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序
天空牢に堕ち
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「カサンドル・ブットヴィル、いや罪人カサンドルは有罪。天空牢に収監の後、その窓より吊るされる絞首刑とする」
「いやっ! 嫌よ!! 私は侯爵家の息女よ!? 下賤な者のように吊るされるなんてっ! 許されないわ!!」
「貴女は……いや、お前は既に侯爵家から絶縁されている、ただの一罪人にすぎない」
「嘘よ!! 嘘、嘘!! このカサンドルは、ここノービリスで最も高貴な淑女の一人! 殿下、レオン様っ、嘘だとおっしゃって!!」
裁判官はものの道理が理解出来ない愚か者だ。話が通じないならば、奴の傍らに立つ王太子レオン・ド・ノービリス殿下に訴えるしかない。
被告人席として繋がれた椅子から身を乗り出し、私は声の限りに叫んだ。
私はレオン様の婚約者。幼き頃から殿下のためだけに生きてきた。今この瞬間だってそうだ。この私が、たかが男爵家の売女をわざわざ殺害しようとしたのだって、殿下のためだ。
それなのに、レオン様は汚物を見るような目を私に向けてくる。
「黙れ。傲慢で私欲に塗れた薄汚い犯罪者め」
レオン様の鋭い声が、私を鞭のように打つ。
「我が最愛のフランシーヌ嬢に危害をくわえようとした罪は、万死に値する。醜く騒ぎ立てるな、おぞましい」
「な……なんてことを……」
殿下のために。殿下を愛して、お支えするために、私は邪魔者を排除しようとしたのに、殿下はあの女を最愛とおっしゃるのか。
呆然と言葉を失う私に、殿下は吐き捨てる。
「侯爵家の人間だから少しは使えるかと思ったが……やはり魔力もないような出来損ないだったのだな」
魔力のない出来損ない。
それは私への呪いの言葉だ。
高位貴族の血筋なのに魔力がない私は、わずかでも隙を見せたらたちまち全ての立場を失う危うい存在。
聖なる神の恩恵から外れた呪いの女ではないのかと揶揄されたことも何度もある。
殿下はそれでもいいのだと私の手を取ってくれたはずなのに……
体の力が抜け、私は冷たい座面に崩れ落ちた。
殿下は衛兵たちに私を連れていけと命令し、ご自身はさっさとこの裁きの部屋から出ていった。
そうして私は、天空牢と呼ばれる城壁に設置された塔に収監された。
「大罪を犯した罪人であっても、聖なる神の慈悲は与えられます。さあ、そのその胸に秘めた罪の諸々を、この私に打ち明けてはいかがでしょう」
聴罪司祭が格子の向こうから話しかけてくる。
汚れた毛布が一枚あるだけの独房の中で、私はひっそりと笑う。
罪? 何が罪なの?
あんな下賤なあばずれ一人を排除しようとしたのが罪?
それとも……
殿下を愛したことが罪なのかしら?
でも私は殿下の婚約者であり臣下。愛することが罪なるのはおかしいわ。
懺悔どころか口も利かない私に呆れたのだろうか。聴罪司祭の姿もなくなっていた。
ふん。誰も彼も口ばかりの腰抜けね。
私は違う。実際に動いたわ。
でもその結果が、この有様。行動したことが罪なのかしら。
『少しは使えるかとーー』
殿下はそうおっしゃっていた。あのお方は何を期待していたのだろう?
ああ、でも。
今更知ったところで、意味はないのね。私は首を括られて死ぬのだから……
風が鳴る。
扉のない窓から、強い風が吹き込んでくる。
私がいるのは天空牢。名前の通り、塔の上階にある牢屋だ。
ただの穴である窓の上には、頑丈そうなフックが付いている。そこに縄を引っ掛けて、罪人を吊るすのだ。
私がそこに吊るされるのは、明日か明後日か。
死刑が確定しているのに、食事は出る。硬いパンと薄いスープだけだが、確かに食事と呼べるものだ。
最後の慈悲? 馬鹿馬鹿しい。高貴な私は食べないことを選ぶわ。
こんなものはネズミにでもくれてやろう。
しかし食べたのはネズミではなくて、突然窓から迷い込んできた小さなドラゴンだった。
高い知能と戦闘能力を持つドラゴンは、戦うには恐ろしい相手だ。
だけど気高いドラゴンは、こちらから手を出さない限り襲ってはこない。
窓からボテボテと転がり込んできたこの小さなドラゴンも、私を襲うどころか牢の中をキョロキョロ見回して、私の食事のトレイを見つけると「キュウ!」と喜びらしい鳴き声を上げた。
私は壁に背中を預けたまま、そんな闖入者をぼんやりと眺めていた。
おそらく、ほとんど生まれたばかりの幼体なのだろう。何しろ猫くらいの大きさしかないのだ。大人のドラゴンは人間を三人くらい背に乗せられるほど大きいことから考えると、驚くほどの小ささだ。
青く輝くウロコはまだ薄いうえに、所々剥げて血が出ている。頼りないサイズの翼の皮膜も、破れこそしていないが傷だらけ。
この強風に煽られたか何かして、親からはぐれてここに転がり込んだのだろう。
食べ物に気づいたからには、すぐに食いつくのかと思っていた。
けれどドラゴンは、トレイの前にペタリと座り込んだまま、何故か私の顔を見つめてくる。
……もしかして、許可待ち?
「……気にせず食べなさいな」
つい、声を掛けてしまって、自嘲する。
いくら知能が高いとは言っても、人間とは違う生き物なのだ。そうそう意思の疎通など出来るはずがない。だって人間同士ですらままならないではないか。
そんな鬱屈とした思いを抱えたまま小さなドラゴンを眺めていると、耳っぽいヒレをパッと立たせて「キュイ!」と鳴いた。そして短い前足を器用に使ってパンを掴み、ガツガツと食べ始める。さすがにスプーンは使えないようで、スープは直接深皿に口を突っ込んでいる。
「なかなか豪快な食べっぷりね。嫌いじゃないわ」
私は笑った。
自嘲以外の、久しぶりの笑いだった。
「いやっ! 嫌よ!! 私は侯爵家の息女よ!? 下賤な者のように吊るされるなんてっ! 許されないわ!!」
「貴女は……いや、お前は既に侯爵家から絶縁されている、ただの一罪人にすぎない」
「嘘よ!! 嘘、嘘!! このカサンドルは、ここノービリスで最も高貴な淑女の一人! 殿下、レオン様っ、嘘だとおっしゃって!!」
裁判官はものの道理が理解出来ない愚か者だ。話が通じないならば、奴の傍らに立つ王太子レオン・ド・ノービリス殿下に訴えるしかない。
被告人席として繋がれた椅子から身を乗り出し、私は声の限りに叫んだ。
私はレオン様の婚約者。幼き頃から殿下のためだけに生きてきた。今この瞬間だってそうだ。この私が、たかが男爵家の売女をわざわざ殺害しようとしたのだって、殿下のためだ。
それなのに、レオン様は汚物を見るような目を私に向けてくる。
「黙れ。傲慢で私欲に塗れた薄汚い犯罪者め」
レオン様の鋭い声が、私を鞭のように打つ。
「我が最愛のフランシーヌ嬢に危害をくわえようとした罪は、万死に値する。醜く騒ぎ立てるな、おぞましい」
「な……なんてことを……」
殿下のために。殿下を愛して、お支えするために、私は邪魔者を排除しようとしたのに、殿下はあの女を最愛とおっしゃるのか。
呆然と言葉を失う私に、殿下は吐き捨てる。
「侯爵家の人間だから少しは使えるかと思ったが……やはり魔力もないような出来損ないだったのだな」
魔力のない出来損ない。
それは私への呪いの言葉だ。
高位貴族の血筋なのに魔力がない私は、わずかでも隙を見せたらたちまち全ての立場を失う危うい存在。
聖なる神の恩恵から外れた呪いの女ではないのかと揶揄されたことも何度もある。
殿下はそれでもいいのだと私の手を取ってくれたはずなのに……
体の力が抜け、私は冷たい座面に崩れ落ちた。
殿下は衛兵たちに私を連れていけと命令し、ご自身はさっさとこの裁きの部屋から出ていった。
そうして私は、天空牢と呼ばれる城壁に設置された塔に収監された。
「大罪を犯した罪人であっても、聖なる神の慈悲は与えられます。さあ、そのその胸に秘めた罪の諸々を、この私に打ち明けてはいかがでしょう」
聴罪司祭が格子の向こうから話しかけてくる。
汚れた毛布が一枚あるだけの独房の中で、私はひっそりと笑う。
罪? 何が罪なの?
あんな下賤なあばずれ一人を排除しようとしたのが罪?
それとも……
殿下を愛したことが罪なのかしら?
でも私は殿下の婚約者であり臣下。愛することが罪なるのはおかしいわ。
懺悔どころか口も利かない私に呆れたのだろうか。聴罪司祭の姿もなくなっていた。
ふん。誰も彼も口ばかりの腰抜けね。
私は違う。実際に動いたわ。
でもその結果が、この有様。行動したことが罪なのかしら。
『少しは使えるかとーー』
殿下はそうおっしゃっていた。あのお方は何を期待していたのだろう?
ああ、でも。
今更知ったところで、意味はないのね。私は首を括られて死ぬのだから……
風が鳴る。
扉のない窓から、強い風が吹き込んでくる。
私がいるのは天空牢。名前の通り、塔の上階にある牢屋だ。
ただの穴である窓の上には、頑丈そうなフックが付いている。そこに縄を引っ掛けて、罪人を吊るすのだ。
私がそこに吊るされるのは、明日か明後日か。
死刑が確定しているのに、食事は出る。硬いパンと薄いスープだけだが、確かに食事と呼べるものだ。
最後の慈悲? 馬鹿馬鹿しい。高貴な私は食べないことを選ぶわ。
こんなものはネズミにでもくれてやろう。
しかし食べたのはネズミではなくて、突然窓から迷い込んできた小さなドラゴンだった。
高い知能と戦闘能力を持つドラゴンは、戦うには恐ろしい相手だ。
だけど気高いドラゴンは、こちらから手を出さない限り襲ってはこない。
窓からボテボテと転がり込んできたこの小さなドラゴンも、私を襲うどころか牢の中をキョロキョロ見回して、私の食事のトレイを見つけると「キュウ!」と喜びらしい鳴き声を上げた。
私は壁に背中を預けたまま、そんな闖入者をぼんやりと眺めていた。
おそらく、ほとんど生まれたばかりの幼体なのだろう。何しろ猫くらいの大きさしかないのだ。大人のドラゴンは人間を三人くらい背に乗せられるほど大きいことから考えると、驚くほどの小ささだ。
青く輝くウロコはまだ薄いうえに、所々剥げて血が出ている。頼りないサイズの翼の皮膜も、破れこそしていないが傷だらけ。
この強風に煽られたか何かして、親からはぐれてここに転がり込んだのだろう。
食べ物に気づいたからには、すぐに食いつくのかと思っていた。
けれどドラゴンは、トレイの前にペタリと座り込んだまま、何故か私の顔を見つめてくる。
……もしかして、許可待ち?
「……気にせず食べなさいな」
つい、声を掛けてしまって、自嘲する。
いくら知能が高いとは言っても、人間とは違う生き物なのだ。そうそう意思の疎通など出来るはずがない。だって人間同士ですらままならないではないか。
そんな鬱屈とした思いを抱えたまま小さなドラゴンを眺めていると、耳っぽいヒレをパッと立たせて「キュイ!」と鳴いた。そして短い前足を器用に使ってパンを掴み、ガツガツと食べ始める。さすがにスプーンは使えないようで、スープは直接深皿に口を突っ込んでいる。
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私は笑った。
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