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114 カレンが帰ってこない
しおりを挟む私は王都までの道のりで疲れていたため、カレンが出て行った後すぐに眠ってしまった。
気持ちよく眠っていたが、身体を揺らされて目が覚める。
「ヒナタさん!」
目を開けるとシャルが涙目で声を掛けていた。
あれ。もう夕方か。
そろそろカレンも帰ってきたのかな……。
「……どうしたのシャル?」
「カレンがまだ帰って来ないんです!」
え……?
カレンは昼時に出て行ったはずだ。
そして今は日も傾き夕刻に近い。
それなのにまだ帰ってきていない?
「普通ならもう帰ってきても良い頃だよね……」
「そうなんです! カレンに何かあったのかも!」
シャルがかなり慌てている。
確かに慌てるのは分かる。
やっぱり怪しい商会だったから付いて行くべきだったか……。
でも今更後悔しても遅い。
カレンがどうなったのか分からないが、すぐに商会に行くべきだろう。
「カレンが行った商会ってどこ……?」
「えっと、カレンのお父さんが確か……そう、エラトマ! そうですエラトマ商会って言っていました!」
「ならすぐにそこに向かおう」
商会の名前が分かればすぐに辿り着くだろう。
早くカレンの下に行かないと!
「でも、私……エラトマ商会の場所が……分からないんです」
シャルが分からない商会ということか。
この王都で3年過ごしたのに分からないということは、まだ立ち上げて新しい商会ってことなのかな。
「なら、カーネルさんに聞いてみよう。この街の住民なら場所が分かるかもしれないよ」
「そ、そうですね!」
「ママどこに行くの……?」
あ、コハクを忘れていた。
私と一緒に眠っていたけど、私達が騒ぐから目を覚ましたようだ。
しかし、コハクを危険な場所に連れて行くわけにはいかないよね。
「コハクよく聞いて。ちょっとママ達は用事ができたから、コハク1人でお留守番できる?」
「え、1人で……?」
「そう。コハクは偉いから1人でも大丈夫だよ。ママの自慢の娘なんだから!」
「……うん。寂しいけどコハク1人でお留守番する!」
コハクは偉いね。よしよし。
頭を撫でるとコハクは笑顔になる。
「コハクちゃん、すぐに帰ってきますからね」
「うん!」
シャルもコハクに声を掛けて頭を撫でた。
「知らない人が来たら絶対に扉を開けちゃダメだよ?」
「うん!」
「ママ達が帰って来るまで大人しくできる?」
「できるもん!」
よし。コハクは大丈夫だ。
これなら私も安心してカレンの下に行ける。
さっきまでコハクのことを忘れていたけど。
いや、カレンが帰ってきていないことに動揺しただけだよ。
うん。そういうことにしよう。
「シャル行くよ!」
「はい!」
私とシャルはすぐに宿の1階に降りてカーネルにエラトマ商会の場所を聞く。
運よくカーネルはエラトマ商会を知っていた。
どうもカーネルは一度だけ装飾品を買いに行ったことがあるみたいだ。
とにかくすぐに情報が得られて助かった。
何もないとは思うが、一応カーネルにコハクが宿でお留守番していることを伝えた。
そして私達はすぐに宿を出発した。
外は既に日も落ちて辺りが暗くなっている。
住民も蝋台に蝋燭を立て、明かりを確保している。
街灯なんて便利なものがないから、夜の過ごし方はこのようなものだ。
私達も蝋燭に火を灯してエラトマ商会に向かった。
教えられた場所はここからさほど遠くはない。
すぐに辿り着けるだろう。
カレン、どうか無事でいて……。
─カレン視点─
あたしは目を覚ます。
最後の記憶は確か、エラトマ商会に借金を返して帰る時だ。
扉を開けようとしたところで、何者かに殴られた。
「ここは……」
辺りを見渡す。
とても薄暗い場所で、地面は石造りになっている。
なんか牢屋みたいな場所だ。
そしてあたしは手を拘束されて鎖で天井に吊るされている。
足は地面に届くが、足枷が付けられているため身動きは全くできない。
服は……大丈夫だ。
脱がされていないようだ。
エラトマ商会に来た時と同じ服装をしている。
でも装備は外されている。
あたしの剣はどこにいった……。
しかし、一体何が……。
何故あたしは拘束されている?
借金は全額返済したはずだ。
気絶させられて拘束され、さらにはこんな牢屋のような場所に囚われる理由はないはずだ。
意識が朦朧としながらも考えてみるが全く検討がつかない。
あたしが困惑していると、目の前に1人の男がやってきた。
「目を覚ましたようだな……カレン」
あたしを知っている?
でも暗いせいか顔がよく見えない。
一体誰がこんな真似を……。
「俺のことを忘れてしまったか? 俺はカレンのことを忘れたことはなかったのだがな……」
男があたしに近づいてくる。
近づいてくる男の顔を確認しようと目を凝らす。
「お前は……ニア……」
「なんだ。覚えているじゃないか」
ニア・ガーネスト。
2年前にあたしに妾になれって言い寄ってきた貴族。
そしてあたしがベルフェストを出て行くことになった元凶。
「なんでお前が……」
「苦労させられたよ。カレンを捕らえるのは」
「最初からあたしが目的だったってことか」
「最初から? さて、どこからの話だ?」
ニアが揶揄うような顔であたしを見ている。
こいつは何を言っている?
最初からだから、父さんの借金のことに決まっている。
他に何がある。
「父さんを騙して金を貸したことに決まっている」
「ふふふ……。そうか、そこが最初だと思っているのか」
どういうことだ?
あたしが知っているのは父さんへの金貸しのことだけだ。
他のことは知らない。
「さっき言っただろう。苦労したと……。本当に使えない連中ばかりでカレン1人捕まえられやしねぇ」
あたしは黙り込む。
そして考える。
他にも何か、あたしを捕らえるために画策していたということか……?
「分からないみたいだな。なら説明してやろう」
ニアは近くにあった椅子を手に取り、あたしの目の前に置いて足を組んで座った。
「カレンはサンドラス王国のウルレインという街で活動していたな」
ニアが語り始める。
あたしは黙って聞いている。
「カレンがベルフェストを出てからどこにいるか調べさせたんだ。そしたらウルレインで冒険者をしているという情報を手に入れた」
ニアはあたしがウルレインで活動していることまで調べていたのか。
そこまでしてあたしに執着していたのか。
気持ち悪い。
「……そこで俺は、カレンを捕らえるために裏稼業の連中をウルレインに送り込んだ」
は?
ウルレインで裏稼業の奴がいる……。
思い当たることはある。
今から1年くらい前に。
ヒナタがウルレインに来る少し前くらいか。
ということは……。
「……奴隷売買組織か」
「正解だ。俺はカレンを捕らえる目的でとある組織を派遣した」
確かにウルレインでは一時期、人攫いが横行している事件があった。
結局、騎士団でアジトを突き止めて殲滅したと聞いていたが。
ウルレインの住民を攫った黒幕はこいつだったのか……。
「それなのに連中はカレンを捕まえる目的の他に、金欲しさで住民まで攫ってベルフェストに送り込んできやがった。本当に欲深い連中だよ」
ニアが笑いながら言う。
目的はあたしを捕らえるための組織だったのに、結果的には住民が犠牲になったってことか……。
あたしのせいで……。
あたしがウルレインに行ったから……。
「でも気が付くと攫った住民が送られて来なくなった。ってことは連中がヘマして捕まったってこったな。昏睡スキルを持った奴は貴重だったのに本当に使えない連中だ」
確かにその通りだ。
奴隷売買組織は殲滅させられた。
「だから俺は考えた。ベルフェストの貴族である俺が他国に不当に干渉するわけにはいかないからな」
「……それで父さんを騙したのか」
「そういうことだ。ちょうどカレンの父親が娘の学費で困っている情報を得られてな。このエラトマ商会は表向きは普通の商会だが、本来は俺が融資して急遽創設した奴隷売買を目的とした商会だ」
だからあたしが知らない商会だったのか。
こいつがあたしを捕らえるためなのか、金稼ぎを目的としたのか分からないが、商会の裏にはニアが関わっていたと……。
「元々金を貸すなんて仕事はしていなかったが、カレンの父親だけ特別に契約して、契約書を後から偽造した。そして到底返せないだろう額を吹っ掛けて、妹を奴隷にすると脅した。そしたらどうだろう? 父親は泣いて縋ってきたらしいぞ。笑えるよな」
「……父さんを笑うな」
こいつはもう人じゃない。
あたしの大好きな父さんを、家族を、なんだと思ってやがる。
「だから商会長を経由して父親に助言をした。娘はBランク冒険者で金を稼いでいるんだから娘に返して貰えばいい。ってな」
父さんが私に助けを求めたのはこいつが原因か。
普段の父さんならあたしに頼み事なんてしない。
ましてや金のことなんか。
「そしてカレンは俺の思惑通りにベルフェストにやってきた。俺はカレンが国境検問所を通過したことを知ってから、お前の父親に商会長名義で手紙を送った。王都の商会に来て直接返済しろってな」
国境検問所?
……そういえば、あの時の騎士があたしの名前を確認していた。
あいつもニアの手先なのか。
「でもそれだと、父さんが返済に来るかもしれないだろ」
「その可能性もあったが、結局カレンたちは王都に帰ってくるだろう。だとしたら父親と一緒に返済に来ると予想した」
確かに父さんも付いて来ていたら、あたしも心配で一緒に商会に来ていただろう。
「父さんが来ていたらどうしたんだ」
「そんなの口封じで殺すに決まっているだろ」
あっさり言った。
こいつはあたしを捕らえるだけに何人の人を犠牲にしているんだ。
人をなんだと思っているんだ。
あまりの怒りに頭に血が上る。
「でも、王都まで来る途中で父親が一緒じゃない情報も入っていたからそんなに怒るな。よかったな、父親が一緒に行くって言わなくてよ」
もしかしてこいつはあたし達がベルフェストに入国した時からずっと監視でもしていたのか?
どこまで緻密に計画していたんだ。
そして急にニアが立ち上がった。
あたしに近づいてきて、あたしの頬を撫でる。
「さて、カレン。お前はどうしたい?」
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