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130 招かれざる者
しおりを挟む私達はお世話になっていたカーネルさんの宿へと戻り、馬車を受け取りに行った。
そしてカーネルさんにチェックアウトを伝えて宿を出発。
お世話になったお礼を伝えた時、シャルがいないことに疑問を持っていたが、私が機転を効かせて、シャルは冒険者ギルドで友人と談笑しているという内容にした。
アスクレピオス迷宮は王都から馬車で1週間程度で到着する見込みだ。
出来れば急いで向かいたいから、コハクには竜の姿で飛んでもらい、私はカレンを抱えて飛行魔法で行こうかとも考えたが、帰りはシャルがいるからこの策はやめた。
流石の私でも2人を抱えての飛行魔法は勘弁だからね。数日もそんなことをすると過重労働で倒れちゃうよ。労働基準法にも抵触するかもしれない。
いや、この世界にはそんな法律は存在しないと思うけど……。この世界の人達は休む事すら頭にない感じだからね。食べていくためには毎日働くしかない人間ばかりだ。
そう考えると、私はコハクの育児休暇で結構休んだんだよね。いや、休むのは大事だよ。人間は身体が資本なんだから、ちゃんと休んでたくさん寝ないといけない。この世界の人達も私を見習ってほしいものだ。
おっと、話が逸れた。とりあえず今は迷宮に向けて私が御者をしている。
カレンは御者が出来ないから、私が1週間このままだ。
まあ、隣にはスライムぬいぐるみを抱き締めたコハクがいるおかげで、話し相手になってくれるし何よりこの光景を見ているだけでも癒しになるから問題はないけど。
でも1週間継続の御者は大変なのは間違いない。
今まではシャルと交代だったからそこまで負担は掛からなかった。
そう考えてみると、私がカレン達と出会うまではシャルがずっと御者をしていたと思うと、シャルってカレンのために結構頑張っていたんだと思う。
シャルは言っていた。カレンにたくさん助けられてきたから自分も助けてあげたいって。
あの時のシャルとの会話から察するに、シャルが自分を身代わりしてカレンを助けたのって……。
……もしそうだとしたら、絶対に間違った選択をしたように感じる。
こんなことをしてもカレンが喜ぶわけがないのに。
……でも気持ちは分かる。大切な人のために自分の命を犠牲にする。
私もコハクの身に何かあれば喜んで犠牲になるだろう。
それでコハクが助かるのなら本望だから。
「ママ、お腹空いた!」
そんな私の思いなど露知らず、コハクは呑気な発言をする。
でもいつの間にか、既にお昼を過ぎていることに気が付く。
迷宮について調べたり、フィリップへの嫌がらせ兼サーシャのお土産を準備して慌ただしかったからすっかり忘れていた。
でも流石に御者をしながら昼食を作るなんて無理だ。ここは昔に作ったコロッケの余りでも食べるか。今はこれしかない。
「はい。これしかないけどいい?」
「ありがと!」
コハクにコロッケを渡し、私も自分用のコロッケを頬張る。
……なんか今までは私の隣にはコハクがいて、後ろにはカレンとシャルがいるのが当たり前だったんだよね。
後ろから聞こえる2人の話し声とか笑い声が今でも鮮明に思い出せる。
やっぱりシャルがいないと寂しく感じる。シャルがいないと私達のパーティーは成立しない。
私達は4人パーティーであり同じ屋根の下で暮らす家族でもあるんだから。
絶対にシャルには生き返ってほしい……。
「ふあぁぁ~……」
……なんか眠くなってきてしまった。そういえば、昨日は一睡もしていないんだった。
衛兵とか騎士団に拘束されなかったら、少しは寝る時間があったのに。
うーん。食事をしたせいか余計に眠気がヤバイ……。このままじゃ居眠り運転になってしまう。
こういう時は一度路肩に馬車を止めて休憩した方がいい。
無理に運転すると事故に繋がるのは自動車学校でも習ったからね。
そうと決まれば、カレンにも意見を仰いだ方がいいよね。
そう思ってカレンがいる後方を振り返ると、カレンは横になって寝息を立てて眠っていた。
……いや、寝てるんかい。それはずるいよ。だったら私だって仮眠してやるんだから!
「コハク、ママちょっと眠くなってきたから休んでもいい?」
「……え? ママ、大丈夫? どこか怪我でもしたの?」
「怪我してないから大丈夫だよ。少し寝たら元気になるから」
「そうなの……? あまり無理しないでね……」
コハクが私を心配してくれている……。
嬉しすぎる。もう抱き締めたい!
「うぐぅ……ママ、苦しいよ……」
おっといけない。無意識にコハクを抱き締めていた。
コハクに癒されたところで、私は馬車を路肩へと停車させ、横になって眠りについた。
…………どのくらい眠っていたのだろう。
周囲が騒がしくて目が覚める。
「今はママ達が寝てるから起こしちゃだめなの!」
「……何なんだこのガキは」
「おい大丈夫か……?」
目を開けるとコハクが私の前で仁王立ちで佇んでいた。
そして目の前に広がる3人の男性の倒れた姿。1人は完全に意識を失っている模様。
……うん。さっぱり分からん。
「……えっと。コハク、説明してくれる?」
「あ、ママ! あのね、このおじさん達がママ達を起こそうとしたの! だからね、コハクが起こさないでって言ったのに聞いてくれなくて……」
なるほどね、それでこの惨状になったんだね。……いや余計に分からんわ。
でもコハクの言うことを真に受けてはいけない。
コハクは相手から悪意を向けられていることに気が付かないのだから。
とりあえず考察してみよう。
私はこの男達の顔は見たことがない。
それにベルフェストで友人なんかいるわけもないし、この男達は冒険者っぽくもない。
もしかしたらカレンの知り合いって可能性もあるけど、そんな雰囲気でもなさそうだ。
今度は倒れている男達の顔ではなく服装に着目してみる。
黒いマントのようなものを羽織っていて、腰にはナイフがある。
……なんか昨晩の暗殺者と同じ服装じゃない?
道中に私とシャルに襲いかかってきた男や、地下牢で私に馬乗りになっていた男と同じだ。
……うん。分かった。
名探偵ヒナタの推理で全てが繋がった。
「コハクはここで待っててね?」
「……どうかしたのママ?」
「ママはあのおじさん達とちょっとだけお話ししてくるから」
「わかった!」
コハクには馬車の中で待機しておくように言いつける。
そして私は蹲って倒れている男達に近づき尋問を開始する。
「……あなた達、エラトマ商会で雇われていた連中でしょ?」
「「……」」
何も答えない。沈黙は認めたも同然。
やっぱりそうだったか。状況から察するに昨晩の報復かな……?
それよりもまだ残党がいたことに驚いた。
でも昨晩捕まったのが5人で死亡が1人。そう考えるとまだいてもおかしくはないか。
もしコハクも私たちと一緒に寝ていたとしたら、大変なことになっていたかもしれない。
でも私は物理攻撃耐性があるから問題ない。それにコハクは魔物の特性か、嗅覚が優れているためこの男達が近づいてきた時点で気が付いていただろう。
唯一危なかったのはカレンだけか。
……コハク、カレンを守ってくれてありがとう。
それにしてもこの男達はどうしようかな……。
また王都に戻るのは嫌だな。それにここで殺したとしても死体を放置するなんて環境に悪そうだよね……。
この男達は悪党だからこの場で成敗してもいいんだけど、それは私の役割ではない気がする。
間接的にシャルが殺されたことに関与している可能性があるにしても、今はシャルを1秒でも早く生き返らせるために迷宮に行きたい。
……そうなると、こいつらに情状酌量の余地があるか確認してから判断しよう。
「あなた達、ここで死ぬのと法の裁き……どっちがいい?」
私は微笑みながら男たちに問う。
「……お前らのせいで、俺たちの組織は壊滅だ! どうしてくれんだ!」
おっと、自白もした上に反省もしていないっぽい?
この状況でまだ挽回できるとでも?
「はあ……。反省はしてないみたいだね。折角チャンスをあげようと思ったのに」
もちろんチャンスとはこの場では殺さないという意味だ。
どうせこいつらの未来は決まっているから、私の手を汚してまで殺す必要がないということである。
「小娘が……。虚勢を張れるのも今のうちだ!」
「はいはい。もう面倒だからここで殺してもいいよね?」
とりあえず脅しを含めて無属性魔法の魔力弾を男の足元付近に放つ。
地面に西瓜がすっぽりと嵌ってしまうくらいの大きさの穴が空いた。
「ひっ……」
「な、何が起こった……?」
お、驚いてるね。
さっきまでの威勢はどこにいったんだ。
目の前で何が起きたのか分からず、全身を震わせてながら怯えている。
どうせ殺すつもりもないし、気絶させて放置でいいかな。
ここは普通の街道だから誰か通れば嫌でもこいつらのことが目に入るでしょ。
「もう面倒だから殺しちゃおうかなー?」
冗談を込めて少し脅しておく。
「や、やめろ!」
「待ってくれ!」
「来世では真っ当に生きてねー」
男達の言葉に聞く耳を持たない。
すぐに右手を男達に構えて空気弾を眉間に放ち気絶させる。
そして万一にも目が覚めて逃げないように土魔法で手足を拘束する。
更に念には念を入れて、土魔法で穴を掘りそこに男達3人を肩くらいまで埋める。圧死はしない……よね?
ついでに土魔法で男達の近くに高札のようなものを作成し『私達は犯罪者です。大人しく法の裁きを受けます』と記しておいた。
うん。これでこの3人は目が覚めても逃げられないはずだ。
あとはここを通った人に託す!
「コハク、ママ達を助けてくれてありがとうね」
私は馬車の中で休んでいたコハクのところに戻り、頭を撫でながらお礼を言う。
「うん……? あのおじさん達はどうしたの?」
「おじさん達は急に眠くなっちゃったみたいだから、あのまま寝かせておこうか」
「……そっか! なら起こしたらおじさん達に悪いね!」
うんうん、コハクは扱いやすいな。よしよし。
さて、とんだ邪魔が入ったけど目も覚めたしそろそろ出発しようかな。
私は馬車へと乗り、出発しようとした。
「あれ……何かあったのか?」
どうもカレンが起きたようで、荷台から声を掛けてきた。
いや今更起きても遅いんだよね。
それにカレンに今の出来事を教えても、もうどうしようもない。
全てが終わった後だから。
うん。暗殺者連中が報復に来たことは内緒にしておこう。
「いや、昨日寝てなかったから私も仮眠をとっていただけだよ。もう出発するから、カレンは休んでていいよ」
「りょーかい。ならあたしはもう少し寝させてもらうよ」
「うん。ゆっくりしててね」
……ということで、予想外の展開はあったけど再出発だ!
────────────────────────────────────
次話よりアスクレピオス迷宮編へ突入します。
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