春告竜と二度目の私

こもろう

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束の間、寄り添い

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 トレイの中のもの全て食べ終わったドラゴンは、そのまま外に飛び出していくのかと思っていた。
 怪我は軽くなかったが、ドラゴンは回復力も凄いと聞いたことがある。
 けれどドラゴンは、膨らんだお腹を抱えるようにして体を丸め、そのまま寝る体勢に入るではないか。

「図々しい子ね……」

 わたくしは呆れ、手元にあった毛布を丸まったドラゴンに投げた。腕の動きだけで投げたから届くか分からなかったけれど、上手くドラゴンの上に落ちて何よりだ。

 毛布から半分だけ顔が出た状態になったドラゴンは、目蓋を開けた。鬱陶しいのかと思ったら、そのままゴソゴソと潜り込む。
 やれやれ。私も寝よう。
 独房には灯りなどない。日が落ちれば、眠るしかない。
 目を閉じれば、ゴウゴウという風の音ばかりが耳につく。
 この子の親はどうしているだろう?
 ドラゴンは愛情深いという。きっと必死に探しているだろう。明日には迎えがくるかも知れない。

 私とは違って。

 ドラゴンが去って残された私は、家族の誰の面会もなく処刑されるのだろう。
 侯爵家にはちゃんと嫡男も他の娘もいるのだから、罪人となった者に会いにくることはない。絶縁だってしているのだし……

 ズリッズリッと、暗闇の中で音がする。

 何事かと思ったら、手に毛布の感触があった。
 ドキリとしたけれど、すぐにそれが毛布に包まったまま近づいてきたドラゴンだと気づいた。

「……どうしたの?」

 そっと腕を動かすと、腕と体の間に毛布の塊みたいになったドラゴンが潜り込んできた。

「あら貴方、温かいのね」

 ウロコがある生き物はもっと冷たいのかと思ったが、ドラゴンは私より体温が高いくらいだ。もっとも、私の体温が低すぎるのかも知れないけれど。

 この独房に入れられる直前、着ていたドレスは剥ぎ取られていた。今はペラペラの木綿の白い囚人服姿だ。
 夜風が容赦なく吹きすさぶ冷たい石造りの独房で、一つだけ確かな温かいもの。

 どうしてだろう。涙が出るのは。




 朝が来た。
 どうやら今日が処刑の日のようだ。
 どやどやと、大勢の人間たちがやってくる気配がする。
 私はいつの間にかドラゴンを毛布ごと抱き込んで眠っていたようだ。温もりが手放せなくて、抱いたまま起き上がる。
 ドラゴンは嫌がる素振りも見せず、おとなしく腕の中に収まっている。目は覚めていたようで、毛布の隙間からクリクリとした金色の目が覗いている。
 その目と目が合い、ついクスクスと笑ってしまった。

「貴方、睫毛が長いのね」

 知らなかったわ、ドラゴンに睫毛があるなんて。

 クルル……とドラゴンが喉を鳴らしている。
 その声、この体温。どうしてだろう。胸が痛い。こんな痛さ、私は知らない。
 ずっと、ずっとこうしていたい。

「でも、駄目ね」

 時間切れだ。
 ほら、処刑人が到着してしまった。
 あらやだ。全員顔を覆面で隠しているのね。とても不気味だわ。
 あんな恐ろしい人たちが鍵を開ける前に、この子を逃さなければ。

「さよなら」

 私はなるべくドラゴンを見せないようにと、毛布ごと窓に押し込む。

「おい、何をやっている!?」

「脱走か? 取り押さえろ!!」

 ちょっと、邪魔しないで!
 覆面の男たちが腕を捻り上げてくる。馬鹿! 今更逃げるわけないじゃない!

 毛布が広がる。中のドラゴンの姿が顕になってしまう。
 男たちからしたら、いきなり牢の中にドラゴンが現れたようなものだ。いくら小さくても、突然出てきた魔獣に、パニックが広がっていく。

「こいつ、魔獣を操って我らに抵抗しようとしているぞ!」

 男の一人が剣を抜いた。朝日が刀身に反射してギラギラ光った。

「やめなさい! この子はただ、ここにいただけよ!」

 剣を持つ男に体当たりする。そして腕にしがみついて、男の動きを封じてやる。

「このアマぁ……!!」

 剣の柄で殴られた。凄まじい衝撃に、一瞬意識が遠のいてしまった。

「ギュイイイイ!!!」

 早く、速く飛んで行け。
 そう願ったのに、ドラゴンは鋭く鳴いて、男たちに突っ込んでいく。まだ小さな翼を大きく広げ、矢のように一直線に。

「逃げなさい!!」

 噴き出た血が目に入って視界が覚束ないのが苛立たしい。私は何とか男の脚にしがみつく。

「私はどうなってもいいわ! この子は助けて!!」

 血を吐くように叫んだ。
 でも、ようやくクリアになった視界に映ったのは、ドラゴンの小さな体が剣に切り裂かれたところだった。

「ああああああ!!!」

 私のそれより熱い、ドラゴンの血が降り注ぐ。

「どうして!?」

 どうして戻ってきたの!?
 どうして逃げなかったの!?
 どうして剣を持つ敵に突っ込んでいったの!?

 男たちは、床に転がったままの私を何度も蹴りつけてくる。
 その度に吹き飛び、転がり、体のあちこちが折れる音がする。
 それでも私は腕を伸ばす。
 あの小さな温かな存在に向かって。
 ようやく手が届いたドラゴンの体は、ほとんど真っ二つだった。まだ薄いウロコは刃をはね返せなかったのだ。
 金色の瞳は、既に濁りはじめていた。

「ーーーーっ!」

 叫んだ。
 何を叫んだのか、自分でもよく分からない。
 声になっていたのかどうかも知らない。

 覆面の下の目を血走らせた男が、剣で私の喉を貫いたから。

 喉から口から血を迸らせながら、私は男の目の虹彩に気づいた。
 王家の紺碧。

ーーお前が、貴方が、殺したのか……!

 怒りと怨嗟が炎のように噴き出てくる。

 殿下……!

 そして私ことカサンドル・ブットヴィルは死んだのだった。







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