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第3章
第74話 気概
しおりを挟む「俺の兄貴も刺されたんだ・・・。血がいっぱいで・・・真っ赤で・・・倒れているのを見た・・・。」
琉偉は険しい表情をしながらゼロに聞こえるように呟く。
「琉緒なら無事だから安心して。」
「え・・・?」
美癒は琉偉に微笑みを向け、ゆっくり頷いた。
「お前ら兄弟だったのか。あの女を庇ったせいで、兄弟揃ってひどい目に合ったな・・・だが兄ちゃんの方は無事だったとは・・・くっそ・・・結局あの女の血を見ることも出来なかった・・・。」
ゼロは親指の爪を噛みながらブツブツと呟いていた。
「お前はなぜ菜都ちゃんを狙った!?前に近藤君を狙ったのも偶然じゃないだろう?」
ジンの質問は、ゼロの核心をついていた。
「クックック・・・狙っていたのはその2人だけじゃない。近藤を刺したとき一緒にいた女も狙っていた。」
やはり偶然ではなかったようだ。
香織の顔が頭に浮かんだ。
「なぜ・・・?」
「その3人のせいで・・・親父の人生は終わったんだ。」
「な、何のこと!?」
何らかの理由があって恨まれているのだろうが、全く心当たりはない。
(私たちが恨まれる共通点は・・・一体なに?)
考えても思い当たる節がないので、美癒は困ったようにジンに目を向けた。
ジンは首をかしげていて、やはり何も知らない様子だった。
「人のせいにするのは辞めろ。最初から、ろくでもない父だっただろう?」
ゼロの父親を知るジンが深いため息をついた。
以前まではジンがゼロを操っていたので、幼少期から続いた虐待行為を思い出す。
「そ、そんな事ねぇぞ!あいつらのせいだ・・・あいつらの!!」
「なぜそうなる?言いがかりはよせ。・・・美癒ちゃんがゼロの父を知るわけがない。」
「は、はい・・・むしろ誰ですか?」
ジンがゴクリと唾を飲み込んで口を開く。
「父の名前は『ワダ アキラ』。
近所には住んでるけど関わりなんて無いだろう。」
・・・ーーー予想外だった。
聞き覚えのある名に驚き、手足が小刻みに震えだす。
立っていられずその場に座り込み、頭を抱えながら呟いた。
「ワ・・・ダ・・・?」
「お、おい。大丈夫か?」
心配した琉偉がしゃがみこみ、優しく肩を包んで声をかける。
美癒は返事が出来ずに目を見開いていた。
(なぜ”おじさん”の名前がここで出てくるの・・・?そんなはず・・・そんなはずは・・・ッッ。)
菜都を誘拐しようとした”おじさん”がゼロの父親だと言うのだ。
公園で誘拐されそうになった当時の様子がフラッシュバックして呼吸が乱れる。
全身の冷や汗が止まらない。
そんな美癒の様子を見て、ジンも動揺する。
「み・・・美癒ちゃん、まさか知り合いなの!?」
ジンも美癒と”おじさん”の関係を、本当に知らなかった。
”信じられない”、といった様子で美癒とゼロを交互に見る。
探していたゼロは菜都達を狙っていて、すぐ近くに潜んで獲物を狙っていた・・・だなんて。
菜都のことは恨んでいるが、今ここにいる美癒が当事者だと知らないゼロは、驚く美癒の態度を見て『なんだコイツ』と口にしながらも、特に触れることはなかった。
狙っている”菜都”の姿ではないから、美癒が父親のことを知っていたとしてもどうでも良かったのだーーー。
「はぁ・・・結局3人とも【この世】でのうのうと生きてるのかよ。」
ジンは美癒の元へと駆け寄り、美癒の額を右手で覆った。
「一体何があったんだ?記憶を思い浮かべてくれ・・・ごめんね、ちょっと覗かせてもらうよ。」
体感としては15分間、実際のところは数秒間、ジンは瞳を閉じて記憶を辿った。
「そうか、あの時の”おじさん”ってゼロの父親のことだったんだね。美癒ちゃんたちが悪いことなんて何一つ無いじゃないか。」
ジンは美癒の額から手を引っ込めて前髪を整えたあと、再びゼロの方へと振り返った。
「ゼロ・・・!お前だけは許さない!!どちらにしてもあの扉しかお前の行く道はない・・・楽しみだろう、扉に入ればお前には地獄が待っている!」
ジンは必要以上に力を込めてゼロの身体を浮かせ始めた。
そして一緒に扉に向かって進んで行く。
流石のゼロも成すすべが無く、ジンにされるがままだ。
「ま、待て!やめろ!!」
「ーーー終わりだ。」
冷たく言い放ち、ゼロのためにジンが扉を開いた。
たちまちゼロの身体は扉へと吸い込まれていく。
「クッ・・・クソッ・・・。ヒヒヒッ地獄へ行くことなんて最初から覚悟の上だ!だがな、俺が黙ってやられると思うか?」
自分の終わり、すなわち自分の消滅が怖くないのだろうか?
最初は慌てた様子を見せたゼロが一変して、あざ笑うように琉偉を見る。
様子を目で追っていた琉偉は、自然とゼロと目が合った。
その途端、自身の変化に気付く。
「うおっ!?」
「る・・・琉偉!?」
ゼロの姿は、不敵な笑みとともに扉の奥へと消えて行った。
とても呆気なかった・・・が、
琉偉の身体が宙に浮き、扉へと引き寄せられていく。
ゼロは琉偉の魂を道ずれにしたのだ。
それに気付いたジンは慌てて扉を閉めようとしたが、琉偉が吸い込まれる方が早かった。
ほんの一瞬のできごとのように思えた。
美癒も扉が閉まる前に咄嗟に駆け込む。
琉偉が吸い込まれる直前・・・いや、身体が宙を浮いた瞬間に美癒は右手を掴んでいたのだ。
「琉偉!美癒ちゃん!!!」
ジンは扉が閉めきる直前で止めて、再び開いて覗き込む。
だが扉の奥は真っ暗で、既に何も見えなかったーーー。
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