ろし、アルヴィンは複雑な顔になる。
「……これは、何を模したものだ? 芋虫か? まさか魔物じゃねぇよな?」
「違いますぅ。神獣ドラゴン様でーす」
一瞬、全員固まった。
聖女だけがキラキラした眼差しで、メンバーの反応をうかがっている。
最初に我に返ったのはシンディだった。
「あ、発想が凄いね! ドラゴンを作ろうと思いつくなんて、さすが聖女様。ねっ!?」
シンディに振られたダリルは、コクコクと高速で頷く。
「神獣ドラゴン様は、我が国でも守護神として崇めています。有難いです!」
チェルシーは鼻の頭に皺を寄せ、批判的な眼差しを手元に向けている。
「でもちょっとダサすぎない? 編みぐるみっていうよりただのぐにゃぐにゃした――」
「いやー! こうしてわざわざ作ってくれるなんて、やっさしいなあ~聖女ちゃんは。な? ヒューゴ?」
ブラッドが慌ててチェルシーの言葉を遮り、ヒューゴに振る。そして「振る相手を間違えたぁぁぁ」と悶えている。
「…………」
ヒューゴは無言のままだったが、そっと親指を立てた。彼なりのフォローらしい。
そんな彼らの葛藤などまったく気にすることなく、クリスはキリッとした顔で聖女に言った。
「みんな聖女様の聖なる祝福に感動し、うち震えております。至高なる聖女様の誠実な御業、お見事でございます」
「え、それ本気?」
チェルシーが突っ込んだが、クリスは黙殺した。
「……なんかこっぱずかしいな」
じっと見つめていると、どうしてか頬が熱くなってくる気がして、アルヴィンは鞄の中に不細工な編みぐるみを突っ込もうとした。しかしその手は止まり、鞄のベルト部分に括り付けることにした。
顔を上げると、聖女と目が合った。
聖女は微笑み、そっと手を合わせて祈り出す。
「どうかみなさんに幸運が訪れますように……」
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