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二度目の世界
幕間:予兆
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十年前の侵入騒動から、ドラゴンたちは眠ったように静かだ。
まるで冬眠しているかのように。そして眠りながら力を溜めているかのように。
ドラゴンの生態は動物のそれとは全く異なっている。
彼らのその巨体を維持するのに必要なものは、食物ではなく少量の水と膨大な魔力である。
だから金銀財宝を好む。貴金属や宝石は魔力を溜めやすいからだ。
そしてそれを巣に敷き詰め、卵を産む。卵は巣の材料となった貴金属などから魔力を吸収して、時ではなく魔力が満ちると孵化する。
ドラゴンは魔力と魔法の生き物。まさに魔獣だ。
シルワの民の少年キーリは、そう村の長老から教えられてきた。もちろん彼だけでなく村人たちは全員、長老から教えられている。
「きっと今は静かに魔力を蓄えているのだろうて。なにせ十年前の阿呆がなかなか狡猾な奴だったからの。竜たちも慌てっちまっていらぬ魔法を使い過ぎたのさ。可哀想なことをしたよ」
ドラゴンのことを村の食料庫に居着いている猫みたいに言う老婆。すっかり腰が曲がった彼女の年齢を知る者はもう村に誰もいない。
真っ白になった長い髪を無数の編み込みで飾り立てた長老は、最近になってドラゴンの話を聞きたがるキーリをからかいの眼差しで見ていた。
垂れ下がった目蓋の下から笑いの含んだ目を向けられて、キーリはむくれた。
「なんだよ? 俺がドラゴンに興味持っちゃいけねえのか?」
「いけなくはないねぇ。だが、あんまり熱心だからね。アタシとしても気になるところさ。また人間の恋人を連れてくる若者が出てくるかどうかってことをね」
かあああっと音を立てて、キーリは真っ赤になった。
やはり村人たちの想像通り、キーリは外の人間の女の子にぞっこんらしい。
シルワの民の家はいわゆるツリーハウスだ。身軽な彼らは村の木々に綱を渡して空中の道を作り上げている。だからほとんど地面に降りることのない村人さえいる。
でも長老は村の真ん中にある倒木の朽ちた幹にいつも座っている。長老の話を聞きたい村人は、そこに降りてくるのだ。
そしてキーリは最近よく降りてくる。
村人たちにも人気な菓子を作ってくれる男性を紹介したキーリは、その男性以上に彼の姪っ子という少女のことがお気に入りだと、村人は全員知っている。もちろん長老も知っている。
「あの娘っ子は不思議な子だねえ。外の人間はみんな嫌な臭いのする力を身に纏っているけど、あの子にはないよ。アタシらに近い血筋なのかも知れないねえ」
「そうなのか!? アンリさんの姪なのに?」
「細かいことは知らないよ。ただ、そんな感じがするだけさね」
「思わせぶりなこと言うなよ長老……」
「ふぇふぇふぇ……でもまあ、あの子が竜に興味があるってのは何かの運命なのかもねぇ」
竜の巣に泥棒が入ったのは十年前。その頃やけにドラゴンたちが浮足立っていたせいで、こそ泥が入り込む隙きが出来ていた。さもなければ、外の人間など聖地に近寄れもしなかったはずだ。あの頃はドラゴンたちも活発に動いていたのだから。
「運命ね……胡散臭ぇな」
キーリが馬鹿にしたような顔になったから、長老の双眸がギラリと剣呑な光を帯びた。
「知ったふうな口をきくな、チビチビめ」
「お、俺だって少しずつ背が伸びていらぁ!」
痛いところを的確に突き刺され、キーリは地団駄を踏んだ。
ふと、地面が揺れる。
「お? 俺の力?」
「そんな訳ないだろ。竜だよ!」
長老に一喝され、キーリは聖地の岩山を見上げる。
腹に響く恐ろしい音がした。まるで落雷のような、ドラゴンの咆哮が轟いた。
「竜が目覚めた!」
長老が目を剥く。
キーリには、何がなんだか意味がわからない。
「どうして今頃、急に目覚めたんだ……?」
まるで冬眠しているかのように。そして眠りながら力を溜めているかのように。
ドラゴンの生態は動物のそれとは全く異なっている。
彼らのその巨体を維持するのに必要なものは、食物ではなく少量の水と膨大な魔力である。
だから金銀財宝を好む。貴金属や宝石は魔力を溜めやすいからだ。
そしてそれを巣に敷き詰め、卵を産む。卵は巣の材料となった貴金属などから魔力を吸収して、時ではなく魔力が満ちると孵化する。
ドラゴンは魔力と魔法の生き物。まさに魔獣だ。
シルワの民の少年キーリは、そう村の長老から教えられてきた。もちろん彼だけでなく村人たちは全員、長老から教えられている。
「きっと今は静かに魔力を蓄えているのだろうて。なにせ十年前の阿呆がなかなか狡猾な奴だったからの。竜たちも慌てっちまっていらぬ魔法を使い過ぎたのさ。可哀想なことをしたよ」
ドラゴンのことを村の食料庫に居着いている猫みたいに言う老婆。すっかり腰が曲がった彼女の年齢を知る者はもう村に誰もいない。
真っ白になった長い髪を無数の編み込みで飾り立てた長老は、最近になってドラゴンの話を聞きたがるキーリをからかいの眼差しで見ていた。
垂れ下がった目蓋の下から笑いの含んだ目を向けられて、キーリはむくれた。
「なんだよ? 俺がドラゴンに興味持っちゃいけねえのか?」
「いけなくはないねぇ。だが、あんまり熱心だからね。アタシとしても気になるところさ。また人間の恋人を連れてくる若者が出てくるかどうかってことをね」
かあああっと音を立てて、キーリは真っ赤になった。
やはり村人たちの想像通り、キーリは外の人間の女の子にぞっこんらしい。
シルワの民の家はいわゆるツリーハウスだ。身軽な彼らは村の木々に綱を渡して空中の道を作り上げている。だからほとんど地面に降りることのない村人さえいる。
でも長老は村の真ん中にある倒木の朽ちた幹にいつも座っている。長老の話を聞きたい村人は、そこに降りてくるのだ。
そしてキーリは最近よく降りてくる。
村人たちにも人気な菓子を作ってくれる男性を紹介したキーリは、その男性以上に彼の姪っ子という少女のことがお気に入りだと、村人は全員知っている。もちろん長老も知っている。
「あの娘っ子は不思議な子だねえ。外の人間はみんな嫌な臭いのする力を身に纏っているけど、あの子にはないよ。アタシらに近い血筋なのかも知れないねえ」
「そうなのか!? アンリさんの姪なのに?」
「細かいことは知らないよ。ただ、そんな感じがするだけさね」
「思わせぶりなこと言うなよ長老……」
「ふぇふぇふぇ……でもまあ、あの子が竜に興味があるってのは何かの運命なのかもねぇ」
竜の巣に泥棒が入ったのは十年前。その頃やけにドラゴンたちが浮足立っていたせいで、こそ泥が入り込む隙きが出来ていた。さもなければ、外の人間など聖地に近寄れもしなかったはずだ。あの頃はドラゴンたちも活発に動いていたのだから。
「運命ね……胡散臭ぇな」
キーリが馬鹿にしたような顔になったから、長老の双眸がギラリと剣呑な光を帯びた。
「知ったふうな口をきくな、チビチビめ」
「お、俺だって少しずつ背が伸びていらぁ!」
痛いところを的確に突き刺され、キーリは地団駄を踏んだ。
ふと、地面が揺れる。
「お? 俺の力?」
「そんな訳ないだろ。竜だよ!」
長老に一喝され、キーリは聖地の岩山を見上げる。
腹に響く恐ろしい音がした。まるで落雷のような、ドラゴンの咆哮が轟いた。
「竜が目覚めた!」
長老が目を剥く。
キーリには、何がなんだか意味がわからない。
「どうして今頃、急に目覚めたんだ……?」
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