127 / 139
127 コハクに会いたい
しおりを挟む私は今、身体強化でお世話になっていた宿へと全速力で向かっている。
私の速度もさることながら顔も恐ろしいのだろう、住民が慄くように道を開けてくれる。
……何故そんな状況になっているかって?
理由としては、私とカレンは拳と拳で友情を確かめ合った後、すぐに衛兵所に行きエラトマ商会で起こった顛末を報告した。
ニアとの騒動前にお尋ね者を捕えていたことから、私の話をすんなり聞き入れてくれて衛兵達と共に事件現場へと向かうことになった。
エラトマ商会に到着してからは、事件の詳細と商会長室にある奴隷売買の契約書類等、地下牢の存在を証明して、色々と当時の状況を詳細に説明した。
もちろん、ウルレインに関する証拠書類とシャルのことについては全て私の無限収納に収納して証拠隠滅しているため、カレンと口裏を合わせて触れないようにした。
夜が遅いにも関わらず、途中から王国騎士団も複数名到着して、カレンの友達のルカスもエラトマ商会へとやってきた。
そして衛兵と同様に現場検証をした後、無事にニアとその他諸々の共犯者も連行されていった。
その際にルカスが「シャーロットはいないのか?」って聞かれたときは、カレンがかなり焦っていたが、私が機転を利かせて「シャルならもうすでに宿に戻っていると思いますけど……?」と首を傾げながらつぶらな瞳でルカスに向かって上目遣いで言ってみた。正直かなり恥ずかしかったが、女の武器を使って余計な詮索をされないように誤魔化した。目線を外して少しだけ照れていたルカスが可愛かったが、私の努力の甲斐あってかルカスもその後、深くは追求してこなかった。
……とまぁ、こんな感じで衛兵と騎士団からも事情聴取をされ続けて夜が明けるまで足止めを食らっていたわけだ。
正直、早く宿に帰ってコハクを抱きしめて癒されたいという思いを感じていると、ふと、ルカスから衝撃の話をされたのだ。
その内容は、私達が泊まっていた宿から今回の一味とも思われる暗殺者が捕縛されたとのことだ。話を聞くと標的はコハクだったようで、騎士団が事情聴取のためにコハクを訪ねて話を聞こうとしたが、コハクは「ママとの約束は破ってないもん!」と供述し続けたらしい。
騎士団としても、まだ見た目が5歳くらいのコハクが暗殺者を倒したとは思えないらしくて「第三者がコハクを助けたのでは……?」みたいな感じになり、その第三者からも情報を聴取するために、捜索に躍起になりそうだとルカスが言っていた。
こんな話を聞いてからの私はカレンやルカスを完全に無視して宿へと向かったのだ。
これが今、私が宿へと向かっている理由。
ルカスに話を聞くとコハクは無事みたいだけど、まさか私とシャルを殺そうとしてきた奴以外にコハクにも暗殺者が向けられるとは……。
宿なら安心と思ってコハク1人を置いてきたが、こんなことになるなんて……母親失格だ。
コハクが少しでも怪我をしていたら、あの豚を殺してやる!
子供相手に暗殺者を仕向けるなど万死に値する!
私が唯一感情的になるのはコハクに関することだけだ。それ以外のことであれば、多少理性を失おうとも平静を保つことができる。
世界一可愛いくて大切な自分の娘を心配しない親などいないのだ。早くコハクを抱きしめて頭を撫でてあげたい。
そんなことを考えながら街中を走り続け、ようやく宿へと到着した。
そして勢いよく宿の扉を開けてコハクの名前を叫びながら、私達が泊まっていた部屋へと向かうために階段へと足を向けた。
「いでっ!」
階段に差し掛かろうとしたところで、私の髪が引っ張られた。その勢いで私は後方へと倒れ込んだが、見上げると宿屋のカーネルさんが鬼の形相で私を睨みつけていた。
「ひっ……」
「あんた今までどこをほっつき歩いてたんだい! コハクちゃんが変な奴に襲われて大変だったんだからね! それにこんな時間に帰ってくるなんて、親としての自覚はないのかい!?」
ごもっともです……。
本当はこんなに遅くなるなんて思わなかったんです。
まさかコハクに暗殺者が仕向けられるなんて思わなかったんです。
色々理由があるが、親としての自覚を問われれば何も言えない……。
カーネルさんは私達の事情を知らないんだから、素直に謝罪して怒られておこう。
「ご、ごめんなさい……。ちょっとタチの悪い貴族にカレンが巻き込まれて助けに行ったんですけど、コハクまで巻き込みたくなくてお留守番を任せたんです……。それで何とか騒動は収集したんですが、さっきまで騎士団の人に事情聴取をされていて……」
「……はあ。事情があったならしょうがないけどね。あんな小さな女の子1人で一晩過ごしたんだから、母親ならちゃんと傍に居てあげな」
「はい……。今後はこのようなことがないように母親としての自覚を持っていきたいと思います」
私は頭を下げて、カーネルさんに謝罪した。
カーネルさんも鬼の形相だった顔から笑顔に変わって、私の背中を押してくれた。
私はお礼を言って、すぐにコハクの元へと向かった。
どうやら暗殺者の襲撃により、私達の部屋の扉が壊されたとのことで別部屋へと移動されたみたいだ。
そして、コハクがいる部屋の前へと辿り着いた。
「コハク!」
私は勢いよく部屋の扉を開けて、コハクの名前を叫んだ。
しかし返事はない。私はベッドの方に顔を覗かせると、コハクが1人でスヤスヤと眠っていた。
……よかった。どこか怪我をしたように見えない。
私はベッドに腰を掛けて、コハクの頬を撫でる。
コハクの顔を見ると申し訳ない気持ちになる。宿なら安心だと勝手に思い込んで、コハクを1人残したことで結果的に危険に晒してしまった。
コハクが暗殺者を倒したのは明確だけど、やっぱり1人で心苦しかっただろう。私が帰ってこないから中々寝付けなかったんじゃないかと思うと、私の浅はかな判断からコハクに寂しい思いをさせてしまった。
本当にごめんね……、という思いから、私はコハクの頭を撫でているとコハクの目がゆっくりと開いた。
「……ん、ママ?」
「うん。ママだよ。ごめんねコハク、寂しかったよね?」
「ううん。大丈夫だよ。コハクね、ママとの約束破らなかったからね!」
そういえばルカスも言っていたけど、約束ってなんのこと?
大人しくしているようには言っていたけど、それにしてはコハクが凄く強調しているような気がする。
でもコハクに「約束ってなんだっけ?」って聞いたらコハクがどんな反応をするか想像がつく。
だから聞かないほうがいいかな。何よりコハクが無事だったことを喜ぶべきなんだから。
「うん、偉いねコハク。ママとの約束を守ってくれてありがとう」
「えへへ。コハクはママの自慢の娘だもん。これくらい平気だよ!」
そう言えば、コハクにそんなことを言ったな。私の真似して言ったのか。
私が笑顔でコハクの頭を撫でていると、コハクが抱きついてきた。
「ママ、お帰りなさい!」
「……うん。ただいま、コハク」
私はコハクのことを抱きしめながら答えた。
その後は、コハクが1人の時にどんなことがあったのか話してくれた。
私達がいなくなった後、寂しくなってベッドで眠っていたら、知らないおじさんが部屋へと侵入していることに気がついたらしい。
その時に私との約束を破ったかもしれないと思ったけど、コハクは扉を開けていないから約束は守ったと主張してきた。だから私は「そうだね、約束は破ってないね」と笑顔で返答した。
その後は、知らないおじさんが唐突にナイフを出してきたそうだ。その発言を聞いたときはゾッとしたが、コハクの「あのおじさんがお料理をしてくれると思った」という斜め上の発想により唖然とした。どうやったらそんな発想になるのか不思議だが、コハクにとっては敵意を感じるようには見えなかったみたいでコハクの鈍感さには驚きを隠せない。
更には、そのおじさんがコハクに向かってナイフを突き出してきたことで、コハクは私との約束である「ナイフを人に向けたらダメだからね?」という、以前に母娘仲良く料理をしている時に何気なく発した私の言葉を覚えていたようで、おじさんを注意するためにお腹を軽く殴ったら、気絶させてしまったようで謝りたいとのことだ。
そこからは大きな音を聞きつけたカーネルさんがやってきて、そのおじさんは鎧を着た人達に連れて行かれたとのこと……。
というわけでコハクと私との約束の内容を知ることができた。
コハクは思ったより私との会話をしっかりと覚えているようで感心する。
でもコハクの楽観的な思想は少し危険な気が……。今回は相手が1人だったから大丈夫だったもののこれからはどうなるか分からない。
でも私としては、コハクには今回みたいに人との争いには巻き込みたくないな。
うーん、自由奔放なコハクをどうやって教育するべきか……。
「コハク、偉いでしょ?」
コハクが両手を腰に当て、更にはドヤ顔で私に言ってきた。
「……うん。ママの自慢の娘だよ」
……うん。今日もコハクは可愛いな。
私はコハクの頭を再度撫でて、現実逃避をした。
22
あなたにおすすめの小説
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
狼になっちゃった!
家具屋ふふみに
ファンタジー
登山中に足を滑らせて滑落した私。気が付けば何処かの洞窟に倒れていた。……しかも狼の姿となって。うん、なんで?
色々と試していたらなんか魔法みたいな力も使えたし、此処ってもしや異世界!?
……なら、なんで私の目の前を通る人間の手にはスマホがあるんでしょう?
これはなんやかんやあって狼になってしまった私が、気まぐれに人間を助けたりして勝手にワッショイされるお話である。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる