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第4章
第88話 アイリス
しおりを挟む「その辺を一周したら帰りましょうよ。」
「あ・・・あぁ、そうだな。」
それ以降、2人は特に会話をすることもなく歩き続けた。
しかし琉緒は、ただ歩いているだけではなかった。
なぜか、ところどころ目につく場所。
そこに目を止めると、ほんの一瞬だが懐かしい光景が思い浮かんでくる・・・ような気がした。
その思い浮かぶ光景には共通して・・・菜都の笑顔があった。
だが琉緒が中学生の頃、後輩にあたる菜都とは会ったことも関わったこともなかった。
マンモス校なので同じ学年の人ですら知らない人が多くいる。
菜都の存在は知っていた、その程度だった。
それが弟の彼女となっても変わらなかったーーーはずだ。
琉緒は”やはり気のせいなのか?”と思いながら、最後に再び校庭の花壇に目をやった。
(ここで俺は・・・菜都と結婚の話までした?違う、俺じゃない・・・あれは誰だ?それにこの花は結局なんて名前だったんだ?)
色々な花が咲き誇るなか、琉緒はアイリスから目が離せないでいた。
そんな琉緒に、近藤君は違う花を指さした。
「土田先輩、確かこの花も好きそうだったな~。」
「菜都が?・・・ってこれ、葉っぱじゃねえか?」
「ちょっと前までは葉っぱの真ん中に花が咲いてたんスけどねぇ。」
「なんていう花?」
「知らんっス。」
「・・・だよなぁ。俺も花とかよく分からねぇ。今度菜都に会ったら聞いてみようかな。」
別に花の名前に興味があるわけではないが、菜都が好きだという花が気になった。
好奇心の目を向ける琉緒に対して、近藤君は一瞬にして暗い表情に変わった。
「今の土田先輩には聞いても意味ないと思う。本当に別人なんで。
本物の土田先輩は・・・死んじゃったのかもしれない・・・。」
近藤君は悔しそうに唇を噛みしめた。
しかし琉緒からすると菜都のことを”死んだかもしれない”と言われていい気はしない。
むしろ腹が立ってきた。
「は?冗談でもそんなこと言うなよ。」
「俺だって土田先輩に会いたいっスよ。でも最後に会ったのは俺が入院中で・・・幽霊みたいに消えていったんス。」
近藤君は「もっと詳しく話しましょうか?」と話を続けたが、不愉快に思った琉緒は聞く気なんてさらさらない。
断ってもう帰ることにした。
仲良くなったばかりだが、近藤君がとても素直であることはよく分かっていた。
だからこそ、彼が例え冗談でもそんなことを言うだなんて許せなかったし信じられなかった。
むしゃくしゃした気持ちのまま家に帰ってからも、琉緒の頭の中は菜都でいっぱいだった。
(何で俺は菜都のことばかり考えてしまうんだ!?弟の彼女だぞ・・・?)
今日思い浮かんだ菜都との光景を思い返しているうちに、琉緒は眠りについてしまったーーーー。
***
(・・・ん?ここはどこだ?)
ベッドの中で気が付き、見慣れぬ天井が目に入る。
隣でモゾモゾと動く”何か”。
それを確認するためにゆっくり横を向くと、隣には美癒がいた。
(なんだ、ここは美癒の部屋じゃないか。でも何年も来ていなかったような気分だ・・・すごく久しぶりな気がする。)
琉緒は横になったまま肘をついて美癒を見つめた。
なんだか美癒から目を離すのが勿体なく感じて・・・
まだ美癒を見ていたくて・・・
こんなにすぐ側にいるいるのになぜか遠く感じる。
胸が締め付けられる。
とても切ない気持ちになる。
「んん・・・。」
美癒が目をゆっくりと開く。
ショボショボさせながら琉緒に焦点をあてると、一瞬驚いた顔を見せた。
だがすぐに「なんだ・・・全部夢だったんだ。」とホッとしたように呟いた。
「どした?」
「琉緒がいなくなる夢見ちゃって・・・。」
不安そうに言う菜都を見て、琉緒は自然と顔がニヤけた。
「ばかだなー、俺がいなくなるわけないだろ?」
「夢で良かった。本当にそんなことになったら耐えられない。」
寝起きの無防備な顔で素直に話す美癒に、琉緒は心臓がくすぐったくなった。
「俺も同じ、耐えられねぇ。俺は・・・きっとお前が”菜都”だった時から好きだったんだ。モニター越しだけど弟の琉偉と同じ景色を・・・菜都を見てきたんだから・・・そりゃあ好きになるよな。お前全部が可愛すぎるんだよ・・・。」
「なっ・・・!?ツンデレ琉緒のデレには慣れないよぉ・・・。」
恥ずかしがって布団に潜り込んだ美癒が、愛らしくて仕方がなかった。
そしてなぜか、今は思っていることを素直に言った方が良いと思った。
「ふっ・・・少し離れただけで心配になるんだ。最近はテル先輩がお前のことをチラチラ見てるだけで腹が立つしなぁ。」
テルの熱い視線を思い出して口にすると、美癒はバッと布団から飛び出した。
「あははっ!違ったの。『この前は急に腕を掴んでごめん。驚かせちゃったね・・・ただ相談したかったんだんだ。実は・・・琉緒君と仲良くなりたくて・・・でもいつも美癒ちゃんと一緒にいるし、琉緒君と視線が合っても睨まれるし・・・。』ってテル先輩が!本当笑っちゃった~っ!!私の自意識過剰で誤解してたよ。」
「なんだ・・・てっきり美癒を見てるのかと思って睨んじまってた。」
テルが美癒に下心がないのであればそれで良かった。
「ほんっと、琉緒と仲良くなりたいだなんて物好きだよね~・・・あれ?何で今日私は琉緒と一緒にいなかったんだっけ・・・?何でテル先輩を頼るように言われたんだっけ・・・?・・・え?・・・あれ・・・?」
突然パニックになる美癒を見て、琉緒も思った。
”いつも俺が一緒にいるのに、いつテル先輩と話をしたんだ?”と。
そしてフッと美癒から笑顔が消える。
「・・そうだね・・・琉緒は”いなくなるわけない”。私がしたんだ・・・。」
「何を言っている?俺はずっとお前とーーーーーー」
***
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