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第2章
第53話 プリムラ
しおりを挟む「本当にあんたらラブラブだね~。」
少し厭味ったらしく笑っている。
「確かに『最近の菜都が女の子っぽくてヤバイ』ってニヤニヤ惚気てるからな、こいつ。」
陽太も香織に乗って菜都と琉偉をイジる。
「はー、また始まった。もうそのイジりには乗らないからね、ね?琉偉。」
「おーおー放っとこ。」
楽しそうな話し声、笑い声が絶えず続く。
美癒はその場から逃げ出したいのに足が動かなかった。
(また・・・聞いちゃった。今の菜都が良いんだってこと・・・。私が【この世】にいるせいかな?前に聞いた時より傷つくよ・・・。)
【この世】に残してきた琉偉への想いは
【この世】に来てしまったせいで溢れ出す。
「・・・琉偉のバカ。」
振り向いて4人を見る事すらできず、その場で呟く。
「あんなに私のこと好きだったくせに・・・ばかばかばか。」
俯き両手を握りしめたまま、美癒は喋り続けた。
楽しそうにみんなが話しているなかに響く美癒の声は、もちろん誰にも聞こえない。
「私はあなたと話す事もできなくなった。触れる事もできなくなった。キスする事もできなくなった。でもあんたは私じゃなくてもいいんだ。中身が変わった事にも気付かず・・・今の菜都がいいんだ。今の菜都に触れてるんだ・・・。」
次々とひどい言葉が出てくる。
こんな自分を見えない奥底に閉じ込めたい・・・けど止まらない・・・。
そんな時、
「おい琉偉、謝れよ。」
怒りのこもった低い声が響き、駐輪場が一瞬でシーンとなった。
それと同時に美癒も呟くのを止める。
驚いて顔を上げると、そこにはいつの間にか琉緒が立っていた。
(る・・・お?結局私について来てくれたの!?)
「おい、聞こえなかったのか?謝れ。」
(・・・違う!皆に声が聞こえてるって事は【この世】の琉緒だ。いや、ジン様だ・・・。)
「何怒ってんだ?『謝れ』って俺が?誰に?」
意味が分からないといった様子の琉偉は、突然の兄の登場と怒りに少し怯む。
「聞こえてたぞ。最近の菜都ちゃんの方が好きだって?昔の菜都ちゃんに謝れ!」
「へ?な・・・何言ってんだ?菜都に謝る??」
琉偉は”信じられない”という表情で兄を見つめる。
意味も分からないうえに、こんなに怒った兄を見るのも初めてだったのだ。
「昔の菜都ちゃんに失礼だろうが!」
「あ・・・あぁ、そういうことか・・・。」
琉偉が菜都の方を見ると、菜都は俯いていた。
菜都としても、昔の菜都を悪く言われるのは本当は辛かった。
だが誰にも理解してもらえないことなので、いつも合わせて笑っていたのだ。
「確かにひどい事を言った・・・ごめん。でも俺は昔の菜都が嫌いだなんて言ってないから。廊下の角でぶつかったあの日から・・・一目惚れしたその瞬間から世界で一番好きな人だ。ただ、日に日に好きが大きくなってるだけで傷つけるつもりはなかった。本当にごめん。」
ーーー美癒の心が救われた。
今までは自分が否定されたように思ってしまっていた。
だが自分は愛されたままだ。
ただそこにいないだけ。
素直に謝る琉偉を見て、兄の琉緒はいつものように穏やかな表情に戻った。
「もう泣かないで。」
優しい口調でほほ笑む。
「ん?誰も泣いてないけど・・・。」
その場の空気が戻ったことに安心しながら、今まで黙っていた陽太が首をかしげる。
琉緒はチラリと美癒の方を見た。
「え・・・私?見えてる・・・の?」
美癒に向かってコクリと頷いたあと、視線を外して琉偉達4人の元に歩き進めた。
「いや、何でもないよ。僕も急に怒ってごめんね。」
琉偉に頭を下げて兄弟同士も仲直りしていた。
(ジン様・・・私が泣いてるのも・・・怒って呟いてたのも全部見てたんだ・・・。うぅ~最悪だ・・・。ちょっと待って!【この世】の人に見られたら強制送還じゃないの!?)
慌ててタイムリミットを知らせる腕時計を見る。
(残り6時間43分・・・。針は変わらず動き続けてる。大丈夫・・・なの?)
「あ、大丈夫だからね。僕には!」
再び琉緒・・・ジンは美癒に向かって大声で叫ぶ。
「兄ちゃん、また急になに?」
「ううん、ひとりごとー。」
美癒はジン(琉緒)から早く離れたくて走ってその場を去った。
でも、最初に去ろうとした時とは違い、今は心がとても軽かった。
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