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119 シャーロットの過去②
しおりを挟むそんな日常が2年続いて、私が10歳の頃にお母さんが倒れた。
私がいつも通り畑でお仕事をしていると、マルダさんが私の家に知らせに来てくれた。
「シャーロットちゃん! お母さんが……」
話を聞いて、私は急いでお母さんの所に向かった。
倒れたお母さんは村に唯一ある治療所で寝ているそうだ。
「お母さん!」
私は勢いよく扉を開けた。
目の前にはお母さんが布団に仰向けで眠っていた。
「シャーロットちゃんか……。お母さんはちょっと疲れが溜まっていたみたいでね。薬を飲ませたから、少し休めば大丈夫だよ」
若い頃に薬師として働いており、現在ではこの村で治療所を1人で経営しているクルストさん。
よかった……。クルストさんが言うからにはお母さんは無事みたいだ。
もしお母さんが死んじゃったらと思うと……。
この年になると、私も死というものが分かっている。
お父さんが魔物に襲われて死んでしまったことも、お母さんが無理をして働いていたことも。
だから私も何か出来ないかと思って、お母さんが仕事に行っている間は家の家事は私がするようになった。
前と違ってお母さんにもしっかり食事を摂ってもらった。
食べないとお母さんがどんどん衰弱していったから。
あまり料理は上手じゃないけど、お母さんは笑顔で食べてくれた。
私もお母さんのために頑張りたかった。
……それなのに、お母さんは倒れてしまった。
「お母さん……」
私は布団で眠っているお母さんの手を握った。
久しぶりにお母さんの手を握った気がする。
昔と違って、手がゴツゴツしている。
こんなに痩せ細っていたんだ。
なんで私は気が付かなかったんだろう。
お母さんはもう何年も前から無理をしすぎている。
そろそろゆっくり休んで。
もう私も子供じゃないんだから。
「シャーロットちゃんの家は大変だろ? 今回の薬代はいらないから、お母さんに無理をしないように言っておいてくれ」
「……はい。クルストさんありがとうございます」
私はその日、お母さんのそばにずっといた。
そして夜になってお母さんが目を覚ました。
「お母さん!」
「……シャル?」
お母さんが私に顔を向ける。
まだ起きたばかりで目が半開きだ。
「心配掛けたわね……」
「本当だよ……。私、お母さんに何かあったらと思うと……」
私は泣きながらお母さんに言った。
するとお母さんは私の頭を撫でてくれた。
「ごめんね……」
「約束して。もう無理はしないって……」
「そうね……。約束するわ」
その日からお母さんは私との約束を守ってくれていた。
ほとんどの日を家で過ごして、無理をさせないようにベッドで寝かせていた。
家事と畑作業は私がやって、お母さんは週に2回だけマルダさんの所でお仕事に行くようになった。
さらにはカレンのお母さんも私達家族を心配して家に来るようになった。
「すいません。いつも……」
「いえ、困ったときはお互い様ですから」
カレンのお母さんはよくお肉と野菜を持ってきてくれる。
カレンは私のお母さんが元気になるようにお花を摘んできてくれていた。
お母さんが倒れてからは、今まで以上にカレンの家も気に掛けてくれるようになった。
すごく嬉しかった。
あの時カレンが声を掛けてくれなかったら、私もお母さんも、もっと苦労をしていただろう。
そんなカレンには本当に感謝している。
それから1年が経ってお母さんもすごく元気になった。
昔みたいに体型も戻って、生き生きしているのが感じられた。
カレンの家族には感謝してもしきれない。
私達家族の命の恩人だ。
そしてお母さんも元気になって仕事をいつも通り再開するようになった。
そんなある日、村に事件が起こった。
その時はお母さんがマルダさんの旦那さんと一緒に近くの村に買い出しに行っていた時のことだ。
私も詳しいことは分からなかったけど、必要な材料が足りなくて買い出しに行きたいけど、マルダさんがどうしても行けないということから、お母さんが代わりに行くことになった。
つまりお母さんが数日は家を空けるということだ。
こんな日は初めてだ。
私はお母さんがいなくて寂しいと思っていたが、カレンが心配して遊びにきてくれていた。
私はカレンのおかげで寂しさも和らいだ。
そしてその日の夜、私が眠っていると外が騒がしくなった。
外から何か叫び声まで聞こえてきている。
只事ではないと思い、窓から外を覗いた。
「えっ……」
窓から見えたのは、小さい人型の……魔物?
全身が緑色で石で作った武器を持っていた。
そしてその魔物は私の家の周囲にいた。
これじゃ逃げられない。
どうしよう……。
どうしてこんな時にお母さんがいないの?
でも村の男性達が鍬や斧を持って魔物と戦っているのも見える。
魔物は大勢いる。
男性達は怪我をしながらも何とか立ち向かっていた。
助けを呼びたい。
なのに怖くて声が出ない。
怖くて足が動かない。
家を出て逃げる勇気がない。
どうすればいいの……?。
そう思っていると、私の家に魔物が近づいて来ているのが窓から見えた。
そして魔物が持っていた武器で扉を叩きだした。
「ひっ……」
私は怖くて家の隅へと逃げる。
誰も助けに来てくれない。
魔物は扉を武器で壊し始めた。
何度も何度も扉を叩いている。
私は怖くて耳を塞ぐ。
怖い怖い。
足が動かない。
外で戦っている男性も私がここにいることは分かっていない。
というより、目の前の魔物に夢中で私の家の方は見ていないと思う。
もしかしたら私以外の村民は全員避難しているのかもしれない。
……つまり助けが来ることはない。
そしてついに扉が壊され、魔物が1体家の中へと入ってきた。
魔物は家の中を物色するように、家具を壊していった。
私は怖くて声も出せないまま、その場で目を瞑り、耳を塞ぎ、しゃがみ込んでいた。
私はここで死ぬの?
まだお母さんとカレンと一緒にいたい。
神様、私が何か悪いことした?
私は今まで頑張ってきたのにまだ足りませんか?
前と違ってお母さんが元気になって、笑顔が増えてきて楽しい日々が続いていたのに。
カレンという最愛の友達もできて、これからもっと楽しい人生になると思っていたのに。
私はこんな所で死にたくない。
誰か、助けに来て……!
「ゴギャ!」
突然、鈍器で叩いたような鈍い音がした。
魔物が私に近づいてきていた足音が消え混乱したが、私は恐る恐る目を開けた。
すると目の前には魔物が頭から緑色の血を流して倒れていた。
……え、何が起こったの?
「シャル!」
目の前には、片手に石を持って汗だくになったカレンの姿があった。
「カ、カレン……?」
まるで夢のようだった。
月明かりで照らされた、カレンの長く綺麗な赤髪が神々しく見えた。
私の救世主。
「心配したぞ! 早く逃げよう! 村のみんな逃げてるぞ!」
カレンはそう言って私の手を引っ張った。
カレンに連れられて、一緒になって走る。
さっきまで足が動かなかったのに、何故今は動くのだろう。
こんな私に勇気を与えてくれるカレンは不思議な力を持っているのかもしれない。
いつかこの恩を返すことが出来るのだろうか……。
ふと、そんなことを考えてしまった。
その後はカレンに連れられて、村の外れにあった食糧庫に入った。
食糧庫は地面を掘って作った洞窟のようなもので、出入り口は頑丈な扉になっている。
中には避難してきた女性や子供がたくさんいた。
「シャルちゃん、無事でよかったわ……」
カレンのお母さんが私を抱き締めてくれた。
よかった。カレンのお母さんも無事で。
「カレンがね、シャルちゃんがいないって言って、急に出て行っちゃったから心配したのよ」
「仕方ないだろ!」
「少しはお母さんのことも考えてよね。全く……」
カレンのお母さんは肩を落として呆れている。
どうやらカレンは勝手に私を助けにきてくれたようだ。
でもそのおかげで私は無事にここにいる。
私のせいでカレンの家族にも迷惑を掛けてしまった。
「私のせいで……ごめんなさい」
「ううん。シャルちゃんを責めているわけじゃないから安心して」
「でもシャルが無事でよかったよ!」
カレンが私に向かって笑顔を向けてくれた。
だから私も笑顔で返す。
「うん。カレン、助けてくれてありがとう」
「気にするな!」
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