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第2章
第40話 暁闇
しおりを挟むあっという間に遂行実習の終わる時間が来てしまったが、美癒の心はモヤモヤしたままだった。
次は選択実習の時間で、美癒が受ける授業ではなく時間が空いたため学校ビルの中庭へ向かった。
ベンチに腰掛けて風で揺らぐ花を見ているうちに、懐かしい記憶が蘇ってきた。
***
「菜都は先生の代わりによく水やりしてるよな。学校の花なのに。そんなに花が好き?」
「うん、花の名前とかは全く覚える気ないけど好き。」
段差に腰掛ける琉偉に話しかけられ、菜都はジョウロを持って校庭に咲く花に水をあげながら答える。
「菜都らしいな、花の名前覚えられないだけだろ~。」
「ううん、違うよ。知ってる花も多いけど本当に覚える気がないだけ。花って用途によって使い分けられるじゃん?それが気に入らないの。母の日だから?お祝いだから?お供えだから?別に好きな花でいいじゃんって感じ。私の勝手な考えだけど、そう思うのは自由でしょ。」
「あ~、その辺は俺もよく分からないや。」
段々とムキになり少しキレ気味な口調になってきた菜都に対して琉偉は苦笑いをする。
「うちの庭はお花がいっぱいなの。だから私も自分の家を持ったらお花でいっぱいな家にしたい。」
「オトコ女って言われてるのに、たまには可愛いな。」
「可愛いでしょっ!」
ジョウロの水が空になり片付けると、琉偉も腰を上げる。
「俺は野菜を沢山育てるから、菜都は花を沢山育ててな。」
「・・・ん?」
驚いた菜都は持ち上げたばかりのカバンを落としてしまう。
琉偉の顔は真っ赤だった。
「ふふっ、プロポーズみたい。」
「俺ら結婚するだろ?本ッ当にいつも菜都は余裕ぶって照れもしねぇ。」
「照れ・・・てはないけど、嬉しいよ。ありがとう。」
菜都は背伸びして、琉偉の両肩に両腕をかけ首筋に軽くキスをした。
琉偉の顔はりんごのように真っ赤だった。
「琉偉の背が高いからほっぺたには届かなかった。」
ニヤリと笑う菜都を見て、琉偉は「このやろ・・・」と呟きながらそのまま菜都を引き寄せて唇にキスをした。
「ふふっ待って、そこ誰か通ってる。」
「うっせ、1年だろ。」
「だーめ。」
琉偉の胸を両手で押す。
琉偉は後ろを振り向き、通り過ぎようとしていた1年生に向かって『シッシッ』と手で追い払う仕草をした。
女の子2人がペコリと頭を下げながら走って行く。
「ばか、帰るよ。」
「ちぇっ・・・。」
琉偉がスッと菜都のカバンを持つ。
「あ・・・ありがと。」
「ん。その代わり俺の手を持っといて。」
少しいじけたように言う琉偉を見て、菜都は笑いながら手をつないだ。
***
(懐かしいなぁ・・・。そういえば前に看視実習で、琉偉が『最近の菜都は女の子らしくて今の菜都の方が好き』って言ってたよね。私が菜都だったことを思い出しちゃったから琉偉の発言に腹が立ってきた!・・・でも今の菜都が好きだなんて、琉偉は見る目があるんだな・・・。)
卒業を前にして、看視実習も次回で終わりとなる。
看視実習が終わると、モニター越しではあるが菜都や琉偉に会えなくなってしまう。
少し憂鬱な気持ちのままベンチに横たわった。
「お花さん、キミの名前はなぁに?・・・折角名前があるのに、知ろうとしなくてごめんね。庭を花いっぱいにする夢は叶わないや・・・。」
どれだけ時間が経ったか分からなかったが、本当に心が洗われていくような気持ちがして色とりどりのの花を眺め続けていた。
「風邪引くぞ。」
背後から琉緒の声がした。
迎えに来てくれると分かっていた美癒は、クスッと笑いながら起き上がる。
「私暑いより寒い方が好きなの。」
「雪だるまみたいだもんな。」
「・・・じゃあ暑い方が好きって言ったらどうするのよ。」
「ヤカンみたいに頭が沸騰してるって言うと思う。」
「・・・見て、お花可愛いねぇ。」
何を言っても馬鹿にされるから呆れて話題を逸らした。
「時間がないから教室行くぞ。」
琉緒は美癒の腕を持ち上げながら立たせて引っ張る。
「ねえ、昔の美癒は女の子らしかったでしょ?そんな意地悪言ってなかったよね?」
「あー・・・そうか、お前は昔の美癒の記憶もあるのか。」
「うーんハッキリとは分からないけど、微かに。昔見たテレビの内容を覚えてるって感じ。」
「例え方がこの世界向けじゃないぞ。」
「あーテレビや漫画が恋しいよぉ~。」
琉緒は「はいはい」と言いながら美癒の服についていた砂埃を払う。
そんな姿を見ながら美癒は嬉しくなって、琉緒の両肩に両腕をかける。
そして背伸びして首筋に軽くキスをした。
「ふふっ、やっぱりほっぺたには届かないや。」
「みっ美癒!・・・ん?ちょっと待て、これどこかで見た光景・・・。」
「はははっ!!琉偉と一緒で顔がリンゴみた~い。」
「やっぱり!お前なぁ、琉偉のこと考えながらするなよな。」
思い出したかのように言う琉緒は、看視実習で当時の菜都と琉偉を見ていたようだ。
「覗き見するなんて変態~、スケベ~。」
「ばっばか!違うだろ・・・俺は弟みたいに続きはしねぇぞ。」
そう言うと、琉緒は美癒の耳元で「時間がないからまた今度な」と囁いた。
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