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第1章
第10話 紫苑
しおりを挟む琉緒が教室に戻ると美癒が待ってましたと言わんばかりに駆け寄る。
「おかえり!ちょっと聞きたいことがあるんだけど良い?」
「・・・」
「る・・・琉緒?」
返事がないため美癒が心配そうに声をかけると、琉緒は話しかけられているということにも気付いておらず、慌てて口を開いた。
「え、なに?」
「あー・・・聞きたいことがあったんだけど・・・どうしたの?大丈夫?」
「なんもない。場所を変えよう。」
美癒は頷き、人気のない階段に移動して段差に座った。
「ボーっとしてるなんて珍しい・・・琉緒も神使任務に推薦されたんだよね?
琉緒はもともと実力があったから、前に推薦の話が来てたのに断ってたの思い出して・・・。もちろん琉緒が決めることだけど、私は琉緒と一緒だと嬉しい。」
美癒の言う通り、琉緒は以前 神使任務の推薦を断っていたことがあったのだ。
当の本人はそんなこと忘れているようで、あまりピンときていない。
「いや、俺も美癒と同じ神使任務に就くつもりだ。」
「だよね・・・琉緒のことだからやっぱり断るよねー・・・って、え!?引き受けるの!?」
「おう、さっき決めた。」
”ほぼ強制だけどな”と琉緒は心の中で呟いた。
「やったあ!!すっごく嬉しい!琉緒、ありがとう。これからもよろしくね!」
あまりに喜ぶ美癒を見て、琉緒は顔を赤らめる。
「べっ別に美癒が行くから行くわけじゃないからな!」
「いいのいいの、安心したー。じゃあこれから始まる遂行任務の実習、一緒に行こう!」
「そうだな、時間がない。飛ぶぞ。」
「さすが~!」
琉緒は、満面の笑みを向ける美癒の右手を引いて飛び立つ。
ズキンッ
琉緒は余計に胸が締め付けられた。
美癒と菜都の関係。
無理な願いだとは分かっているが、一生何も知らないままでいて欲しい。
そう心の底から思う。
何も知らない美癒は心地よく飛んで行き、遂行室へ到着した。
(遂行室まで楽に行けた~!さすが琉緒だなぁ。)
遂行任務とは、
看視報告内容により、良い行いをした者には賞を与え、悪い行いをした者には罰を与える。
その賞や罰を考える実習だ。
もちろん実習なので、比較的軽いケースが手配されている。
遂行室に入ると、慎先生に対象者の確認に行く。
看視実習とは違い、遂行実習は対象者が固定されておらず毎回バラバラだ。
少し遅れてきた美癒と琉緒はペアで実施することとなった。
「琉緒さんと美癒さんは、この人が担当になります。看視報告内容をお渡ししますが・・・これは美癒さんの看視報告書も含まれてますね。琉緒さんとよく話し合って下さい。」
「私の報告書・・・?『ワダ アキラ』・・・って、誰だっけ。」
手渡された報告書を早く読みたくて、パラパラっと目を通す。
慎先生の言う通り、美癒が作成した看視報告書が含まれていた。
美癒がの看視報告書があるということは、看視実習で担当している菜都が関係しているということである。
『ワダ アキラ』という男性の写真を開き、目を見開いた。
名前にはピンと来なかったが、顔はよく覚えていた。
なんと、菜都を誘拐しようとしていたあの”おじさん”だったから。
「琉緒!この変なおじさんね、菜都を誘拐しようとしていたの!琉緒もこの報告書を早く読んで。」
「あー・・・あぁ。」
割と最近の話で、琉緒も当時は美癒から話を聞いていた。
琉緒が報告書を読む間、美癒も当時の出来事を思い返す。
***
その日も菜都は香織と一緒にいた。
まだ寒さが残る春の公園に休日も放課後も毎日のように入り浸っていた時、頻繁に話しかけてくる変なおじさんがいた。
おじさんの話は、
『ウチの家はすぐそこだ』とか『今時の中学生は何が好きなのか、何が流行ってるのか』とか『自分は顔が広い』など同じ話を何度も繰り返していた。
そしてこの日は、おじさんがいつも以上に近付いて来て
2人の腕を掴み連れ去ろうとしたのだ。
菜都と香織は腕を振り払い、自転車の方に走ろうとしたが簡単にはいかず
菜都は再び腕を掴まれた。
香織は逃げ切って自転車に跨ると、自転車ごと蹴られて転倒。
だが、香織はすぐに立ち上がり走って逃げることが出来た。
菜都は足が震えてしまい、おじさんに引っ張られるまま
公園の目の前にあったマンションに連れて行かれる。
マンションの階段を上がっている最中、全身を使ってもがいた。
頭が真っ白になりながらも無我夢中で。
すると菜都はおじさんごとバランスを崩してしまった。
おじさんは自分の危険を察知すると、瞬時に菜都を掴んでいた手を離した。
階段から落ちたのは菜都だけだ。
「痛った・・・。」
おじさんは階段を駆け下り、慌てながら再び菜都の左腕を掴む。
「おい、早く立て!行くぞ!」
「痛い痛い!!やめて!」
菜都は階段から落ちた時に左手をついたため、掴まれた途端に激痛が走った。
「これくらいの段数で大袈裟に騒ぐな!・・・クソッ誰か来るから急げ!」
おじさんの言うことは本当だった。
誰かが階段を駆け上がってくる足音が聞こえてきたのだ。
その足音はとても早く、すぐに菜都達の元へ追いつく。
立ち上がることが出来なかった菜都が、ゆっくり振り向いて見上げると
そこに立っていたのは知っている男の子だった。
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