神様のミスで女に転生したようです

結城はる

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103 フィリップに相談する

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─クリシス視点─

 私がこの孤児院の院長になってもう5年も経つ。
 20年もの間この孤児院で両親を失った子供達のお世話をしてきた。
 前任の院長と長年一緒にこの孤児院を経営してきたが、5年前に病で亡くなって悲しみに明け暮れたものだ。
 当時はなかなか立ち直れなかったが、私にはまだ幼い子供達がいた。
 そうだ。私がこの孤児院で働き始めたのは自分の子供が病で亡くなったことがきっかけだったな。
 私はこの子達を自分の子供と重ねてしまっている。
 だからこそ私がこの子達を守らないといけない。
 その想いから私は院長を引き継ぎ子供達の面倒を見てきた。

 前任の院長が亡くなって1年が経った頃だろうか。
 私の夫が行商の途中で盗賊に襲われて亡くなったという訃報が入った。
 さらに夫はかなりの借金があったらしい。
 元々は大きな商会長をしていたが、ライバル商会に顧客が流れてしまって儲けもなくなり、お金を借りていたみたいだ。
 毎日のように私の家には借金の取り立てが来るようになった。
 孤児院で働いている私には資産がほとんどない。

 どうして私がこんな目に遭うのだろう……。
 自分の運の無さを心底恨んだ。

 そんな時に机にあった孤児院の補助金が目に入った。
 いや、目に入ってしまった。
 この補助金を横領すれば借金を返せる……。
 借金を返せなければ、私が取り立て屋に何をされるかわからない。
 どこかの国に売られるかもしれない。
 こんな老いぼれでも奴隷として売られるかもしれない。
 私がいなくなればこの孤児院はどうなる?
 考えただけでも恐ろしい。

 しかしこの補助金は孤児院の子供達にためのお金だ。
 この補助金に手を出すわけには……。



 ……気がついたら、私は補助金に手を出していた。
 最初は借金を返済するためだ。少しだけなら大丈夫だ。
 そんなことから始めてしまった。
 子供達を守るためだと自分を正当化して補助金を少しずつ横領していき、借金の返済をしていった。

 3年くらいしてようやく返済も終わった。
 しかし、私は補助金の横領が止められなくなっていた。
 孤児院の子供達がどんどん見窄らしい格好になっていったが、長年この孤児院で真面目に働いていたのが功を制したのか、監査員なども来ることはなかった。

 返済も終わってやっとこの横領もやめられると思った。
 でも私の今までの人生で自分のためだけにお金を使ったことなどあっただろうか。
 何か高価な物を一度で良いから身に付けてみたい。

 子供達には補助金の支給が少なくなったと嘘をついて、自分のためだけに横領を繰り返した。
 罪悪感がありつつも、今まで頑張ってきた自分へのご褒美だと考えるようになった。
 もう自分が自分じゃなくなっているかのようだ。

 でもこれで欲しかった装飾品がやっと買える。
 これを買ったらもう補助金に手を出すのはやめよう。
 まともな院長として子供達の成長を見守っていきたい。

 そんな時に3人の冒険者がやってきた。
 どうもルークとシアンのことが気になって来たようだった。
 あの子達が孤児院の経営について話したのだろう。
 でもあの格好で冒険者ギルドに行っていたら、気になる冒険者もいるか。

 この冒険者に私が横領していることが露見してしまったら私はどうなる?
 捕らえられて罪人扱いだ。
 絶対にバレる訳にはいかない。
 孤児院の経営が厳しく苦労している院長を演じなければ……。



─ヒナタ視点─

 私は朝起きてすぐにフィリップのところに向かう。
 もしクリシスが横領をしているとしたら大問題だ。
 子供を守るべき院長が犯罪行為を横行しているなら罪を償わなくてはいけない。

 私は領主の屋敷に到着した。
 急な訪問にも関わらず、サーシャが急いで出迎えてくれた。

「ヒナタお姉ちゃん!」

 いつも通り抱きついてくるサーシャに先日のお礼を言う。

「サーシャちゃん、このイヤリングありがとうね」

 私は耳についているイヤリングを見せる。
 依頼を受ける以外は身に付けるようにしている。
 そして嬉しいことにサーシャもお揃いで付けてくれていた。

「いえ! 私もヒナタお姉ちゃんとお揃いのものが欲しかったので!」

 笑顔で言ってくれるサーシャはまるで天使だ。
 私もサーシャの誕生日が来たら何かプレゼントしてあげないとね。

「お父さんはいるかな?」
「お父様ですか? いつもの部屋にいると思いますけど……」

 私がフィリップに会いに来たことが分かって、サーシャが寂しそうな顔をしている。
 うっ。罪悪感が……。

「ごめんね。今日はお父さんに用事があって来たんだ」
「そうでしたか……。でしたら私が呼んできます!」

 サーシャはそう言ってフィリップの部屋に向かった。
 しばらく待っていると、サーシャからいつもの執務室に案内される。

「また何か急用でもあったかね」

 私って結構ここにくることが多いよね。
 もう親戚のおじさんみたいな感覚だよ。
 もしかしたら義理の父親になるなんてことも……。
 はい、あり得ませんね。ごめんなさい。

「ちょっとお聞きしたいことがありまして……」
「何かね?」
「孤児院の補助金についてなんですが……」

 フィリップが首を傾げた。
 なぜ私がそんなことを聞くのか不思議なのだろう。
 普通の冒険者が孤児院の補助金に興味を抱くわけがないからね。

「なぜ補助金についてなんだ?」
「それが、先日冒険者ギルドで孤児院の子がボロボロの衣服のまま依頼を受けていたんです」

 フィリップは落ち着いて私の話を聞いている。

「気になって話を聞いたら孤児院の経営が厳しくて働きに出ているって言っていたんです」
「何?」

 フィリップの表情が変わる。

「そこで私たちが孤児院に行ってみたら、外装も剥がれていて庭も荒れていて……。それに子供達も食事をあまり食べていないのか痩せ細っていたんです」
「それは本当か……?」

 一気に険しい表情になるフィリップ。

「はい。あとのことは私の推測ですが、院長先生が身に付けていたイヤリングがかなり高価なものだったと……。もしかしたら院長先生は補助金を横領しているのではないかと思って……」
「あそこの院長先生は先代当主の代から孤児院の経営を任せている人だ。そんなことをするとは思えないが……。でも調べる必要もあるか。情報提供感謝する」
「よろしくお願いします」

 そこからフィリップはすぐに執事のクロスに頼んで孤児院に向かわせた。
 私は用事も済んだので、マイホームに帰ろうとすると……。

「ヒナタお姉ちゃん一緒に遊びましょう!」

 サーシャからのお誘いだ。
 でもコハクも待っているからな……。
 でもサーシャともうちょっと一緒にいたい。

「なら私の家に来る?」
「はい!」

 ということで、私の家で遊ぶことになりました。



─クリシス視点─

 それは突然やってきた。

「クリシス殿、お話があります……」

 孤児院にやってきたのは領主様の執事クロスだった。
 先代当主様からブルガルド家に忠誠を誓っていて、ずっと領主様に仕えている執事だ。
 私は何度も会っている。
 毎月の補助金は私が領主様の屋敷に行って、クロスから手渡されている。
 その際に、前月の孤児院の経営状況の報告書も提出している。
 数え切れないほどの虚偽の報告書だったが……。

「クロス様、本日はどのようなご用件でしょうか?」

 私はクロスに尋ねる。
 クロスの後方には衛兵が5人いる。
 これは私の補助金横領が露見したか。
 それにしても何故……? 
 いや、そもそもこの孤児院の状況を見たらすぐに分かるだろう。
 報告書には子供達の衣服や孤児院の修繕費用などに補助金を使用していることも記載していた。
 それなのに現状はこの有様だ。
 クロスの表情がいつもより険しい。

「あなたに補助金横領の嫌疑がある」

 いつかはこの日が来ると分かっていた。
 一度甘い汁を吸ってしまったらどうなるのか。
 楽な道を選んでしまって、間違いを犯し続けてきた。

 人間は一度間違いを犯すと自分を見失ってしまう。
 これは犯罪だと分かっていても、楽な方法でお金が手に入るなら誰でも楽な方を選んでしまうだろう。
 その結果どれだけ周りに迷惑がかかってしまうのか。
 自分が今まで築き上げてきた周囲への信頼を、たった一度の裏切りで一気に失ってしまった。
 何十年もこの孤児院に尽くしてきたが、私はこの失った信頼を取り戻すことはできないだろう。

 本当に一瞬だ。
 私の積み上げてきたものが一瞬で崩れていく。
 もう私に帰る場所はないだろう。

「はい。最後に子供達に挨拶をしてもよろしいでしょうか」
「分かった」

 私は子供達の前に行く。
 この子達の顔を見るのは今日で最後だ。
 なぜ私はこの子達を裏切ってしまったのだろう。
 子供達の笑顔が大好きでここで働いていたはずなのに……。
 いつから自分の決意を忘れてしまったのか。
 自然と涙が出てくる。
 自業自得なんだ。私自身でこの子達を苦しめて笑顔を奪ってしまった。
 子供達が笑ってお庭で遊んでいたあの頃に戻れたらどんなにいいことだろう。
 過去に戻りたい気持ちでいっぱいだ。

 今後はこの子達は笑顔が耐えない幸せな毎日になる。
 しかし私はそこにいない。
 私が壊してしまったんだ。

「みなさん。申し訳ありません。私のせいで苦しめてしまって……。今後あなた達に幸せな日々が来ることを心よりお祈りいたします」

 私は涙ながらに伝えた。
 子供達は不思議そうな顔で私を見ている。

「院長先生どうしたの?」
「なんで泣いているの?」

 私は衛兵に連行される。
 私がここにいる資格はもうない。
 私にできることは潔く罪を認めて償うことしかない。

 連行されていく私を心配して子供達が声をかけてくれるが、私は応じない。
 その資格もないからだ。
 
 この先の子供達の幸せを願って私は孤児院を出ていく。
 振り返って改めて孤児院を見ると廃れている。
 いつからこんな廃れてしまった?

 初めてこの孤児院に来たときはとても綺麗な孤児院だった。
 庭で遊んでいた子供達は笑顔で駆け回っていた。
 この場所で私は自分の子供とこの子達を照らし合わせたはずだ。

 親を亡くして不幸なはずなのに健気に頑張っている子供達。
 その子達を心から守っていきたいと……。
 あの頃の記憶が鮮明に思い出されていく。

 私は啜り泣きながら孤児院を後にした……。
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