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第4章
第87話 アイリス
しおりを挟む琉緒と近藤君が仲良くなったのは、ほんの数日前だ。
顔見知り程度でお互いのことは知っていたが、今まで関わる機会はなかった。
公会堂で琉偉と話したあと、たまたま寄り道したこの公園で出会って意気投合・・・いや、近藤君が一方的に懐いていると言った方が正しいのかもしれない。
まるで昔の菜都と近藤君を見ているようだ。
「琉緒先輩!今日も相手してよ!」
「いいぞ~、手加減はしねぇからな!」
「ははっいつも俺に負けてんじゃん。」
「あのなぁー。俺はサッカー部でもなんでもねぇんだぞ。」
琉緒にとって近藤君は、弟のように可愛い存在になっていた。
ボールを蹴りながら琉緒は尋ねる。
「なんで俺に会うとそんなに嬉しそうな顔するんだ?」
ボールを見ている琉緒には近藤君の表情は見えなかったが、いつも通りのトーンで迷いなく答えていた。
「琉緒先輩と土田先輩は特別っス!・・・あ、今の土田先輩は違うけど。」
「今の菜都?・・・あぁ、弟と付き合ったから特別じゃなくなったってことか?」
「別に恋愛感情じゃないから琉偉先輩と付き合っても俺の態度は変わらねぇ。ただ・・・今の土田先輩は俺の知らない人だか・・・らッ!!」
近藤君が琉緒から上手くボールを奪う。
「おっ!やるなぁ~。」
「琉緒先輩こそサッカー部入ったら?」
「俺の高校はサッカー部が無いんだよ。それにもう息上がるっ。」
琉緒は地面に転がり込む。
自分の運動不足を実感した。
「はははっ同じ高校行きたいけど、サッカー部ないなら俺は琉緒先輩の高校に行けないっスね。」
「お前が高校生になる頃には、どうせ俺は卒業していねぇよ。ちょっと水分がいる・・・。」
這いつくばるようにしてカバンから飲み物を取り出す。
砂まみれになった服を手で払って、ペットボトルに口をつける。
「ちょっとは元気出ました?」
近藤君の問いに、お茶を飲みながら目線だけを送った。
「なにに迷ってんスか?」
琉緒はペットボトルから口を離して答えた。
「記憶が飛んでる時があって・・・それがすごく大切なことだった気がするんだ・・・。そのせいで・・・きっと俺のせいで弟が苦しんでる。」
言い終わった後に琉緒はハッとした表情をした。
そして再びペットボトルに口をつけて残りのお茶を一気に飲み干した。
琉緒は、近藤君に悩みを話した自分に驚いていたのだ。
あまり自分のことを人に話す性格ではない。
でも、もしかしたら誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
言ったってきっと誰にも理解されない このどうしようもない心の中を。
「記憶が飛んでる?」
「あ・・・あぁ。ある晩のことなんだけどな、気が付いたらすぐそこの公会堂で傷まみれになって寝てたんだ。なんでそこにいたのか・・・なんで怪我してるのか・・・全く思い出せない。」
琉緒は一点を見つめたまま淡々と話し続けた。
近藤君は驚く様子も茶化す様子も見せなかった。
「へー。・・・琉緒先輩も俺が”昔見かけた時”と”今”は別人っスよね。
ただ、土田先輩と逆で、俺は今の琉緒先輩が良いけど。」
琉緒にとって、近藤君の言葉は意味が理解できなかった。
でも琉緒も常人には理解ができないような悩みを話したからお互い様だと思っていた。
「何言ってんだよ、そりゃあ俺だって昔のガキのままじゃねえぞ~。
それよりお前、俺には敬語で話さなくても良いって。前にも言ったけど敬語が下手くそすぎんだよ。」
「いやいや、部活の先輩にはちゃんと敬語で話してますってー。
まあ話戻るけど、思い出せないことがあるんなら昔を辿ってみたらいいんじゃないスか?」
「は?」
「はい、起き上がってー。行きますよ。」
「・・・え?」
***
近藤君に連れてこられたのは中学校・・・母校だった。
琉緒は呆れたように笑う。
「記憶がないって言ったけど、お前なー・・・いくらなんでも中学校は関係ないってーーー」
近藤君は琉緒の言葉を遮る。
「いや、ヒントくらいあるんじゃないスか?過去はすべて大事な記憶なんですから。あ!そもそも中学生の頃のことすら覚えてなかったりしてー。」
”だって中学生の頃は中身が違ったし”ーーーと言いかけたが、それは流石に言うのをやめた。
「あのなあー、毎日公園をブラブラしてる暇人に見えてるかもしれねぇけど、俺成績良いから。記憶がないって言ったけど、記憶力はある方だと思ってる・・・し・・・!?」
辺りを見渡しながら呆れた口調で話していた琉緒は、校庭にある花壇が目に入り視線を止めた。
近藤君も琉緒の視線の先に目を向ける。
「あの花・・・菜都がいつも水やりしてた・・・よな?」
「え?土田先輩が水やりしてたのは3年生の頃っスよ?逆に何で卒業しているはずの琉緒先輩が知ってるんスか?」
近藤君は当時を思い浮かべながら”おかしいなぁ~”と大げさに呟き首をかしげる。
「菜都が水やりしているところを見てた気がするんだけど・・・いや、違うな。弟に話を聞いただけかも知れない。」
琉緒も苦笑いをしながら首をかしげる。
弟から聞いた話がいつしか自分の中で記憶が創りあげられていたのか?
頭の上にはハテナがいっぱい飛んでいた。
「兄弟でそういう話もするんスね。俺は兄弟がいないからうらやましいや。」
「いや、普段はそんな話・・・お互いキモくてしないはずだが・・・。悪いな、色々と勘違いが混ざってる。」
余計に頭がこんがらがってしまっていた。
「自称”記憶力が良い男”ですもんね。」
「おいコラ。」
中学校に来ても懐かんで終わりだと思っていた。
だが近藤君に連れられ中学校に来たのは間違いじゃなかったのかもしれない、そう実感した。
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