72 / 121
第3章
第72話 直面
しおりを挟む「美癒ちゃん、酷だけど成功させるためにも・・・琉緒とはあまり話さない方が良い。」
美癒の決意が揺らがないことを願い、ジンが助言する。
美癒も言葉を交わすことがどんなに危ないか実感していた。
「俺を【この世】に戻そうと企んでいることは知っていた!けど、なにをどうしたらこんな状況になるんだよ・・・、おい美癒・・・答えろよ・・・。」
琉緒の声は段々と小さくなっていく。
一体何をしたら【この世】にいたはずの琉緒が異界の山にやってくるのか・・・?
全く予想できなかった状況に、美癒から目が離せないでいた。
一方の美癒は、琉緒に返事をする気はさらさら無い・・・いや、する余裕が無かった。
琉緒に向けられた視線が、強く胸を締め付ける。
黙り込む2人の間にジンが割り込んでくる。
「お前に計画がバレそうになったのは予想外だったよ・・・。僕の勝手で悪いが、琉緒にとっては本来の居場所に戻るだけだ。
【この世】でお前の代わりに生きてきた記憶はそのまま引き継がれるから安心しろ。ただ・・・入れ替わり直後は記憶が混乱して、【空の世界】での出来事は忘れてるだろうな。まあ思い出す保証もないけどね・・・。」
琉緒の承諾もなく勝手に事を進めている割に、とても冷たい言い方だった。
当然、琉緒は腸が煮えくり返るような怒り・悲しみ・焦りを抑えられず、身体が震え出す。
「もとはと言えば全部お前のせいなのに、今更勝手なことをするな!」
「・・・そうだね、謝って済むことじゃない。けど今しか謝る機会がなくなるから謝らせて欲しい・・・本当にすまない・・・心から悪かったと思っている。」
深々と頭を下げるジンを見て言葉を失った。
これ以上ジンを責めても意味がないと気付いていたからだ。
琉緒はそのままゆっくりと美癒に視線を移す。
「なあ美癒・・・お前には出来ねぇよな・・・?」
”確信”ではなく、必死に頼み込むような弱々しい声だった。
美癒は感情を表にも心にも出さないようにと努める。
迷いがあれば失敗するーーー。
そう何度も心の中で言い聞かせた。
自分の望みは押し殺した。
美癒が・・・琉緒が望んでも、それが例えジンの身勝手だとしても、
やはり本来の居場所へ・身体へと帰るのがこの世の理だ。
美癒が別れを告げようとした瞬間、琉緒が先に口を開く。
「美癒、好きだ。」
ザワッと風が吹いた気がした。
全身に鳥肌が立つ。
たった一言だったが、美癒の心を大きく揺らした。
「やめて・・・。」
「愛してる。」
「・・・」
「愛してる。」
「・・・」
「離れられない。」
「・・・やめて・・・知ってる・・・知ってるよ、そんなこと・・・。」
ーーー強気な琉緒しか知らなかった。
こんなに切なそうな声、顔、そして眼差し・・・。
初めて見るすべてのせいで、美癒の感情は押し殺すことが出来ず涙が溢れた。
・・・ただ迷いは生まれなかった。
”愛する琉緒のためだからこそ実行すべき”
自分自身を騙す事には成功したと言える。
「じゃあ、これも知ってるよな?俺はこのまま飛んで逃げることだって出来る。」
勿論、逃げられないようにジンは構えている。
姿は見えないがテルだって控えているだろう。
「・・・でも俺は美癒から離れたくない・・・だから今、美癒から逃げるなんて事はしたくない。俺は・・・俺は美癒を信じている。」
美癒は両腕でゴシゴシと乱暴に涙を拭き、口角を上げる。
「琉緒、私も大好きだよ。愛してるよ。・・・離れたくないよ。」
琉緒に近付き両手を大きく開くいた。
近付いてくる菜都を見て、琉緒は”魔法を使われる”と思い身体がビクッと揺れる。
だが美癒は琉緒をそのまま優しく包み込んだ。
「・・・知ってる、お前も俺がいないと駄目だろ・・・。」
琉緒は安心したように呟くと、強張っていた身体から力が抜けていく。
そして美癒をゆっくりと抱きしめ返した。
”絶対離れたくない”・・・そう祈りながら。
「うん、琉緒がいないと駄目だ。」
ふふふっと笑うと、琉緒も一緒に微笑み返した。
そして美癒はそのまま言葉を続ける。
「・・・じゃあ、これも知ってるよね?」
「ん?」
「たまに自分でも忘れちゃう程度だけど、私にだって魔法は使えるんだよ。だから琉緒はちゃんと”自分”を生きてーーー。」
美癒は琉緒に向かって魔法を発動させた。
最後に見られるのは笑顔が良い、そう思い涙が溢れたまま満面の笑みを見せる。
眩しい光が美癒と琉緒を包み込んでいく。
「美癒ッッ・・・!」
琉緒はまるで捨てられた子犬のような表情をしていた。
あまりの眩しさに目を開いていられなかったが、
両手を力強く握られる感触だけが、琉緒の存在を知らせた。
両手から伝わる琉緒の気持ち・・・美癒も力いっぱい握り返す。
琉緒に残酷な仕打ちをした・・・心の中で沢山謝り続ける。
「忘れないでね。」
琉緒に聞こえるか聞こえないか分からないくらい小さな声で呟いた。
薄っすらと目を開くと、眩しくて見えるはずがないのに
美癒は琉緒のことが見えた気がした。
琉緒は・・・泣いていた。
不謹慎だが、初めて見るその涙は
零れ落ちるのが勿体ないくらい、とてもとても綺麗だったーーー。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる