侘助。

ラムネ

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P.22

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 犬みたいに懐く可愛い若者に絆された自分をアホだアホだと思いつつ、嵌まりに嵌まった一ヶ月。俺は間違いなく幸せだった。たぶん一生分の幸せを貪り尽くしたんだと思う。

「あれ……弁当は?」
「無い。朝メシ作んのも今日が最後だ」
「…………」
「荷物は纏めて部屋の前に置いといてやる」
「…………」
「あと引っ越し先探せ。貸主都合だから諸費用は持つ」

 湊はじっと俺を見ていたけど、やがて静かに立ち上がってキッチンで洗い物を始めた。いつもは『後で俺がやるから置いとけ』って声を掛けるけど今朝は好きにさせた。

『結婚しない?日本だと養子縁組だけど』
『家族になろう?』

 昨夜の言葉は嘘じゃないのかも知れない。ギシギシ軋む関節や体じゅうに残された内出血が湊の本気度を物語っている気がする。だけど本気なら尚のこと悪い。
 湊と過ごす時間の心地良さに溺れ、勘違いさせた俺が一番悪いんだが。

 例えばこれが男と女の話なら、まあ無くもない話だったかもな。スピード婚とか交際◯日婚とかあるしな。
 同級生にも居たわ。付き合いたてに盛り上がった勢いで入籍したはいいけど直ぐに離婚だ別居だって騒いで。そら見た事かと思ったら子どもが出来たって、パパとママになってイチからやり直すって……出会ってから半年足らずのうちに人生の一大事を盛り盛りに盛り込んだヤツら。
 今でも何だかんだで連れ添って……何だかんだで幸せそうに、家族揃って自転車買いに来たりするヤツら。

 結局そうやってフツーの人生歩めてるヤツらが最強だって事くらい知ってる。
 俺には逆立ちしたって手に入れられない “フツー” でも、湊ならいくらでも修正が効く。今からだって手に入る。
 湊はまだまだ全っ然若い。
 俺のしょーもない人生の彩りになる必要はこれっぽっちもない。

 ─────……潮時ってマジであるんだよ。


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