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第1章
第9話 紫苑
しおりを挟むそこで突然男性の声がした。
「---ちょうど様子を見に来て良かった。」
美癒を起こそうとしていたお爺さんが顔を上げると、目の前にはジンが立っている。
「ジン様!【あの世】に行くはずだった少女の魂が【この世】に戻って行った・・・のでしょうか?何が起こっているのか・・・こんな事は初めてです。任務失敗ですか?それにこのお嬢さんは一体誰なのでしょう?」
誘導任務のお爺さんは、少女の魂を【あの世】へ続く扉に入るまで誘導しなければならない。
それが、扉を目の前にして突然美癒が現れ、少女が消えてしまったのだから慌てるのは当然だ。
「ははは、大ベテランのトオルさんが失敗なんてあり得ません。少女の魂は【この世】に戻った。それだけです。これで良いんですよ、なんの問題もありません。では、この子は連れて帰りますね。」
この男性、誘導任務のトオルはジンの言う通り大ベテランだ。
使える魔法、それは自分の姿を好きな年齢に変えること。
死んだ者を案内する際、対象者がこれから【あの世】に行くことを伝えるため・・・相手の気持ちに寄りそう思いを兼ねて、子供の姿から始まり老爺になって最後の扉を開けさせるまで導く。
実年齢は何歳なのか?・・・今となっては誰も聞かない。
「大丈夫なんですか?本当に?・・・承知いたしました、ご苦労様です。」
ジンの顔色を窺いながら、トオルは無理やり自分自身を納得させた。
ジンが”良い”というなら良い。
従うしかない。
「いいものが見えたよ、ご苦労様~。」
そう言ってジンは美癒を抱えて飛んで行った。
***
昨日の映像が途切れると、琉緒は瞼をゆっくり開いた。
「・・・どういう事だ?何で美癒が【この世】の・・・菜都になってんだよ!?」
「うーん・・・ちょっと違うね。今までの美癒ちゃんが本当は菜都ちゃんなんだ。だからお互い身体を返してもらったに過ぎない。今の状態が本来の姿ということ。」
頭の回転が速い琉緒でも理解するのに少し時間を要した。
ジンの説明はこうだ。
最初から2人の魂は入れ替わって生まれてしまったのだ。
美癒の魂が、誤って菜都として【この世】に生まれ
菜都の魂が、誤って美癒として【水の世界】へ生まれた。
それが、水上バイク事故により再び入れ替わったため
美癒の魂が、【この世】の菜都の身体に戻り
菜都の魂が、【水の世界】の美癒の身体に戻ったという。
「ややこしくて意味分かんねぇ・・・いや、理解はしたけど・・・。
例え最初に誤って入れ替わったとしても、それぞれの身体に生まれたんだ。
だから美癒は美癒で・・・菜都は菜都じゃねぇか?
”本来の姿”に戻ったわけじゃ無いと思うんだ・・・今の方がおかしいだろ?」
困惑した琉緒に対して、ジンは意外とあっさりしていた。
「僕は今が”本来の姿”だと思ってたけど、琉緒の言うことにも一理あるね。
どっちが正しいかなんて・・・誰が決めるんだろう。」
「・・・最初に入れ替わったのも、今回の入れ替わりも、お前の能力なのか?・・・いや、例えお前の仕業だとしても、お前の能力は最初の1回しか手出しできないはずだ・・・。」
「うん、僕ではないよ。最初も今回も・・・どちらも今の美癒ちゃんがしたことだ。さっきも言っただろ、美癒ちゃんが”魂を操れる能力を持っていた”って。
そうなると・・・気付いてると思うけど、魂を操れる能力を持っていると将来は神様の・・・。」
「分かってんだよ!」
苛立ちながら、ジンの言葉を遮る琉緒。
ジンも敢えて続きを言うつもりはなかった。
「美癒ちゃんが自分の能力を引き出すには、昨日どうやったのか思い出してもらうしかない。僕から美癒ちゃんに話しても良いけど、どうする?」
琉緒は少しの間黙り込んで考える。
「今の美癒が、”今まで菜都の人生を奪っていた”と思い込んで自分を責めるかもしれない・・・。だから、出来れば知らないでいて欲しい。」
「そっか、分かった。取り敢えず暫くは様子を見よう。でも事実を黙っているのは琉緒のためじゃない。僕も美癒ちゃんには傷ついて欲しくないからね。
でも美癒ちゃんの力がどうしても必要なんだ。ストレートに事実を話すのは控えるが、色んな形で美癒ちゃんにヒントを与え続けるつもりだ。」
「美癒に・・・何をする気だ?」
「さあね、これから考えるよ。」
「・・・何かあったら許さねぇ。」
琉緒が机に両手をダンッと叩きつけると、
今まで余裕な表情をしていたジンが一気に冷たい表情へと変わる。
「自惚れるなよ。お前なんか僕の足元にも及ばない。」
強気を纏った琉緒も、ジンの表情に背筋が凍った。
それでも琉緒はジンを信用できなかった。
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