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131 迷宮攻略(アスクレピオス迷宮編)①
しおりを挟むあれから1週間。初日の騒動を除けば、大方何の問題もなく辿り着いた。
アスクレピオス迷宮がある場所はベルフェスト王国の南端にある森の中。
昔に討伐隊が組まれていたこともあってか、アスクレピオス迷宮に続く道は一応整備されていた。
一応だけどね……。この迷宮に挑む人はもう数十年いないという話からもう既にその影も無くなっていたけど。
途中から馬車も通れないほど草木が生い茂っていたので、最終的には馬車を置いて丸一日徒歩で移動しましたよ。……まあ仕方ないよね。
というわけで、目の前にはアスクレピオス迷宮の入り口がございます。
迷宮の入り口って勝手なイメージで、門があって大きな扉とかあるのかな……なんて思っていたけど、どうやら違ったみたい。
……何というかよく見る洞窟の入り口なんだよね。
本当にここで合っているの……? って疑問を抱くほどの素朴な感じなのだ。
でもご丁寧に入り口には『アスクレピオス迷宮』って書いている。
「ここだね……」
「ああ……」
「ここにシャルお姉ちゃんが……」
コハクはここにシャルがいると思っている。
何とか信じてくれているようで安心するね。
そもそもなんでここにいるのか、という疑問を全く持っていないコハクの純粋な心を利用しているようで心が痛むが、今回は非常事態のため仕方ないんだ……と自分の心に言い聞かせる。
「行くか」
「うん」
「待てってねシャルお姉ちゃん!」
カレンの声掛けに私とコハクは反応し、迷宮の入り口へと進む。
私とカレンも迷宮は初めてだから慎重にいかないといけない。
中へと入ってみると、直線に通路が続いている。
石造りの洞窟のような感じで、至る所に蔦のようなものが生えている。
手入れも全くされていないため、明らかに数十年は誰も来ていないことが分かるくらい老朽化している。
しかし不思議なことに一定区間に蝋燭のようなものがあり灯りもある。
しばらくの間、誰一人としてこの迷宮には訪れていないはずだが、まだこの迷宮は稼働しているのだと感じる。
それにこの蝋燭のおかげで周囲もよく見えるから安心感すら覚える。
「カレンちょっと止まって……」
「ん? どうしたんだ?」
私の気配探知に反応があった。
通路を進んで突き当たりの曲がり角に反応が10個程ある。
「この先の曲がり角に魔物の反応があるね。冒険者ギルドで読んだ本の内容だとゴブリンだとは思うけど……」
「ゴブリンなら大丈夫だろ」
「……あれって美味しくないからコハク嫌い」
コハクの魔物の好き嫌いは食べて美味しいかどうかで決まるんだね。
でも冷静に考えればコハクは一応魔物だ。最近はずっと人間の容姿で一緒にいるから時々忘れそうになる。
いつの間にこんな長時間、人間の姿でいられるようになったんだろうか。
それにコハクは別として、そもそも魔物を好きって言う人間がいるのか疑問に思う。
冒険者にとっては金になるから好きって言う人はいるかもしれないけど、それは魔物じゃなくて生活のために仕方なく討伐しているに過ぎない。余程魔物への執着がある研究者や魔物を使役することが出来る人くらいしか魔物を好きって言う人はいないんじゃないだろうか。
あ、でも私は竜は好きだよ。今のところ唯一魔物で好印象なのは竜だけ。
竜以外の魔物は出逢えば全て殲滅に限る。
とりあえずコハクには何でもかんでも魔物を食べられてしまっては困ってしまう。
これからも出来ればオークだけを食べていて欲しいものだ。
「コハク、ゴブリンは食べちゃダメだよ?」
「あんなのもう食べないよ!」
相当ゴブリンが嫌いみたい。
一体どんな味なのか気になる……いや、食べないけどね。
「カレンも食べちゃダメだからね?」
「え……カレンお姉ちゃん、あれを食べるの……?」
「2人してあたしのことをなんだと思ってるんだよ!」
ちょっとした冗談を言ってみる。
ここまでずっと緊迫した状況が続いていたし、ここでリラックスしてもらわないとね。
こういうときは、適度な緊張感で臨んだ方がいいと思う。
緊張感を持って迷宮に挑むのは悪いことではないけど、それだと身体が硬直して思ったように動けなくなる可能性だってある。
そのため私なりの軽いジョークだ。
でもまさか、コハクまで私に便乗してくるとは思わなかったけど。
「ごめんごめん」
私はカレンに棒読みで謝罪する。
「もうちょっと感情を込めろよ!」
「あはは。冗談だってば」
「ったく……」
さて、場の雰囲気も少しは和らいだところで目の前の魔物に集中しよう。
私達は息を殺しながら、突き当たりの曲がり角を曲がった。
「やっぱりゴブリンだったな」
「そうみたいだね」
「うえっ……変な臭い」
私達の想定通り、目の前に立ち塞がっているのはゴブリンの群れだった。
それにしてもコハクのゴブリン嫌いが凄いな。
それに臭いって……。私には全く分からない。
「ここはあたしに任せろ!」
カレンが剣を鞘から抜いてゴブリンの群れに飛び込む。
私の目には見えない程の剣捌きでゴブリンの首を的確に刎ねている。
ゴブリンは持っていた槌でカレンの剣に応戦しようとするが、槌と一緒に首まで飛んでしまう。
おー、すごい。流石Bランク冒険者だ。
あっという間に目の前に立ち塞がったゴブリンが蹂躙された。
「大したことないな」
「カレン、お疲れさま」
コハクはどうしているかなと、様子を確認すると人差し指と親指で鼻を塞いでいた。
そんなにコハクにとっては悪臭なのか……。
まあ、確かに私も臭いとは思うけど、鼻を塞ぐほどではない。
というより、何体もの魔物の臭いを嗅いできているから多少は慣れたと言った方がいいのかもしれない。
鼻を塞いでいるコハクだが、まだ人化出来ない時にゴブリンを喜んで倒していたはずなんだけどな。
いつからこんなにゴブリンが嫌いになったのだろうか。
魔物を食用としか見ていないことで、食べることができないゴブリンは嫌いになったとか……?
それとも私に似てゴブリンが嫌いになったとか……?
「さて、先を進もうか」
「うん。ほらコハク行くよ」
「ふぁ~い」
鼻を塞いでいるからか呂律がおかしい。
まあ、私としては可愛いからいいけど。
そのまま私達は先を進んでいく。
どうやらこの迷宮は道が一本で繋がっており特に入り組んでいないみたいだ。
もし迷路のような構造だったら面倒で仕方がない。
それに魔物はゴブリンしかおらず、その度にカレンが1人で討伐していく。
そのような流れでなんの問題もなく進んでいくことができた。
ここまで私とコハクは何もしていない。
唯一私がしているのは、気配探知でどこにゴブリンがいるかを把握することくらい。
早く第一階層守護者のケルベロスがいる部屋に辿り着いて欲しいものである。
30分程度経っただろうか……ただの一本道を進んで行くと、迷宮のはずなのに何故か通路の脇に用水路のようなものがあった。
幅は2メートルくらいで水深は推定1メートルくらい。
流れている水は澄んでいてとても綺麗だ。気になって触れてみるととても冷たく、試しに飲んでみても特に問題はなかった。迷宮でこのような綺麗な水があるのはすごく便利だと感じる。飲み水に使えるから水分補給としても便利だし、長期戦になって一夜を過ごすなら水浴びも出来る。思っていたよりも冒険者に良心的な迷宮じゃないか。
「ママ、何かいい香りがするよ!」
コハクが不思議なことを言い出す。
気配探知を発動しているが特に魔物の反応はない。
「ここにオークはいないよ?」
「違うよ! オークよりもっといい匂いなの!」
オークよりもいい匂い……だと?
いや、私にはオークの匂いなんてさっぱり分からないから、コハクが感じている匂いとは何なのか。
「あれだ! あれだよママ!」
コハクがその匂いの元に指を指した。
その指の先には、用水路を流れる黒い影。
「え、何あれ……?」
遠くて肉眼ではよく確認できないため、遠視で見てみる。
何だろうか。なんかピンク色でお尻みたいな……。
流れている物体について考えていると、コハクが急に走り出す。
「コハクあれ取ってくる!」
「ちょっと待ってコハク!」
「どうしたんだよコハク!」
謎のピンク色のお尻のようなものに近づき、コハクが用水路から手に取った。
近くで見て謎の黒い影の正体が分かった。
「これは……桃だね」
「もも……? オークの足はこんな形じゃないよ?」
「それは腿ね。これは桃」
ちょっとコハクには難しかったかな。
どうやらコハクはオークの腿肉と勘違いしたようだ。
「なんでこんなところに桃が流れてくるんだよ」
「いや、私にもさっぱりだよ」
「でもこれ絶対おいしいよ? コハクが食べてもいい?」
「……うん。食べてもいいけど……シャルお姉ちゃんを見つけてからね? それまで我慢できる?」
確かに桃は美味しいけど、コハクがここまで興味を唆られるとは……。
この世界に転生してきて初めて桃を見たけど、前世と全く同じ形をしている。
……しかし大きさは全く違うのだ。コハクが手に持っている桃は前世でいう、ちょっと大きめの西瓜くらい。コハクが抱き締めることができるくらい大きく、この前買ったスライムぬいぐるみといい勝負である。
「……わかった。なら、これはコハクが持っててもいい?」
コハクが気に入っているようだから、無限収納に入れて保管しようかとも思ったけど、コハクが大事そうに桃を抱き締めている。
……まあ、食べるのは我慢するみたいだからそれくらいは許してもいいかな。
「うん。コハクが持っててもいいよ」
「ありがとうママ!」
「後で切り分けてあげるから、大切に持っててね?」
「うん!」
「……ヒナタ、そろそろ行かねぇか?」
「あ、うん。そうだね!」
謎の桃の出現により、驚きを隠せないが今は迷宮を進むことに集中しないと。
桃のことは取り敢えず忘れることにしよう。
その後も順調にゴブリンを討伐していき、いよいよ第一階層の最奥に辿り着いたみたいだ。
目の前にあるのは巨大な扉。
「この先だな……」
「うん。気を引き締めていかないとね」
「分かってるよ」
「コハクはママの後ろでその桃を守っててね?」
「わかった!」
コハクは持っていた桃をぎゅっと抱きしめた。
極力コハクは戦闘には参加させないようにする。
戦力にはなるけど、これは母親として子供を危険な目に合わせないためだ。
……いや、ここに連れてきている時点で危険ではあるんだけどね。
でもコハクを王都の宿にお留守番させるわけにもいかない。それにまだ見ぬ暗殺者が来るかもしれないし。
コハクが心配だからこそ、私の目が届く所に置いておいた方がいいんだよね。
「開けるぞ」
「うん」
カレンの言葉に頷き、私とカレンは2人で扉を開けた。
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